其の二十二 剣は凶器
地下闘技場の更に奥から溢れ出てきた大量の蟲達の姿に、逃げ惑っていた観客達は再びパニックになる。出入り口に人が一気に押し寄せた為に逃げることができず、後ろに居る者から次々とスティマータの餌食となっていった。
「な、なんだあの数は? なぜここに、あんな数のスティマータがいるんだああっ!?」
ゾーンの驚きようからすると、本来ならばあんな数のスティマータはこの闘技場には存在しない数らしかった。先程の爆発音となにか関係があるのか、それが今闘技場内を埋め尽くさんばかりに地の底から溢れだしてきている。
ゴードンは腰を抜かして震えている。ゲルトも苦々しい顔をしながらこの異常事態にどうするべきか考えあぐねているようだった。
この阿鼻叫喚の地獄絵図にキャロルティナは絶句する。こんな事態が父のグリフォン領内で起こっていることもさることながら、人の命がこんなにも簡単に無残に消えていくことに。
そして領主の娘であり今は唯一の血縁でありながら、領民の為に何もすることのできない自分の不甲斐なさに奥歯を噛んだ。
「十郎太……私はどうしてこうも弱いのだ。民草が無惨に命を散らしていっているのに、私はこうやって見ていることしかできない……。こんなにも己の弱さが歯がゆいことは……ない」
しかし、自分のそんな弱さに打ちひしがれるキャロルティナことを、慰めるどころか十郎太は鼻で笑った。
「はん、そんなもんだろ。所詮この世は弱肉強食、弱いもんから死んでいき強いもんだけが生き残るのよ。自然界では普通に行われていることだぜ。大体死んで当然だろあんな奴ら」
「そんな理屈は獣の世界だけのことだ! 私達は人間だっ! 弱き者の為に強き者が手を差し伸べる、それが力を持つ者の義務だ!」
「へぇ、そりゃ武士道かなにかかい?」
「騎士道だ……」
睨みつけると十郎太は、キャロルティナの胸倉を掴んで引き摺って行く。そして階下を見下ろせる所まで行くと言い放った。
「だったらその騎士道とやらであいつらを助けて見ろよ?」
キャロルティナは返す言葉がなかった。
どんなに自分が騎士であると、貴族であると、人の上に立つ階級の人間であると言ったところでなんの意味もない。そんな肩書きや能書きで誰かを救うことなんて出来やしないと、そんなことはこのひと月で身に染みるほどわかっていたことだった。
「いいかキャロルティナ。誰かを救ってやろうだなんて、そんなのは単なる驕りだ」
「ならば、なぜ……なぜ其処許は私のことを二度も助けたのだ?」
その問い掛けに自嘲気味に笑うと十郎太は、キャロルティナの頭を鷲掴みにしてぐしゃぐしゃと掻きまわした。
「はっは、おまえを救ったのは俺じゃない。
十郎太は右手に提げた剣を突き出すとキャロルティナに背中を向けた。
「
それだけ言うと十郎太は振り返らずに観客席へと降り立っていた。
その背中を茫然と見つめるキャロルティナはというと、感動に打ち震えるどころかなんだか納得いかない気持ちでいた。
そんなことを言うのなら、その剣を振るうのは誰なのかと。傷つきぼろぼろになり、ふらふらとおぼつかない足取りで、尚も戦おうとしているのは誰なのかと怒りに震えていた。
「バカジューロータ……」
キャロルティナは覚悟を決めた。両手をキュっと握りしめ振り返りゾーンの元へと歩み寄る。地面に尻をつきゾーンは怯えた表情でキャロルティナのことを見上げると震える声で言う。
「な、なんだ? 私は悪くないぞ。あんな、あんな数のスティマータ、私は知らないっ! あんなのどうすることもできないではないかあああっ!」
「黙れええええっ! 今すぐにエッケザックスを私に寄越せ! この仕業、きさまの手に余ると言うのであれば私が治めてみせるっ!」
もうなにも言い返せなかった。キャロルティナの気迫を前に、ゾーンは大人しく聖剣エッケザックスを差し出した。
聖剣を手に十郎太の後を追おうとするキャロルティナのことを、信じられないと言った表情で見ているゴードン。恐ろしさのあまり腰を抜かして怯えているだけのその姿は、キャロルティナがかつて憧れを抱き慕っていた男性像は見る影もなかった。
「キャ、キャロルティナ……様」
「あなたみたいな人でも、私には守る義務がある。それが、聖剣を受け継いだ私の使命なのだ」
それだけ言い残して観客席に降り立とうとした時、目の前にゲルトが立ち塞がった。
しかし、ゲルトからは先程まで十郎太に向けられていた敵意、というか殺意のようなものは感じられない。ゲルトはキャロルティナのことを見下ろすと左手に持っていた物をキャロルティナに渡した。
「こいつが必要なのだろう?」
「これは、ジューロータの……ありがとう。あなたは、仕える主人さえ間違わなければ立派な騎士になれると思うわ」
ゲルトから剣を受け取ると、今度こそキャロルティナは階下へと降り立ち十郎太の後を追うのであった。
続く。
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