其の三十一 高貴なる無礼と下賤なる無頼

 兜のバイザー部分を上げると覗く幼い顔立ちの騎士とキャロルティナは、お互い懐かしむように手を取り合い再会を喜んでいた。


「キャロ、久しぶりだ。どうしてこんな所に?」

「どうしてって、パトラルカの現状を知って駆け付けてきたのよ」


 キャロルティナはアトミータと呼んだ騎士にここまでの経緯を説明する。それを真剣に聞いていたアトミータは、そんなことがあったのかと驚きながらも兜を取ると深く頭を下げた。


「フローラの最期を看取ってくれたのだな……感謝する」

「そんな、私は何も……」


 そんなやりとりをする二人のことを遠巻きに見ている十郎太であったが、それに気が付いたアトミータが怪訝顔でキャロルティナに尋ねた。


「あの御仁は?」


 奇妙な風体をしている、見るからに怪しい男に警戒するのだが、キャロルティナが用心棒だと説明するとアトミータは十郎太に歩み寄ってきた。


「私はパトラルカ領を護衛する私設騎士団所属のアトミータ・アーニャ・スミノフと言います。ここまでの護衛感謝する。ここから先、キャロルティナの護衛は私達が引き継ぐのでご安心ください」


 そう言うとアトミータは部下と思しき別の騎士を呼ぶと、謝礼にと銀貨の詰まった袋を差し出した。その後ろで困惑の表情を浮かべるキャロルティナが止めに入ろうとするのだが、それよりも先に十郎太は袋を受け取り中身を確認した。


「それだけあれば充分だろう。傭兵家業を三か月続けても足りないくらいの額だ」


 これで満足だろうと上から目線で言うアトミータの顔を見ると、十郎太は鼻で笑い袋を引っ繰り返し中身を地面へばら撒いた。

 十郎太の無礼な振る舞いにキャロルティナは愕然とし、アトミータは口元を引き攣らせる。他の三人の騎士達も何があったのかと動揺している様子であった。


「き、金額がお気に召さなかったかな?」

「いいや、こっちの銭の価値なんざ知らねえさ」

「で、ではなぜ、そのような振る舞いを?」


 十郎太はアトミータににじり寄るとじっと顔を覗き込んだ。

 突然の行為に驚きアトミータは少し仰け反るのだが、十郎太は神妙な面持ちで問いかける。


「随分と若えな。小僧、おめえ歳はいくつだ?」

「な、こぞっ!? 無礼者っ! きさま、私を愚弄するのかあっ!」


 その言葉にアトミータは激昂して後ろへ飛び退くと十郎太と距離を取った。そして腰に差した剣の柄に手を掛けたところでキャロルティナが慌てて止めに入る。


「待って! アトミータ落ち着いて!」

「離せキャロ! この者は私を侮辱したのだっ、これは騎士である私の名誉が許さない!」

「違うのアトミータ、あの人はそのなんて言うか。ジューロータもちゃんと謝って!」


 なにを謝る必要があるのかと、十郎太はふてぶてしい態度を取るのだがそれが更にアトミータの神経を逆撫でする。強引にキャロルティナを引き剥がして剣を抜こうとした瞬間、アトミータは背筋に氷を押し付けられたような冷たい悪寒を感じて躊躇した。

 アトミータは自分を睨み付ける十郎太の殺気に怖気づいたのだ。

 あんな恐ろしい気配を放つ人間には、これまで出逢ったことはなかった。スティマータを前にしても、こんな全身総毛立つような悪寒を感じたことはなかった。

 見たこともない真っ黒な衣装とそれに劣らぬ黒髪、目も黒い、そして腰に帯びている反った剣はこれもまた見たことのない物であった。その漆黒の剣士が目で語っている。


 その剣抜けば、斬るぞ。


 アトミータは剣を抜く前に、十郎太の気配に圧倒されてしまっていた。


 なんとか斬り合いにならずに済みそうだとわかり、キャロルティナは二人の前に割って入ると十郎太のことを見上げ睨みつけると言い放つ。


「彼女は女性だ、ジューロータ」

「はあ? 女だとぉ?」


 キャロルティナの言葉に十郎太は、なにを馬鹿なとアトミータの方をマジマジと見る。


 栗色の短髪に青い瞳、鼻の頭と頬にうっすらと雀斑そばかすの浮かんだ幼い顔立ちは、キャロルティナとたいして歳の変わらない少女の面影があるように見えた。よくよく見ると他の三人の騎士達も同様に幼い女子のようであった。


「お……んな、か?」

「そうだっ! おまえがレディに対してどんな無礼を働いたのかわかったなら謝れっ!」

「だからその、れでぃってのはなんだ?」


 誤魔化そうとするのだが、キャロルティナがしつこいので十郎太は仕方なく頭を下げた。

 十郎太の非礼を一緒に謝るキャロルティナに、アトミータの方も少し不躾なやり方だったと謝罪し、お互いの誤解も解けた所でアトミータはなぜ自分達がこの朽ち果てた村へやってきたのか説明をしてくれた。


 今から2週間ほど前、数匹のスティマータがパトラルカ領内の森で、発見、駆除されたのが皮切りであったらしい。その後爆発的に増殖したスティマータの大群が街や村落を襲い始めると、気が付いた時には最早手に負えない状況であったと言うのだ。

 領主であるカミラ・リラ・パトラルカは、己の聖機兵と私設騎士団の機兵数機を連れてスティマータの殲滅に出るも、あまりにも蟲の数が多いために撤退を余儀なくされた。

 なんとか領民達を城の中へと非難させることはできたのだが、逃げ遅れた者達がまだ多数居るだろうと、斥候も兼ねてこうして村々を回っているということだった。


 その話にキャロルティナは言葉を失う。


「そんな……聖機兵の、カミラ様の力量をもってしても。そんなに大群だったの?」

「数の問題と言うよりも相性の問題だと思う。しかし、この村は残念だった……」


 そう言いながらアトミータは肩を落とす。他の騎士達も項垂れて中には涙をしている者達もいる。その姿に十郎太は酷く歪な物を感じ、また脆く壊れやすい姿であると思った。




 続く。

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