第71話 アムネシアとの出会い
アムネシア付きの上級魔術師に任じられたジルは、第二方面軍が駐屯する東部国境の都市ギールへとやって来た。ギールはこの周辺では最も大きな都市で、古くからバルダニアとの国境を防衛する都市として栄えてきた。正門の前まで来たジルは、ギールの城壁がロゴスよりも更に高く、頑丈であることを知った。
(さすがはギール、要塞都市と言われるだけはある)
ジルは自分の見聞がまた広がったことに喜びを覚えていた。
「何者だ!? 街の住人なら通行証を見せろ!」
城壁を見ていたジルを怪しんだのだろう、衛兵が居丈高に命令してきた。常に戦いの前線となっているため、殺気立っているのだろう。
「私は、アムネシア様付きの上級魔術師に任命されたジルフォニア=アンブローズだ。ただいま命に従い到着した。アムネシア様か、お側の方にお知らせいただきたい」
ジルは形式を守って衛兵に自分の身分、来訪の目的を伝えたはずであった。だが――
「なに? お前のような小僧が上級魔術師だと? 嘘をつけ! 怪しい奴め」
衛兵が見るところ、ジルはどう見ても15、16歳である。そんな歳で上級魔術師など聞いたことがない。大魔導師や魔導師には縁がない彼ら衛兵たちも、上級魔術師には接することもある。その経験から言えば、上級魔術師はほとんどが30歳以上、若くても20代後半のはずだ。
ジルをスパイだと怪しんだ衛兵たちは、装備したハルバードをジルに突きつけた。普通衛兵がもつ武器は槍であるが、勇猛なことで知られるアムネシア軍のこと、衛兵も随分物騒な武器を持っているものである。
「嘘ではない! 私は本当にシュバルツバルトの上級魔術師だ」
ジルは思わぬ展開にいささか慌てていた。世間の常識にやや
「ここに上級魔術師を示す印がある。しっかり見てくれ!」
ジルは胸のポケットからシュバルツバルトの上級魔術師の証であるバッジを取り出し、衛兵たちに見せた。宮廷魔術師が身に付けるバッジは丸い形をしており、ルーンでシュバルツバルトの名が刻まれている。ジルの上級魔術師の刻印は赤色である。ちなみに最も下の「魔術師」は黒、「上級魔術師」が赤、「魔導師」が青、そして「大魔導師」が金と決められている。
「た、確かに……。大変失礼しましたっ!!」
刻印を改めた衛兵は非常に驚き、うろたえていた。平謝りになった衛兵を見て、ジルの方が申し訳なく思ってしまう。それも無理は無い。上級魔術師ともなれば、アムネシアの軍でも5本の指に入るような高い身分である。本来、衛兵が気安く話しかけられるような軽い身分ではないのだ。
「いや、こちらも申し訳なかった。このバッチは常に胸につけておくべきだった。まだ宮廷魔術師としての作法に慣れていなくてね、許して欲しい」
大事にならないか心配していた衛兵たちは、ジルの言葉を聞いてほっと胸をなでおろした。
「それでは司令官のアムネシア様に取り次いでくれるかな?」
「はっ、ただいま」
衛兵の一人が急いで、街の中へ走っていく。
衛兵が戻ってきたのは、それから5分後のことであった。大分急いだのであろう、衛兵は激しく息を切らせていた。
「確認して参りました。ただちにお通しせよ、とのことであります。この道をまっすぐ行ったところの左側にある、背の高い建物がアムネシア様の執務室があるところです。どうかお通りください」
「ありがとう」
ジルは衛兵に笑顔を向けて安心させると、門から続く比較的大きな通りをまっすぐ歩いて行った。
フリギアでの生活に慣れていたジルからするば、ギールの通りは寂しいものだった。だがそれも仕方のないことだろう。フリギアは、交易都市として大陸でも有数の経済都市である。大陸中の至る所から、物や人が集まる。これに対し、ギールは門の通過が厳しく詮議されたように、防衛に重きを置いている。それゆえ、経済的に寂れて見えるのも仕方がないところなのだ。
それでも通りを歩く者は決して少なくはなかった。ただやはり、軍が駐留していることから、軍人の男が多いのは当然のことであろう。
ジルは周囲と比べて
部屋の前に来たジルは、扉をノックする。
「入りたまえ」
中から若い女性の声がした。
扉を空けると、部屋の奥に大きな机があり、椅子に座った女性と、その側に立つ男性がいた。
「ジルフォニア=アンブローズね。もっとこちらへ来なさい」
ジルは言われるまま、女性のすぐ前までやってきた。やはりこの
戦時ではないゆえ、アムネシアは装飾性の強い赤い平服を来ていた。アムネシアといえば真紅の鎧が有名なのだが、普段から赤い物を着ているのだろう。見事な金髪に赤が映え、アムネシアの美貌を一層引き立てていた。
「どうした? 私の顔をじっとみて」
アムネシアが余裕の表情で、ジルにたずねる。我に返ったジルがそれに答える。
「失礼しました……。先の御前会議でお見かけしたことを思い出しまして」
「そうか。そうだな、私もあの時君を目にしたことを覚えているよ。あの時君はゼノビアに連れられていたな。彼女とは親しいのか?」
アムネシアはゼノビアからジルのことを聞いているが、とぼけてジルに聞いているのだ。
「はい、ゼノビアさん、いえゼノビア様とは王女誘拐事件の時から何かとお世話になっています。色々と目をかけていただいて感謝しています」
「ははは。私はゼノビアとは古くからの友人でな、親しい間柄なのだよ。私の前で『様』などと気を使わなくて良い」
アムネシアの言葉に、ジルもやや気をゆるめた。
「それで目をかけるというのは、仕事だけのことか?」
「は? 他になにかあるのでしょうか?」
「いや、ほら、プライベートでも何かしてもらったりしたのか?」
アムネシアは笑みを浮かべ、ジルを誘導尋問しようとする。
「はい。一度王都を案内していただきました」
「ほう、それで? 何をしたんだ?」
「はぁ。街の通りを一緒に歩いたり、タルトの店に行ったり、服を買っていただいたりしました」
アムネシアの質問の意図が分からないジルは、正直に答えた。別にとりたてて害のあることでもないだろう、と。
「ほう!? 服をな。それは良かったな。それで……」
「うぉっほん!」
アムネシアが更に情報を聞き出そうとしたところ、隣の男性が咳払いをして彼女に警告した。
「司令官、今はジルフォニア君の着任の挨拶をしているところですよ。個人的なことはお控え下さい」
男性はそんなアムネシアに慣れているようだった。
「分かってるよ、バレス。まったく、貴様も無粋なやつだ……。ジル、この男は私の副官を務めるバレスだ。頭は固いが戦には役立つ男だ」
「司令官……」
バレスは何か言いたげだったが、首を一つ振り諦めたようだった。
「ジルフォニア=アンブローズ君だね。私は第二方面軍の副官バレスだ。現在我が軍には上級魔術師が不在でね、私が司令官の身の回りの世話や事務をやっているのだ。本当は私の仕事じゃないはずなんだがね……」
「バレス!! 私が目をかけてやっているのに、何か不満でもあるのか?」
「いえ! 司令官。待遇には大変満足しております」
バレスがアムネシアに敬礼をする。そんなバレスを見て、アムネシアは溜息をついた。
「まったく……。ジル、見ての通り今我が軍には融通の利かない奴しかいなくてな、私の話相手が出来る人間が居ないのだよ。君がそうなってくれれば言うことないのだが」
「司令官、前の」
ジルはバレスの真似をして、アムネシアを司令官と呼びかけようとした。
「司令官はやめろ。私のことはアムネシアと呼びなさい」
「しかし」
ジルはバレスの方を見る。
「バレスにもそう言ったのだ。だがこいつは呼び方を変えようとせんのだ」
「はあ。ではアムネシア様、それで前の上級魔術師の方はどうされたのですか?」
アムネシアはバレスの方を見て、顎をしゃくって説明しろと促す。
「君の前の上級魔術師殿は何かと応用のきかない御仁でね。司令官と上手くいかなかったのだよ。それで胃に穴でも開いたか、任務に出てこなくなってね、王都に返ってしまったのだ」
「まったく、王都もろくな奴を送ってこないわ」
溜息混じりのアムネシアの言葉を聞き、ジルが自分も上手くやっているか心配になったのは無理も無いことである。
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