其の十一 人機一体

「僕は、おまえのことを信用していない」


 桂がまた唐突におかしなことを言い始めたので、十郎太はそれを無視して膳にある煮物に箸を伸ばした。

 どうせまたからかおうとしているのだろう、無視し続ければその内飽きて話題を変えると思ったのだが、尚も桂は十郎太に食い下がって来た。


「気を悪くしたか? まあ当然だ。僕が取り立てて、仕事をさせているというのに。いやいや、もちろんおまえの腕は信頼しているんだぞ不破?」

「ふざけているのか?」


 苛立ち、きゅうりの漬物に箸を立てると桂は眉を顰める。


「行儀が悪いぞ、食べ物を粗末にするものじゃない。僕はね不破、僕自身も信用に足る人間ではないということを言いたかったんだ」


 突然の桂の告白に十郎太は箸を止めようやくまともに聞く耳を持つ。それを見て桂は神妙な面持ちになると続けた。


「僕と言う人間は主君を裏切り、江戸幕府という体制を壊そうとしている謀反人だ。それも全て攘夷と言う大儀の為、その大儀の為であればどんな大小事も切り捨てる覚悟が僕にはある。それは不破、おまえとて例外ではない」

「つまり、俺が邪魔であると判断すれば切り捨てると」

「そういうことだ、酷いと思うかい?」


 桂の問い掛けに十郎太は答えることができなかった。そんなことは考えたこともなかったからだ。己はただ不逞浪人として行き場もなく彷徨っていたのを、桂に拾われてやるべきことを与えられたに過ぎない人斬りであったからだ。


 桂は十郎太の返事は待たずに、寂しそうに笑うと言った。


「だからな不破。おまえも僕のことを信用してはならない。己の大儀を、人の大儀に委ねるような真似だけはしてくれるなよ」






 なぜそんなことを今という状況の最中、思い出したのか見当もつかなかった。

 十郎太は己の前に跪いた聖機兵の身体を駆け上がると後頭部、ちょうど首の付け根部分が上下に開いた所へと飛び込んだ。


「ジューロータっ! 其処許は、機兵の操縦方法を知っているのかっ!」

「知らんっ! だが、やってみるっ!」


 なにやらコクピットハッチの外からキャロルティナの叫び声が聞こえるのだが、適当に返事をするとハッチが閉じる。十郎太は手の平に唾を吐き揉むと、まずはどこから手をつけようかと悩んだ。


「さてさて、鬼と出るか、蛇とでるか。これはどうすればいいんだ?」


 勢いで飛び乗ったはいいがまるでどうしていいのかわからなかった。

 目の前にあるのは、なにやら複雑な機械類。様々な目盛や取っ手があるのだが、どれをどう弄ればよいのか当然十郎太にはわからなかった。


「ええい、そもそも窓も付いていないのにどうやって外を見るんだ? これはなんだ? ぎやまんでできているのか?」


 ガラスの蓋の付いた計器をコンコンと叩きながら座席にもたれかかると、十郎太は首筋にチクリとなにかが刺さるのを感じた。驚いて振り向くとなにか紐のような、いやもっと太い綱の様なものが伸びている。その瞬間、ぐらりと視界が歪んだような感覚、そして激しく気分が悪くなり十郎太は嘔吐した。


「ガッ、ハッ、な、なんだこれは? 酷い船酔いにでもなったような気分だぜ」


 平衡感覚を失いふらふらになりながら咄嗟に何かを握るのだが、その瞬間両手首、脇腹、そして両足首に激痛が走った。

 痛みに声を上げ固く閉じた目を開くと、十郎太は不思議な感覚に声をあげる。


「な、なんだこれは?」


 目の前には森が広がっていた。そして足元にキャロルティナ、まるで小人のようになったキャロルティナの姿があった。

 まさかと思い顔を上げると、大型スティマータが己と同じくらいの身の丈になり迫ってきていた。


「あいつを乗せなくてよかったな」


 酷い気分だった。今も続く吐き気と体中の痛み。おまけに巨人と感覚を共有しているかのようなこの違和感。常人であれば気が狂っていたかもしれない。しかし十郎太は次第にこの感覚に慣れてきていることを感じていた。


 人馬一体と言う言葉がある。馬と騎手がまるで一つになったかのような澱みのない動きのことを言うのだが、これでは本当に一つになったようではないか。

 十郎太は気を引き締めると、からくりの巨人を操り大型スティマータを迎え撃つことだけに集中するのだった。



 キャロルティナは気が気ではなかった。

 聖機兵のことをなにも知らない十郎太が勝手にエッケザックス……に、似た黒い聖機兵に乗り込み操縦しようとしているのだ。

 実を言うとキャロルティナもエッケザックスの動くところを見たことはなかった。

 スティマータとの戦いが終わり、帝国全土に恒久の平和が訪れ機兵を使うような大きな戦がなくなってから200年近くも経っていたからだ。

 エッケザックスを呼び出したところで動かすことができなければ意味はないのだが、勇者の血を引く自分なら或いはと思っていたところ、十郎太に先を越されてしまった為に焦っていた。


 暫く動かなかったエッケザックスもとい、黒い聖機兵はふらふらと立ち上がるとおぼつかない足取りで前へ歩き出した。


「やっぱり駄目だ。そんな動きではとても。ジューロータっ! 聞こえているか? 私と代われっ! 七聖剣の血を引く私であればおまえよりもまともに」


 そう叫んだ瞬間、轟音を立てて大型スティマータがエッケザックスに飛びついた。

 

 遅かったかとキャロルティナが思った刹那。


 エッケザックスの腰から剣の柄が飛び出す。それを掴み取ると黒い刀身が飛び出し、スティマータの胴体を二つに切り裂くのであった。



 続く。

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