其の二十一 二の太刀いらず

「なんだか騒がしいな?」

「今日のメインがどうも異国の殺人鬼らしいぞ」

「へえ、意外に善戦してるのかもしれないな。それにしても、金持ちの考えることは本当に理解できねえよなぁ」


 スティマータを収容した鉄格子の前で私語をする番兵達は、毎晩のように繰り広げられる血の惨劇が金持ちの道楽であることを知っていた。

 初めの内は、次々と運ばれてくる死体の山に吐き気を催す程の不快感を感じていたが、次第に感覚が麻痺してくると、そもそもこんな所に連れて来られるような罪を犯したのが原因ではないかと。自業自得なのだから仕方がないと思うようになっていた。


「それにしても随分と盛り上がっているな? ちょっと見てくる」

「おい、持ち場を離れたらドヤされるぞ」

「すぐ戻るって」


 鳴り止まない歓声に一体なにが起こっているのか気になり、一人がその場を離れてしまった。

 残されたもう一人の番兵は薄暗い牢屋の前で一人ぽつんと佇むのだが、この鉄格子を挟んだ暗がりの奥に蟲が何匹もいるかと思うと恐ろしくなって身震いした。

 そこでふと、ある異変に番兵は気が付いた。いつもは暗い部屋の隅に固まったまま動かない蟲達が、よおく見るとなにやらモゾモゾと蠢いているように見える。

 歓声に掻き消されて気付かなかったが、よくよく聞き耳を立ててみるとカリカリとなにか音がなっているように聞こえた。

 番兵は気になり松明を奥に向かって照らすと驚きのあまり声をあげた。


「ひっ、ひいっ! なんだ、なにをやっているんだこいつらっ!?」


 蟲達は口から糸のようなものを吐き出し繭を作っているように見えた。それも、無数の蟲達全員を覆うような巨大な繭であった。

 なにか異常事態が起きていると番兵は慌ててそれを報せに走るのだが、先ほどの番兵もなにか慌てた様子で戻ってきた。


「な、なんだ? なにかあったのか? いや、こっちも蟲の様子がおかしくて」

「それどころじゃないっ! 死罪人が壁を越えて区長の部屋に飛び込んだらしいんだっ! 客席はパニック状態で収拾がつかない。俺達も応援に来いって命令だっ!」


 そう言われて蟲の様子が気になるものの、駆けつけないわけにはいかないので渋々後をついて行く番兵。


 その時スティマータになにが起きていたのか、この二人の番兵が知ることは未来永劫やってこないのであった。





 ゲルトと睨み合いになる十郎太の姿に目頭が熱くなるキャロルティナ。


「ジューロータぁぁぁぁぁっ」

「うるせえ黙ってろっ! おめえの相手をしてやれるほど楽な相手じゃねえってことくらい察しろおっ!」


 涙ぐみながら十郎太に駆け寄ろうとするのだが、自分の方へは見向きもせずに怒鳴りつけるので、キャロルティナは不貞腐れるのであった。


「また邪魔をするのかこの蛇目野郎、て言うか俺の刀を返しやがれえっ!」

「鞘から抜けぬ剣になぜそうも執着するのか」

「こんな鈍らよりはマシだからだよっ!」


 十郎太は剣を振り上げるのだが切っ先が天井へと当たる。地下という狭い空間の為、VIPルームであっても天井は低く作られていた。それを熟知しているゲルトは細身の剣を片手で持ち水平に突きを繰り出す。

 しかし十郎太はゲルトに向かって半身になると、両刃剣の腹の部分で身を隠して突きをいなした。


「まあ、この剣は盾として使う分には有用かもしれねえな」

「こういった場での戦いにも慣れているように見える。俺の一撃を受けた時の機転といい、きさま相当の修羅場を潜りぬけているな?」

「なあに、座敷なんかの狭く天井の低い場所じゃあ剣を振り回すよりも突きが有効ってなぁ、新撰組の奴らがよく用いていた戦法でな。薩摩の奴らは難儀してたもんだぜ」


 新撰組だの薩摩だの言ってわかるわけがないかと思いながら十郎太は考える。軽口を叩いていても己の方が不利なのは言うまでもない。

 使い慣れていない重く切れ味の悪い剣に、地の利も相手の方が知り尽くしているとなると、それこそ薩摩の様に一太刀で斬り伏せてみせなければ勝てないと考えた。


「二の太刀いらずか……」


 小さく呟くと十郎太は剣を両手持ちで天井すれすれ上段に構えた。

 それを見てゲルトは、正気か? と怪訝顔をするのだが、その程度の男であったかと見切りをつけると一突きで終わらせてやろうと剣を再び水平に構えた。


 互いの隙を窺うように微動だにしない剣士二人。

 その場に居る者全てが我を忘れてこの二人の剣客の動きを注視する。


 下は観客達の逃げ惑う声で騒がしいはずなのだが一瞬の静寂が訪れた様な気がした。


 その瞬間、二人が同時に動き出す。



「チェストおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 叫び声と同時、凄まじい金属音が部屋の中に響き渡る。キャロルティナもゾーンもゴードンも、耳を押さえて目を瞑った。そして目を見開いたその時、膝を突くゲルトと十郎太の姿があった、

 相討ちかと思ったが、十郎太の左肩口にはゲルトの剣が突き刺さっている。しかし、柄の部分はなく刀身が真っ二つに折れていた。

 そしてゲルトは剣を取りこぼし、左手で右手首を押さえながら苦悶の表情を浮かべている。十郎太は立ち上がると剣の切っ先をゲルトへと向けた。


「形勢逆転だな」

「まさか、そんな捨て身の戦法を取るとは」

「肉を切らせて骨を断つよ。これで二の太刀は封じたぜ?」


 十郎太は剣を振り下ろす直前、左肩を前に出しゲルトの剣を受けると、右手に持った剣を振り下ろして相手の武器を破壊したのであった。


「見事と言いたいところだが、きさまとて相当の深手だろう。そう長くはもつまい、放っておいたら失血死だ」

「違いねぇ」


 ニヤリと笑う十郎太。その前に止めを刺してやらんと剣を振り上げたその時、まるでなにかが爆発するような轟音が地下場内に響き渡るのと同時、大きな衝撃と揺れが襲うのであった。




 続く。

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