第135話 ユリウスの火砲隊
女王アルネラの兄・ユリウスは、特異な性格によって家臣から支持されず王位継承争いから脱落した。「特異な性格」とは、兵器の研究をのぞくほとんどのことに対して無関心なことである。
ジルは、ユリウスがアルネラを支持する代りとして、生涯王族として待遇すること、「火砲」の研究に専念する環境、そして火砲隊の隊長として従軍する権利を与えた。
実際に王に即位したとすれば、ユリウス本人にとっても不幸なことであっただろう。
これは双方にとってメリットのある取引だった……はずであったが、一部の軍人は実戦経験のないユリウスが隊長の地位につくことや、「火砲」なる新兵器が本当に使い物になるのか疑問に感じていた。
「王兄殿下、フリギアの城壁はやはり固く、攻略に手間取っています。いまこそ殿下の『火砲隊』の実力を御見せいただきたいのですが」
アルネラもユリウスに対する敬意は持っていたが、軍人としての才や「火砲」については内心懐疑的であった。
だが戦が始まる前に、ジルからユリウスを有効活用するよう念入りに言い含められていたことから、他の者よりはまだ信じる気になっていた。
「了解した。そろそろ我が隊の出番だと思っていたところだ」
ユリウスは自信ありげに舌なめずりした。アムネシアからすれば、王族などというものは戦場に出れば役に立たないものである。だが、ユリウスは意外なことに度胸だけは座っているように見えた。
(まあ、右往左往されるよりマシか)
アルネラは心の中でなかなかに不敬なことを考えていた。
「殿下、では我が隊を射程距離まで前に出しますぞ。殿下もご用意くだされ」
お目付け役のアルトワ候が進言する。アルトワ侯は今年で72歳、一般的に言えばとても実戦に出る歳ではなかった。ユリウスやアルトワ侯に緊張感がないこともあって、
やれやれ使い物になるやら良い見物だ、半ば馬鹿にするような全軍の視線をアルネラは感じていた。だがユリウスは全く意に介していなかった。そもそも他者の悪意に鈍感過ぎる性質なのだ。
フリギアの城門から約500m離れた距離に、5門の火砲が並べられた。ユリウスの隊以外の者は、火砲なるものを見たことはなかった。それゆえ、その時点で火砲が一体どのようなものか想像できる者はいなかったのだ。
「射撃よぉーい、弾を込めろ!」
ユリウスが張り切った様子で火砲に弾を装填するよう命じた。弾はきれいに丸く鋳造された鉄製のものである。それを二人で支えながら火砲の砲身へと込める。
「右から四番目の城壁塔の下に照準を合わせろ!」
火砲の砲手たちが狙いを定める。弾は放物線を描いて飛ぶため、城壁塔のやや上に狙いをつける。
約5分後、砲手たちはユリウスへ準備が出来たことを知らせる。
ユリウスは一つ頷き、標的を睨みつけた。これが実戦で初めての射撃であり、火砲は人生のかなりの部分をさいて開発した兵器である。気が高ぶらずにはいられなかった。
「撃てぇえええい!」
ユリウスは腕を大きく振り下ろし、火砲は一斉に火を吹いた。
ドゴォオオオオオ!!
耳をつんざくような轟音が、辺りに鳴り響いた。間近で聞いていたシュバルツバルトの兵の中には、文字通り腰を抜かす者もあった。アムネシアでさえ、表情にこそ出さなかったが、驚きで呆然としていた。
5門の火砲のうち、標的に命中したものは3門、その破壊力は投石器以上のものがあった。射程こそ若干伸びただけだが、鉄製の砲弾を使っているだけに、対象に当たった時の破壊力が増しているのだ。
命中したところは城壁に大きく穴が開いていた。
「撃てぇえええい!」
しばらくの後、さらにユリウスは第二射の号令をかけた。
ドゴォオオオオオ!!
再び強烈な音が辺りに響き渡る。2つの砲弾が前回の箇所と同じ場所に当たり、城壁は大きく崩れかけていた。
「こいつは凄いな……」
アムネシアは火砲の威力に強く感心していた。火砲は威力そのものも高いが、それ以上に心理的効果が強い。
火砲の轟音は、味方に対しては士気を鼓舞し、敵からすれば恐るべき攻撃の象徴であった。火砲が発射されるたび、帝国軍の兵士は生きた心地がしなかった。
指揮台から見ていて、火砲の攻撃によって明らかに敵が浮き足立っているのが分かる。
「よし! 火砲隊はそのまま攻撃を続けろ! ある程度壁が崩れたところで、バレス達を突入させろ。城内に入れば我らの勝ちだ」
アムネシアは部下たちに指示を下した。
(もっともそう上手くはいかないだろうがな。敵にはあの悪魔がいるのだから)
アムネシアはそう考えたが、口には出さなかった。ここまでの作戦は、敵の悪魔をおびき寄せるための策である。
火砲の攻撃に耐え難くなった敵は、シュバルツバルト軍を蹴散らすため、必ずや再びあの悪魔を召喚するだろう。その時がジルと聖女の出番であった。
****
「なんだあれは!?」
監視塔から敵の攻撃を眺めていたザービアックは、思わず声をあげた。巨大な音とともに城壁がみるみるうちに崩されていく。
知者である彼でさえ見たことのない兵器であった。
そのザービアックが問うたところで、部下に答えられる者などいるはずもなかった。
「いま少しで敵が城内に侵入する可能性があります。そうなれば我らの方が数が少ないゆえ、不利になるでしょう」
部下の冷静な現状報告にザービアックは苛立ちを感じ、怒声を浴びせるのを我慢しなければならなかった。それだけ追い込まれているということだろう。
「仕方あるまい、ガスパールの召喚の準備に入るぞ。まずは敵を退けなければなるまい」
ザービアックは無念さを滲ませながらそう命じた。ガスパールは連続して召喚できるようなものではない。一度召喚してしまえば、再び使うまでにかなりの時間をおかなければならない。
本来彼は、この悪魔をシュバルツバルト領への進攻のためにこそ使いたかったのだ。
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