其の十五 忍び寄る魔手

「そんなことが……それはさぞ、お辛かったでしょう」


 悲痛な表情を浮かべキャロルティナの話を聞いて言葉にならない様子のゴードン。

 入口では目立つだろうと十郎太を外に残し、裏口から中へ通されたキャロルティナは、これまであった経緯を説明した。


「まさかサシャまでも、本当にお労しい」


 サシャの最期は詳しくは説明しなかったが、彼女とも面識のあったゴードンは目頭を押さえて肩を落とした。


 ゴードンはこの銀替商に務める銀商人であった。

 代々グリフォン家の資産や財産を管理するエリートの家系で、彼もご多分に漏れず銀商人の道を選び同じ役職に就いた。そして彼がグリフォン家を担当するようになってから7年、キャロルティナも幼少期からよく顔を合わせており、兄弟のいない彼女にとっては頼りになる兄のような存在でもあった。

 今回キャロルティナがそんなゴードンを頼ってきたのは、グリフォン邸から脱出する時になにも持って出ることの出来なかった為に、彼の管理する父の財産から路銀を用立てて貰えないかと相談に来たのだ。


「わかりました。確かにここからは先立つ物がなければ苦しいですね。しかし、いくらご親族の方とはいえ、お父様の資産に勝手に手をつけることは難しいです。ですが、長年お世話になっているグリフォン様のご息女たってのお願いとあれば、無下に断るわけにもまいりません。仰っていた金額くらいであれば、私がなんとかご用立て致しましょう」

「ありがとうゴードン。こんなお金を無心するような真似、貴族として恥かしいことではありますが今は体裁に拘っている場合ではないのも事実。あなたのご厚意に甘えさせてもらいます」


 頭を下げるキャロルティナのことを慰めると、ゴードンは立ち上がり紅茶でも淹れて来ましょうと部屋から出て行った。




 一方その頃、外に置き去りにされた十郎太は苛々していた。


「ちっ、見せもんじゃねえぞごるぁっ! 散れ散れっ!」


 十郎太が吠えると、遠巻きではあるが物珍しげに見ていたギャラリー達が蜘蛛の子を散らした様に逃げ出した。


「まったく、人をこんな場所に置き去りにしてなにしてやがんだ。もう半刻近く経つじゃねえか」


 キャロルティナから借りている懐中時計を見ると、20時半を回ろうとしていた。

 暗殺を生業としていた十郎太。対象が現れ斬る好機が訪れるまで、1週間以上も辛抱強く待ち続けることも茶飯事あったのだがこれは仕事ではない。なにも説明されないままに、ただ待ちぼうけを喰らわされることは我慢がならなかった。

 それにしても、こちらに来てからと言うものなんだか妙に調子が狂うと思っていた。

 やたらと饒舌に言葉が出て来たかと思えば、些細なことで苛々して感情を発散する。そんなことなどもう十数年なかったと思う。それもこれも、あのキャロルティナと言う小娘に関係することなので、それがまた十郎太を苛つかせるのであった。

 まだしばらく出てきそうもないので、金は持っていないが適当な商店でも見て回って暇つぶしをしようと十郎太はその場を離れるのであった。





「砂糖とミルクは?」

「いただきます」


 ゴードンの淹れてくれた紅茶を口にすると、キャロルティナは大きく息を吐く。それと同時に、自然にぽろぽろと涙が溢れて来て抑えられなかった。


「あれ? ごめんなさい。私、どうして」

「いいんですよ。ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたのでしょう。親しい人を亡くしたばかりなのです。私の前では感情を押し殺す必要なんてありません」

「ごめんなさい。ありがとうゴードン、館の人間はエルデナーク卿の息がかかっている可能性があるかと思うと、私には頼れる人なんてあなたしかいなくて。」

「無理もないです。もしかしたら私にもその可能性があったかもれないのに、それでも私を頼ってくれたことを光栄に思っています。今は安心してゆっくり休んでください、宿は私が手配致します。路銀は明日までにはご用意しますので……ところで」


 そこまで言うとゴードンはこれまでの優しい声色から急に重いトーンになり、キャロルティナのことを見つめゆっくりと口を開いた。


「先程、外で一緒に居た浮浪者のような男は何者でしょうか?」

「あ、あの男は私とサシャが逃げるのを手引きしてくれた流れの傭兵で。その、帝都までの道程も護衛してもらおうかと」


 流石にさっき出逢ったばかりの何者かもわからないが腕の立つ男なので、レオンハルトに復讐する為に雇ったとは言えなかったのだが、キャロルティナの説明にゴードンは急に顔色を変えると声を張った。


「いけませんっ! あんな不逞の輩に身辺の護衛を任せるぅっ!? なにをされるかわかったものではないっ! 人気ひとけのない場所で二人きりになった途端に襲い掛かられでもしたらどうするのですかっ!」


 ゴードンの豹変ぶりにキャロルティナは驚き閉口してしまうのであった。



*****



 十郎太は薄暗い路地に入り、少し行った所で人が居ない事を確認すると声を上げた。


「なんでぇ。さっきからちょろちょろと人のことをつけ回してやがるからご希望通り人目のねえ所に入ったってのに、いい加減出てきたらどうだっ!」


 するとしばらく間を置いてゴソゴソと数人の男達が物陰から現れた。

 その手にはそれぞれ得物を持っている。十郎太は腰に帯びた刀の柄に手をやると、口元に小さな笑みを浮かべ楽しそうに言うのであった。



「こういう展開の方がわかりやすくて好きだぜ」



 続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る