其の十三 闇の底に潜む狂気
咽返るような熱気と男達の歓声の中心には、直径約10メートル強の円形の闘技場があった。観客はおよそ500人程度、闘技場を囲うように階段状の席が設けられていた。
闘技場の端には鉄仮面を付けた上半身裸の男が空手で立っていた。
緊張し強張った身体、首筋からは大量の汗が流れ落ちる。呼吸は荒く、視点は何処をみているのかわからなかった。
闘技場の袖にある舞台上に甲冑を纏った兵士が二名出て来ると闘技場内は静まり返る。直後、始まりを告げる銅鑼の音が鳴り響くと歓声は一際大きくなった。
これから繰り広げられるであろう、血沸き肉躍る惨劇を期待したギャラリー達は様々な歓声をあげた。
仮面を付けた男は開始の合図と同時に中央にある武器棚に一目散に駆け出す。そこには各種様々な武器が置いてあった。
剣、戦斧、槍、弓矢。これから出て来るであろう対戦相手を確実に葬る事の出来る武器を男は探す。そして戦斧を選択するとそれを両手で持ち上げ肩へと抱えた。その瞬間、歓声は更に大きくなる。男が振り返ると目の前には自分と同じくらいの身の丈の
殺せっ! 殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!
観客席から大合唱が巻き起こる。
気の狂いそうな好奇の視線と悪意の塊が降り注ぐ中、男は奇声を上げながら甲虫種に向かって走り出すと戦斧を振り下ろした。男は堅い甲虫種の外骨格に弾かれ戦斧を落としてしまった。
「や、やめろ、死にたくない。死にたくないぃぃぃぃいいいいっ! ぎゃああああああああああああああっ!」
甲虫種は男に飛び掛かると生きたままに肉を貪り始める。悲鳴を上げる男は逃げようとするのだが、左足を喰いちぎられると失禁して気を失った。
観客達はその程度では満足していなかった。この先起こる地獄を期待して、歓声は小さくなりざわめきへと変わる。
今相手にしていた甲虫種は雄であった。闘技場に雌が入れられると観客は再び歓声をあげる。まだ息のある男に雌が近寄って行くと褌を剥ぎ取り尻の穴から卵を産み付ける。そしてそこに雄の方が受精の為に陰茎を捻じ込んだところで男が再び意識を取り戻した。
「ぐぅ、ふぅふぅ、や、やめろぉ、やめ、やめ、あぁぁぁああああああああああああっ!」
男が断末魔の悲鳴を上げると、観客のボルテージは頂点へと高まった。
男の腹が裂けるとそこから飛び出してくる無数の蛆。
闘技場には大量の血の雨と万雷の拍手が降り注ぐのであった。
*****
「いいか、絶対に見るなよ。見たら許さんからなっ!」
キャロルティナは不機嫌そうに言うと荷馬車の隅で着替えを始める。その背中を見つめながら十郎太は、さっきまで裸同然の姿でいた癖になにを恥ずかしがっているのかと溜息を吐いた。
あの後、大型スティマータを倒してから2時間ほど。
結局は元来た道を戻り街道へと出た十郎太とキャロルティナは、途中通りかかった商人の馬車に乗せて貰えたのは幸運であった。
キャロルティナの行方を追っているであろうレオンハルトの私兵の検問や追跡もなかったのも幸運であった。
「いやぁしかし、こんな所で馬車を拾うことが出来たのは幸運だった。感謝するぜおっさん」
「いいぇ……」
夜道の為によく見えなかったとはいえ、なぜ馬車を止めてしまったのかと今更後悔しても遅いとおっさんは諦めていた。
今日は良い品が入手できたと、ウキウキ気分で帰りの馬車を走らせていた。
このグリフォン領は領主の治政が良く治安が良いということもあって、こんな夜に用心棒も雇わずに一人で商品を荷馬車に積んで帰っていたのだ。
すぐ隣町で行われていた商品市。商談が弾んでしまいこんな時間になってしまったのだが、これから用心棒を探すのも手間だし、なにより折角予算よりもかなり安く仕入れを出来たのに勿体ないと金をケチったのが良くなかった。
馬車を飛び下り駆け寄ると傷だらけでボロボロの男と半裸の少女。
これは何かよくないことに巻き込まれてしまうとすぐに直感したおっさんは、「お気をつけてぇ」と小声で言って馬車に戻ろうとしたのだが十郎太に襟首を掴まれる。その後はお察しの通り、色々と平和的な話し合いが行われて、次の街までなら送ってやるということで話が纏まったのであった。
「あれ、売り物なんですけどねぇ」
「あ? わかってるよ。俺達は別に追い剥ぎや野盗ってんじゃねえよ。街に着いたら謝礼の金は払うとあの娘も言っているんだから心配するな」
「人の顔にこんな青痰作っといてよく言いますね」
「それは悪かったって、火急の事態だったんだ。あんましつこいとまたぶん殴るぞ」
十郎太の横暴な台詞におっさんは大きく嘆息すると、八つ当たり気味に馬に鞭を入れるのであった。
「それにしても旦那。あまり詮索はしたくはないんですが、なんでこんな夜にあんな恰好であんな場所をうろついていたんですか?」
「まあ色々とあってな、森の奥でデカい蟲に襲われて命からがら逃げ延びて来たんだよ」
「ええっ!? この辺りにもスティマータが出たんですかい? いやあ、それにしてもよく無事に逃げられましたね」
感心するおっさんに適当に返事をすると十郎太は空を見上げた。
そこには丸い月が煌々と輝き、暗い天井にそこだけ大きな穴が開いているような不気味な雰囲気を漂わせているのであった。
続く。
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