其の六 復讐の炎に身を焦がすということ

 ハイネベルグ歴345年。


 今より346年前、ミルガルド帝国エルデナーク領における辺境の地に赴き、甲虫種スティマータと呼ばれる魔物の溢れる穴に封印の壁の術を施した7人の勇者たちが居た。


 皇帝の命により集められた勇者達は、各々の国の技術の粋を集めた最強の聖機兵を駆り、スティマータの跋扈する地で命を懸けてその使命を成し遂げるのであった。

 スティマータの溢れだす穴は閉じられ、大陸に平和が訪れると英雄として称えられた勇者達は皇帝陛下より爵位と領地を授かり、七聖剣しちせいけんと呼ばれるようになったのである。


「そして、その七聖剣の内の七の剣が、我がグリフォン家が代々継いでいるこのエッケザックスだ」


 鞘に戻した細身の剣を突き出して見せるキャロルティナの言う事は、もはや右から左に流れていた。


「それはおまえの考えた御伽草子かなにかか? 滝沢何某とかいう物書きの書いた八人の忍術使いの話みたいだな。売れっ子絵師にでも描かせればそこそこに売れるかもしれんぞ」


 笑いながら言う十郎太の事をキャロルティナが睨み返すと、十郎太は怖い怖いといった風な仕草をするので益々彼女は苛々する。


「ジューロータと言ったな。其処許はどうしてそう、人のことを馬鹿にしたような話し方しかできないのだ」

「そういう性分なんだよ」

「そもそも、其処許の語った内容の方が馬鹿馬鹿しくて聞いていられなかったぞ。トヨトミが天下を取り戦国の時代が終わったのだが、トヨトミが次第に勢力を弱め、台頭してきたトクガワが東軍となり、トヨトミ側の勢力のイシュタ?」

「石田だよ。石田三成」

「そのイシダミチュナリの西軍をセキガハラで破って天下を取った? その際に何人もの将軍が君主を裏切っただと? そんな馬鹿な国家があるか」

「そんな馬鹿な国家があったんだよ実際」


 話がまったく噛みあわないので十郎太は苛々し始める。いくら西洋渡来の伴天連だったとしても、日の本に住みながら徳川幕府を知らないなんてわけがないだろう。

 それでもたった一つ、キャロルティナの語ったことで一つだけ嘘ではないだろうと、そう思える内容のものがあった。


 彼女の父親が七聖剣の一人。一の剣グラムのレオンハルト・グレン・エルデナークによって謀殺されたという話だ。己の父の死を出汁に嘘を吐くなど、その仇を口にした彼女がそんな作り話をするとは到底思えなかった。

 とりあえず今はこの娘に話しを合わせて、自分が今どういう状況に置かれているのかを聞き出そうと十郎太は考えた。


「きやろるてぃなと言ったな。おまえはその仇の男を探し出してどうしようと?」

「知れたこと。お父様にしたことと同じ仕打ちを奴にしてやる。なにより、まずは帝国に弓引いたことを一刻も早く皇帝陛下にお報せしなければならない」


 鼻息を荒げて息巻くキャロルティナであったが、そこのところがどうにも合点がいかない十郎太は質問を続ける。


「なぜそいつが謀反を起こしたと言い切れるんだ?」

「想像力がないのか其処許は。レオンハルトは辺境伯だぞ。つまりはスティマータの封印されし地を治める領主だ。ここ一ヶ月の間、巷には再びスティマータが出没するようになった。その原因を調べていた父上が謎の死を遂げたのだ。その時、一緒に居たのがレオンハルト、これはもう奴が黒であると疑う余地はないだろう」


 なるほどと十郎太は手を顎にあて考え込む。つまりは、レオンハルトは魑魅魍魎共の現れる穴の封印を解き国が混乱する状況の中、兵を率いて君主を討とうとしているのか。

 要するにこれは下剋上である。国盗りをしようとしているって寸法じゃないかと十郎太は思うのであった。

 そんな大きな国家を相手にするほどの力がその男にはあるのか、はたまた単なる阿呆なのか。しかし、いつしか十郎太はレオンハルトと言う男に興味を持ち始めていた。

 これはまるで、徳川将軍家を討とうしている尊王攘夷の志士達と同じではないのか? レオンハルトがスティマータを世に放ったというのなら、国盗りの後それを治める自信があるのだろう。それすらもままならない弱体国家を粛清しようと立ち上がったのではないかと、勝手な想像を膨らます。そこまで出来過ぎた話ではないかもしれないが、作り話にしてはおもしろいと感心しキャロルティナの方を見た時、十郎太は考えを改める。


 話し終えたキャロルティナの表情に浮かぶ、怒りと復讐心に燃える炎。それを悟った十郎太は初めて気が付く。いや、これまでも本当はわかっていたが、気付かない振りをしていただけなのかもしれない。己の暗殺の影にもこのような憎しみがいくつも生み出されていたことに。

 己の殺してきた男達にも、妻や子が居た者もあっただろう。夫を、親を殺された妻や子達がその後どうなったのか。こんな年端もいかない小娘が復讐心にその身を焦がし、復讐を成さんと人生を懸けるとしたら、それがどんなに不幸なことであろうかわからない己ではなかった。


 これは、幼き頃の咎で親に疎まれ脱藩という道を選ばざるを得なかった自分、その意趣返しにこんな世の中を作り上げた徳川に復讐をしようと考えた己と、まったく同じではないかと思うのであった。



 続く。

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