其の二十八 すれ違う死生
地面に倒れたまま動かない騎士の元へ走るキャロルティナ。もう間に合わないかもしれないと思っていても動かずにはいられなかった。
サシャの時も地下闘技場の時も己の無力さに唇を噛み、何もできなかった弱さを嘆くだけで誰も救うことができなかった。
だとしても、今ここでなにもせずにただ見ているだけなんて、騎士の端くれである己の心が許さない。幼き頃に憧れた聖騎士の姿を思いだし、あの人の様に強く優しく誇り高くありたいとそう願った。
キャロルティナは走りながら聖剣を抜くと気合いの声を上げてスティマータへと斬りかかる。剣を振り下ろすと目の前のスティマータの胴体が縦に裂けて血飛沫が舞った。
「や、やった」
「馬鹿やろうがあっ!」
同時に真後ろから十郎太の怒声が飛び、振り返ると剣を抜いた十郎太が立っていた。
自分がスティマータを屠ったと思ったのだが、どうやらあれは十郎太の一撃であったと知りキャロルティナは不貞腐れる。
「な、なにをしに来たのだっ! 其処許は勝手に」
「いいから下がっていろ、巻き込まれてえのか?」
キャロルティナを背に回すと十郎太は残り二匹のスティマータに対峙する。仲間がやられたことを知った蟲達は標的を騎士から十郎太へと変えたようであった。
「どうにもこいつらには、感情があるのかどうなのかわからねえ。まあ、飯食うよりお仲間の仇討は優先するみてえだけどな」
鎌を振り上げて斬りかかってくるスティマータの一撃を剣でいなすと、十郎太は左手に回り込み肢を切り落とす。
一本失ったところで動けなくなる蟲ではないが、当然動きが鈍くなった所を更に後方に回り込み、背中に飛び乗ると頭に剣を突き立てた。その一撃でスティマータは絶命する。腕や肢、身体を幾ら切り刻んだ所で中々に死なないスティマータも、頭を潰せば即死することはここ何度かの戦いで十郎太は学んでいた。
残りの一匹も難なく両腕の鎌を切り落とすと頭を突いて葬るのであった。
その間に騎士に駆け寄り抱え上げていたキャロルティナは、悲痛な表情を浮かべていた。
「これは、もう……」
「た、助けて頂いたところ申し訳ないが……す、すぐにお逃げください。彼奴らは先兵です。ギガース級がやって、うっ……」
「喋らないで……なにか……なに……か」
そこまで言ってキャロルティナは声が詰まる。そこから先の言葉が出てこない、しかしこの騎士はきっとなにかの使命を帯びてこうして一人早馬を走らせていたのであろうことは、キャロルティナでなくてもわかることだった。
「なにか遺言はあるか。ねえなら介錯するぜ」
頭上から聞こえてきた十郎太の声にキャロルティナはカっとなった。
「其処許はっ! どうしてそうやって人の死を悼む気持ちがないのだっ!」
「まだ死んでねえだろそいつ」
「くぅぅぅぅ、そうやって馬鹿にして。私は、其処許は私がどんな気持ちでいるかわかって」
涙目で十郎太を非難するキャロルティナであったが、今はそんな場合ではないと騎士の方を見ると再び尋ねる。
「騎士様、私はキャロルティナ・ロゼ・グリフォンです」
「グ、グリフォンの……あぁよかった。神よ感謝します」
そう言うと、騎士は皮袋の中から書簡を取り出しキャロルティナへと手渡した。
「こ、これを、パトラルカ子爵様の書簡をグリフォン子爵様にどうか、お届けください。パトラルカ領は……今……き……き……に」
「パトラルカ……カミラ様の? 騎士様? 騎士様!」
騎士は既に息を引き取っていた。
項垂れるキャロルティナであったが、まだ終わっていないと十郎太は立ち上がるように言う。
小型のスティマータが居るということは最初の時と同じ、大型がこの後やってくるであろうことは容易に想像できていた。
キャロルティナは騎士のマントを取ると遺体の上に掛けてやった。そしてゆっくりと十郎太の横に並び立つ。
「ジューロータ。私は其処許の言動を許してはいない。だが今はいがみ合っている場合ではないのも事実だ」
「小娘のわりにはわかってるじゃねえか。そうだよ、今は泣くときじゃねえ。剣を取って戦う時なんだよ」
嫌味ったらしい言い方にキャロルティナは辟易するのだが、逆に怒りと闘志が湧いてきていた。
スティマータだ。自分からなにもかもを奪ったのはレオンハルトとスティマータ。この二つを八つ裂きにしてやらないことには腹の虫がおさまらないと、キャロルティナはその思いを剣に乗せて鞘から引き抜いた。
「キャロルティナあっ! 怒りや憎しみを乗せた剣は、いずれ己に返ってくると言う事だけは強く肝に銘じておけよおっ!」
「なんだ!? なんと言ったのだジューロータっ?」
十郎太が言い放つのと同時、轟音が響いた為キャロルティナは聞き取ることができなかった。
正面の森の中から先ほどと同型であるがそれよりも更に大きい、10メートル近くあるスティマータが木々をへし折り轟音を響かせながら現れた。
十郎太とキャロルティナは同時に召喚の呪文を唱えると聖機兵エッケザックスを呼び出す。三度も繰り返せばもう手慣れたものであった。
十郎太は颯爽と乗り込むと、エッケザックスと一体となり大型スティマータと戦闘を開始するのであった。
続く。
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