其の二十三 誰が為に振るう剣
十郎太は左肩に刺さった剣を引き抜くと投げ捨てた。左の袖を噛むとぐるぐると肩に巻きつけてきつく結ぶ。これでなんとか出血も減ってくれれば良いのだが、正直あとどれくらい意識を保つことが出来るか、ぼうっとする頭で考えた。
こんな状況、今までの己であれば真っ先に逃げ出したであろう。最早刃物とは呼べた代物でない鉄の棒を引っ提げて、あの場に降りて行ったところで何が出来ると言うのか。
だがしかし、ずっと心に引っ掛かっていた。キャロルティナの言った死者の尊厳という言葉。足元に転がるちぎれた女の頭を見て思う。罪人達の命を弄んでいたこいつらが、同じように蟲共にその命を弄ばれて死んでいく、そこに尊厳などというものが存在するのだろうか、これは因果応報ではないかと。
そんなことを考えていると目の前には二匹の蟲が迫って来ていた。
十郎太は剣を構えると吠える。うだうだと余計なことを考えている場合ではない。少しでも多くの蟲を引きつけて、
飛び掛かって来た蟲を躱すと剣を振り下ろした。柔らかい肉の感触がすると蟲の外皮は凹み血を流している。硬い外骨格で覆われている筈のスティマータであったが、どうやらこいつらはまだ外皮が固くなっていないようだった。
脱皮をしたばかりの幼生のような、酷く脆い外皮であった為に切れ味の悪い剣であっても傷を負わせることができる。ならばと十郎太は蟲に飛び掛かり剣を突き立てた。柔らかい外皮を割くと、どす黒い液体が噴出する。暴れる蟲にしがみ付きながら十郎太は剣を更に奥に突き立てると手前に引いた。暴れる蟲を抑えつけるように何度も何度も剣を突き立てる、しかし横から別の蟲の体当たりを喰らうと地面を転がる十郎太。すぐに立ち上がり飛び掛かってくるもう一匹の蟲の両目の間に剣を突き立てるとすぐに息絶えた。
「はあっ、はあっ……。糞が、たった二匹殺すのにこのザマだ」
剣を地面に突き立て膝を突く十郎太。身体が酷く重かった。血を流しすぎたのか酷く寒気がする、左腕にはもう感覚ない。蟲達が己の元へと迫って来ていた。
こんな所で己はなにをしているのだろうと思うと酷く笑えてきた。桂や維新の志士達と共に、同心や守護職の連中から逃げ回った時のことを思いだす。散々人を斬ってきた大罪人の己も、いよいよもってここが年貢の納め時かと覚悟したその時、声が聞こえた。
「立てっ、ジューローターああああああっ! 其処許は私が雇ったのだぞっ! 雇い主である私がいいと言うまで、死んではならんのだああああああっ!」
声の方へ振り向くとキャロルティナが観客席を駆け下りて来ていた。
「あ……んの、馬鹿娘がぁぁぁ」
なんのことはなかった。死者の尊厳? 因果応報? そんなことはどうでもよかった。
要するに十郎太は恰好をつけたかったのだ。なんだかわからんが、あの娘の前で恰好をつけてやろうと、何もできない貧弱な小娘を己が守ってやろうと思っただけなのだ。
「ははは、驕っていたのは俺自身だったってわけか」
笑い放つと、「受け取れ」と言ってキャロルティナが剣を投げて渡す。
十郎太は己の愛刀を引き抜くと横一閃。ただの一振りで十を越える蟲達を斬り裂いた。魔剣が黒い光を放つと、観客達に群がっていたスティマータ達が一斉に十郎太の方を向いた。
「なんだなんだ? お仲間がやられて怒っているのか? 蟲にもそんな感情があるんだなあっ!」
「十郎太、私も共に戦うぞ。この聖剣エッケザックスでお前と一緒に……っていたあああああっ! なぜ頭を叩くのだあっ!」
横に並び立つキャロルティナの頭にげん骨を叩きこむと十郎太は、己の背へとキャロルティナを回す。
「馬鹿やろうが。殿様が矢面に立つような戦場なんてのは負け戦でやることだ。おまえは後ろで高みの見物を決め込んでればいいんだよっ!」
そう言うと十郎太はスティマータの群れに向かって駆け出した。
さき程まで出血の所為で立つこともままならなかった十郎太であったが、己の剣を手にした瞬間、いや、キャロルティナに発破をかけられた瞬間、力が漲って来ていた。
数多の蟲達をバッタバッタと切り捨てて行く十郎太。使えなかったはずの左腕も傷の痛みも小さく今は動く。まるでこの魔剣が十郎太の身体を乗っ取り突き動かしているようにも感じだ。
もっと血を、もっと命を、多くの人間の命を奪ってきた剣が、さらに多くの命を欲するが如く。まさに妖刀、そう形容するのが一番しっくりくるのかもしれない。
「魔剣だろうが妖刀だろうが知ったこっちゃねえっ! 体が動くのなら斬るまでよっ!」
十郎太の鬼神の如き戦いぶりにゲルトは震えていた。それは恐れからくるものではなく歓喜の震えであった。今この時代に、あの様な修羅の剣を振るう剣士が居ることに、そしてそれを十郎太に感じ取っていた己の見立てが間違っていなかったことに震えていたのだ。ゲルトは踵を返すと部屋から出て行こうとする。
「ゲルトっ! どこへ行くのだっ! 今ここから出るのは危険だ。おまえはここで私のことを守れっ!」
「おまえとの契約はここまでだ家畜以下の下種め。そうだな、きさまの好きな金にでも命乞いしてみたらどうだ?」
「ゲ、ゲルトぉぉおおおっ! きさまあああああああっ!」
階下から迫る蟲達を見て笑うとゲルトは部屋を後にするのであった。
蟲達を相手に大立ち回りを繰り広げる十郎太。
あらかたの観客がようやく外へと逃げたと思われたその時、轟音が響くと闘技場の壁が突き破られる。瓦礫の中から現れたのは、昼に見たギガース級よりは小柄であったが大型のスティマータであった。
それを見てキャロルティナは剣を抜くと十郎太の横へと駆け出す。
「聖機兵を呼ぶぞジューロータっ!」
「また、あれに乗るのか?」
「今度は私が乗るっ! あいたぁっ!」
また頭を引っぱたかれて声をあげるキャロルティナ。ぷくーっと頬を膨らまして抗議の視線を十郎太に送るのだが、十郎太は笑いながら剣を構えると二人同時に召喚の呪文詠唱を始めるのであった。
『我らが前に顕現せよっ! 聖剣エッケザックスっ!』
続く。
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