第29話 夏の記憶

山から伸びる入道雲が

夏の終わりを告げて

少しずつ変わる蝉の声が

時の流れを感じさせる

ひとりこの地に立つ僕は

何かを忘れているような

そんな心許ない感覚に

ずっと苛まれていて

世界の果てに取り残された

悪夢を見た日の朝のように

動くことない大きな木の

幹にこの手を這わせるんだ


空を切り裂く稲妻が

不安げな目に突き刺さり

広がる青は重い灰色に

あっという間に覆われて

耳をつんざく轟音と

痛みを伴う激しさをもって

大切な思いもツラい記憶も

すべてを洗い流していく

ねえ、この夕立の中にいて

僕自身を溶かしてみてもいいのかな

過ぎゆく季節に置き去りにされた

どうしようもない迷子みたいに


やがて割れた雲の中から

覗く青と水色のグラデーション

びしょ濡れの服のまま僕は

立ち上る霧を見て笑い

この体を纏っていた不安やひずみが

すっかりなくなっているのを知る

伸びていく飛行機雲に

不毛なほどの希望を重ねつつ

来たるべき秋に向け

柔らかな思いがあふれ出す

刻まれた夏の記憶を

奥深くに抱きしめながら

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