決勝戦

 長い影を差すようになったのは、太陽が西に傾いたからだ。その光に向かい3人の少女達が位置につくと、名乗りとともにうつ伏せとなり、号砲を待つばかりとなった。その時、少し強くなった風が、白い砂をさらさらと転がした。誰かが言った。

「『angel sigh』だ」

『angel sigh』というのは、この島で夕方に吹く西風のことである。直訳すれば、天使の溜息ということになるが、瞬間風速が40メートルに達することもある、危険な自然現象である。運営は協議の結果、影響は軽微だとして、目に砂が入らないように、うつ伏せとなった少女達の身体の頭上に衝立を置き、競技の続行を決めた。

 仕切り直しとなったスタートが無難に過ぎれば、あとは予想通りの展開となる。脚力に勝るゆとりが右から並びかけようとすると、さよりが身体を入れてそれを阻止。今度は左に展開したゆとりが再び並びかける。さよりは、それも阻止する。まるで後ろに目がついているかのようだが、見ていたのは足元に差す影だ。ゆとりはそれに気付くと、もう1度右に展開し、前傾姿勢をとり、影を極限まで短くし、機を伺った。

 あと3メートル。さよりは勝利を確信する。右にも左にもゆとりの影はない。だが、その瞬間、ゆとりは身体を大きく縦に伸ばす。急に影が伸びてきたのを見たさよりは動揺し、半歩身体を左にずらす。

 あと2メートル。隙をついたゆとりがさよりと肩を並べる。さよりの右肩とゆとりの左肩がぶつかり合う。

 あと1メートル。互いに身体を預け合い、1本の旗を目掛けて2人の身体が宙を舞う。先に腕を伸ばしたのはゆとりだったが、直ぐにさよりのリーチのある腕がそれと重なる。危険な態勢となるが、互いに一歩も引かない。

 あと16センチ。さよりとゆとりの後方から風と共に砂が飛んでくると、その勢いで旗がほんの数センチ奥に傾く。低く飛んだゆとりの指先の上にリーチのあるさよりの指先が伸びる。2人は着地すると、危険を回避するために瞬時に身体をひねり、それぞれが反対側に転がる。2人の目算が狂っていた訳ではない。むしろ正確に飛び込んでいた2人だからこそ、その指先は旗を掴み損ねてしまう。

 転がる2人の間を悠々と通って、奈江が旗を手する。こうして、『under the roof』の、記念すべきファーストシングルのセンターは、天使の奈江こと、藤田奈江に決まったのである。

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第1回 センター争奪 ビーチフラッグ大会 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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