其の二十四 紫電撃震

 天上から舞い降りた聖機兵が地の底より這いあがる。

 泥濘の中から現れた黒い聖機兵は、内に宿る熱を抑えこむように排気口から蒸気を噴出すると、胸の動力部から呻り声のような音を上げた。


 エッケザックスは十郎太の前に膝を突くと、後頭部と首の付け根部分が上下に開きコクピットを解放する。エッケザックスの外装部分を器用に駆け上がると、そこへ滑り込んだ十郎太は座席に深く腰掛けた。首の後ろにチクリとした痛みを感じる。そして一瞬の眩暈の後、巨大なからくり人形と一体になった。


 聖機兵の操縦は、操縦桿や複雑な計器、ボタンを操作するものではなく。搭乗者と機兵の神経を接続しその感覚を共有することによって、自分自身がまるで巨大なロボットにでもなったかのように動けるというものであった。

 もちろん十郎太にはそんなことは知る由もないのだが、己が巨大な人になる感覚というのは、常人からすれば受け入れがたい感覚であり、実際に十郎太も最初はその不快感から嘔吐したものだが、二回目にして難なくそれを受け入れた十郎太の精神力の強さは驚嘆するものであった。


 己の体に力が漲ってくるのを感じると十郎太は立ち上がる。

 気が付けば左肩の出血も止まり、指先まで血の通う感覚が戻っている。

 十郎太は己の手、もとい今はエッケザックスの手を見つめて二度ほど開いては閉じを繰り返した。

 考えるよりも体が先に動く感覚、己が操縦しているのか或いは操縦されているのか、今はそんなことは構わない。十郎太は体中を支配する得体の知れない万能感に、己の気分が高揚していることを感じていた。


 一歩踏み出すと小さなスティマータを数匹踏み潰した。

 素足で潰したかのような感触が気持ち悪い。もう一歩踏み出した所で巨大なスティマータが飛び掛かってくる。避けることもせずにそれを拳で殴り倒した。

 顔面が陥没し体液を垂れ流し地面に突っ伏しているスティマータ。震える四肢で身体を持ち上げると牙を剥き出しにしてエッケザックスを威嚇する。その姿はまるで怯えているようにも見えた。

 感情を持たない蟲だと思われているスティマータが、聖機兵エッケザックスを前にまるで蛇に睨まれた蛙のようであった。


 エッケザックスは腰のスリット部分から飛び出した剣の柄を右手で掴み取ると、柄の先から刀身が飛び出した。

 左足を前に半身になり肩口水平に剣を構える。十郎太の動きをそのまま生き写しにしたようなエッケザックスの動きにキャロルティナは息を飲んだ。たったの二回乗っただけで、ここまで操縦をモノに出来るものなのかと驚嘆する。


 最早、己よりも小さい大型スティマータなど敵ではなかった。

 この雑魚をさっさと斬り伏せて小蟲を捻り潰してやろうとしたその時、後方から轟音が響く。振り返るともう一匹、大型スティマータが瓦礫の中から現れた。

 一体どこから侵入したのか、とにかく大型のスティマータが計二体現れたことに十郎太は警戒する。


『キャロルティナ! おまえがそこにいると自由に動けんっ、どこかへ身を潜めていろっ!』


 外部スピーカーから聞こえる十郎太の言葉にキャロルティナは頷くと、観客の避難した出入り口の方へと走り出した。

 それを見て十郎太は再び剣を構え直すと二体の化け物を相手にする。顔面を潰したスティマータが突進してくるのを右へ躱すと、そこへもう一匹のスティマータが口から光線を放った。細く収束されたレーザーのような攻撃を胴体に喰らうとエッケザックスは弾き飛ばされて後方へと倒れ込む。


「な、なんだ今のは? 面妖な術を使いやがって」


 エッケザックスの装甲は少し焦げついた程度で目立ったダメージはなかった。

 思いもよらない攻撃に戸惑う十郎太であったが機体に損傷がないことを認識すると、体勢を立て直し光線を吐き出したスティマータの方へと向き直った。

 再び同じ攻撃をしてくるのだが、今度は剣で光線を縦に斬り裂くと一足飛びに距離を詰めて左の肩口から袈裟懸けに肉を斬り裂く。悲鳴を上げて仰け反るスティマータを蹴り倒すと頭に剣を突き立て止めを刺した。

 残り一匹。振り向いたその時、強い衝撃が十郎太の身体を揺さぶる。直後、凄まじい耳鳴りと共に頭痛が襲った。

 四つん這いになったスティマータの背中、エラのように切れ目の入った部分に翅脈が見えた。それが細かく振動している、スティマータは鈴虫のように羽を超高速で擦り超音波を発しているのだ。


 脳を揺さぶられて脳震盪を起こしそうになる十郎太。唇を噛みなんとか意識を保とうとするのだが、今度は酷い眩暈と吐き気が襲うと、右の鼓膜が破け耳から血が流れ出てきた。

 このままでは気を失ってしまうと思ったその時、眩い紫色の雷がスティマータへと落ちた。凄まじいエネルギーの電流が全身を駆け巡ると、スティマータは絶命するのだが四肢の筋肉が痙攣してピクピクと蠢いていた。


 なにが起こったのか。ふらふらする頭に喝を入れると立ち上がる十郎太は、蟲の後方から現れた巨大な人影に驚きの色を見せる。

 エッケザックスに似ているが別の機体。暗い紫色の装甲を纏った機兵は、細身の長剣を手にゆっくりと歩を進める。


「な……んだ? エッケザックスこいつ以外のからくり人形だと?」


 紫色の機兵がエッケザックスに剣の切っ先を向けると外部スピーカーから声がした。


『見事な戦いぶりだったぞ黒い剣士。だが、聖機兵の扱い方はまだまだ未熟のようだな』



 その声は聞き覚えのあるものだった。


 ゲルト・シュナイダー。


 ゾーンの護衛をしていた長身痩躯の男、十郎太が蛇目と呼んだ騎士が謎の機兵に乗って現れたのであった。




 続く。

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