其の二十六 群雄割拠の暗黒期
エスタフォンセ・トワの中心部に深く穿たれたクレーターを見つめながら男は大きく息を吐いた。
この街から南西へ約20キロの森で見つかったギガース級スティマータの死体。近くの湖畔には埋葬されていた侍女の遺体が発見された。そしてこの大穴である。瓦礫と土砂の下からは大勢の市民の遺体と、大量のスティマータの死体が出てきた。
どうやらなんらかの地下施設があったらしいのだが、そこでなにが行われていたのかは現段階ではわからない。
それにこの街を管理するゾーン区長も、事件から半日以上経つのに行方がわからないままだった。とにかく今は瓦礫の撤去と土砂を掘り起こす作業を急ぐようにと男は指示を出した。
「こんな所に居たのか」
「あぁ……なんとも酷い有様だなサーヴァイン」
背後から声を掛けられて、男は振り返らずに返事をする。
サーヴァインと呼ばれた男は、後頭部で結った暗く青みがかった長髪を揺らしながら男の横に並び立つ。切れ長の冷たい瞳で、焦げ茶色の同じ姿をした機兵達が作業をする穴の中を見下ろすと、溜息交じりに話しを続けた。
「思ったよりも深い地下施設だった。機兵を持って来ていて正解だったな」
「まさかこんな土木作業に使うとは思わなかったよ。で、何かわかったのか?」
「まだなんとも言えないが、おそらくあそこでは多数のスティマータが飼育されていたと思われる痕跡があった。なにかしらの事故で爆発的にスティマータが増えてしまい、施設ごと爆破したのではないかと」
サーヴァインの説明に男はしばらく考え込むと、赤い髪を右手でかきあげて言った。
「いいやサーヴァイン。これは聖機兵の仕業だよ」
「キャロルティナが? いや、それは流石に無理だろう。彼女にはまだ聖機兵を召喚することさえ難しい」
「彼女以外の者が召喚したとしたら?」
男の言葉にそれこそ有り得ないとサーヴァインは苦笑するのだが、再び穴の方を見るとそれもあながち間違っていないのではないかと思えてきた。
街のど真ん中にこれだけの大穴を開ける為に一体どれだけの爆薬が必要だろうか。そして、聞き取りで市民達が口々に言っていた稲妻を纏った竜巻のこと。そんな真似をできるのは、聖機兵以外には考えられないと言われればそうであった。
サーヴァインが現場の指揮に戻る為に踵を返すと男が呼び止める。
「サーヴァイン……あの娘を逃がしたのは私の失敗だった」
珍しいことを口にするとサーヴァインは一瞬驚いたが、すぐに気を引き締めると歩き出した。
これから自分達の進もうとしている道が荊の道であることは元より承知している。その覚悟もある。そして全幅の信頼を寄せている男が万能の神ではないという事も。時として失態を演じてしまう事もある一人の人間であるからこそ、彼の隣に立ち共に歩む事ができるのだという事も。
幼少の頃から聖剣を受け継ぐという運命を共にしてきた間柄だからこそ、彼は自分に弱い部分を曝け出せたのだろうとサーヴァインは思った。
サーヴァインは振り返らずに言う。
「レオンハルト、俺の前以外ではそんなことは口にするなよ」
「わかっているよ。サーヴァイン」
レオンハルト・グレン・エルデナーク。
辺境の地を治めるエルデナークの現当主。
七聖剣、1の聖剣グラムを受け継ぎし若き聖騎士は、グリフォン領内で起こった二つのスティマータ絡みの事件を前に、この国に暗黒の時代が訪れようとしていることを予感するのであった。
*****
街道を行く馬車に揺られながら十郎太は、誰の目から見ても機嫌の悪いのが分かるくらいに苛立っていた。
その横でげんなりとしながら肩を落としている商人のおっさんは大きく溜息を吐く。
「なんだよおっさん、おめえまで辛気臭え溜息なんか吐いてんじゃねえよ」
「溜息も吐きたくなりますよ。いつまで経っても戻ってこないから仕方がないと諦めて商会所を後にしてからあんなことになってもう街中大混乱。物の行き来まで滞ってしまったら街が死んでしまうと商会員総出で近くの街まで行商に出た矢先に、どうしてまたボロボロのヘロヘロになったあんた方に出逢うんだ。私が一体なにをしたって言うんだ神よおおおっ!」
涙を流しながら天を仰ぐおっさんに、ちゃんと前を見ろと言い聞かせると十郎太は荷台の方を振り返る。幌の張ってある荷台の奥に膝を抱えて座り込むキャロルティナの姿があった。
こちらも辛気臭いオーラをぷんぷんと放っている。街を出る直前、しぶとく逃げ延びていたゴードンの言った内容。それを聞いてからキャロルティナはずっとこうやって塞ぎこんでいたのだ。
「あんな野郎の言う事なんざいつまでも引き摺ってるんじゃねえよ」
「……」
「聞いてんのかっ! いつまでもそうやって辛気臭え面してやがると馬車から放り出すぞっ!」
「うるさいっ! 其処許にはデリカシーと言うものがないのかっ! 少しはレディに気を使えバカジューロータっ!」
怒鳴るとキャロルティナは毛布を頭から被り不貞寝を決め込むのであった。
「でりかしぃ? れでぃ? なんだそりゃあ?」
怪訝顔をする十郎太の横でおっさんはやれやれと溜息を吐くのであった。
*****
「いい気なもんだなっ! あの私刑場を作ったのはおまえの親父だろうがあっ!」
「な、なんだと? お父様が? ゴードンきさま。この期に及んで適当なことを」
人々が逃げ惑い騒然とする街の中、瓦礫の下から這い出てきたゴードンの姿に気がついたキャロルティナは駆け寄ると胸倉を掴み上げた。
ゾーンのやったこの悍ましい出来事の生き証人にしてやろうと捕えたのだが、ゴードンの口から出た言葉にキャロルティナは動揺する。
「知らなかったのか? まあそりゃそうか。おまえの親父グリフォン子爵様はな、捕えてきたスティマータをなんらかの実験に使ってたんだよ。それで必要なくなった蟲の使い道をゾーン区長に相談してあの施設が出来たんだっ!」
「出鱈目を言うなきさまああっ! これ以上、父を侮辱することは許さんぞっ!」
キャロルティナはゴードンの襟首を締め上げる。騒ぎに気が付いた十郎太とゲルトがそこへ駆けつけるとゴードンは、「あいつも知っていることだ!」とゲルトの事を指差した。
ゲルトはゆっくりと二人に近づくと、キャロルティナの手にそっと触れてやめるように促した。ゴードンから手を離すとキャロルティナは、救いを求めるような目でゲルトに訴えかけるのだが、ゲルトはゆっくりと首を横に振った。
「嘘だ……」
「本当の事だキャロルティナ。俺はその調査でここに派遣されていた密偵でもあった」
ゲルトの言葉にキャロルティナは項垂れる。
「もう気づいているのだろう? 俺の聖機兵がリジルであると知った時から」
「あなたは、ボルザックおじさまの……」
「そうだ」
わけがわからないまま話が進んで行くので、十郎太は苛々しながらゴードンの首根っこを抑えつける手に力を籠めるのであった。
続く。
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