其の十四 恥じらいの乙女
街に着くと商人のおっさんはまず商会へ向かうと言い出した。
「先に今回の仕入れの届けをしないと、脱税でしょっ引かれちまいますので」
「ならばその間に私は銀替商へ行きたいのだが?」
「それだったら商会の中に出張所がありますよ」
「いや、本店でないとできない手続きなので」
キャロルティナとおっさんの会話の意味がよくわからない十郎太は、適当に頷きながらそれを聞いていた。なんとなく話の内容からキャロルティナは、これから両替商の元に金を借りに行こうとしているのだと予想した。
「そんじゃあ俺は荷台でひと寝入りしているから、用が済んだら起こしてくれ」
そう言って荷台に上がろうとした所でおっさんに止められる。
「なにを言っているんですか。こんな夜分にお嬢さん一人で行かせるなんて、旦那もついていっておやりなさい」
「おめぇ、そのまま俺達が逃げたらどうすんだよ?」
おっさんの言葉に十郎太は呆れるのだが、そんなつもりなら最初から馬車を奪っていくだろうと、もしそうだったとしても人を二人乗せて来ただけ。何も失ってはいないし損もしていないのだから構わないと、おっさんは二人が帰って来るのを信じていると言うのであった。
まったくもって信じ難いほどのお人好しだと十郎太は呆れるのだが、キャロルティナが涙目になり必ず謝礼を渡しに戻ると言って頭を下げるので、仕方なく十郎太も礼を言うと二人で銀替商へと向かった。
この街の名はエスタフォンセ・トワと言う。
グリフォン領内でも二番目に大きな街で人口は約4000人ほど。もう少し行くと帝都の入口と呼ばれるベグリム・ガルドと言う大都市に近いこともあり、日中夜関係なく人の出入りがあり活気に溢れる街であった。
また、グリフォン伯邸のお膝元にある街でもある為、キャロルティナもお忍びでよく遊びに来ているから勝手の知っている街だと言うのだが、十郎太は気が気ではなかった。
なんだか落ち着かない様子の十郎太のことを見上げてキャロルティナは問いかけた。
「なにをそんなピリピリしているのだ?」
「こんな大きな街へのこのことやって来て追っ手が居たらどうするんだ?」
「心配するな、こんだけ人が居るのだ。そう簡単に見つかりっこない」
「まあ人が多い方が紛れやすいのは確かだな。俺もよく京都の街を日中からぶらぶらしていても捕まらなかったものだ」
京都の事など知る由もないキャロルティナが不思議そうにしているのを見て、十郎太はある違和感に気が付く。
実を言うと先刻からずっと気にはなっていたが、多くの視線がキャロルティナに向かって注がれている様な気配を感じるのだ。もしかして、正体がバレているのではないかと思い十郎太はキャロルティナに耳打ちした。
「おいキャロルティナ。鎧甲冑を脱いで町娘のような恰好になってはいるが、バレているんじゃないのか?」
するとキャロルティナは呆れ顔で十郎太に言った。
「何を言っているのだ。目立っているのはジューロータ、おまえの方だろう」
そう言われて十郎太はようやく気が付く。道行く人々の視線はキャロルティナではなく自分に向けられている物だと言う事に。
無理もなかった。十郎太の恰好と言えば、真っ黒な着流しに草履姿。髪の伸びきった頭は、鬱陶しいという理由でキャロルティナに紐で頭の後ろに結わえられていた。更には腰に日本刀を提げているのである。
そんな風体の者は誰一人として通りには居らず、十郎太はどこからどう見ても不審な輩そのもの。一緒に歩いていると恥ずかしいから少し離れろとキャロルティナが早足で行くのを、十郎太は解せぬと言った表情でついて行くのであった。
商会から四半刻もいかない位の距離を歩くと、二階建ての四角い石造りの建物が見えた。
石灰岩で出来たような白い西洋造りの建物を見て十郎太は、そう言えば長崎の方にこんな建物があると聞いたことがあるのを思い出していた。
「ジューロータ、おまえはここで待っていろ」
「なんだ。中にはついてかなくていいのか?」
「おまえみたいな浮浪者の様な恰好の者は門番に通してもらえないからな」
閉口する十郎太には目もくれずキャロルティナが入口の階段を上がろうとした所で、前からやってきた若い男が驚いた様子で声を上げた。
「え? キャ、キャロルティナ様っ!?」
その声にキャロルティナも驚いた顔をするのだが、すぐに安堵すると表情を綻ばせて男の元へと駆け寄った。
「ゴードン。よかった。今ちょうどあなたを呼んで貰おうと思っていたところなのよ」
なのよ? キャロルティナの口調に十郎太は絶句する。
出会ってからずっと男言葉のような口調で偉そうにしていた小娘が、急にしおらしく乙女の様になり、なんだか恥じらいの表情まで見せているではないか。
「キャロルティナ様。な、ななな、なぜ?」
「なぜ、とは? なにかあったのですかゴードン?」
「い、いや。その……。な、なぜその様な恰好でこんな夜分に?」
「ゴードン。実は困った事になってしまって、あなたを頼ってここまでやってきたのです。どうかお力を貸してはくださいませんか?」
なにやら酷く焦った様子のゴードンという男を見上げる十郎太は、その男が少し自分の方へ視線を向けるとすぐに離した様に感じるのであった。
そしてなにより、キャロルティナのことが気持ち悪いのであった。
続く。
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