第49話 暗殺未遂事件

 アリア祭はロゴスの住人だけでなく、王国中から人が集まってくる。中には帝国やバルダニア、カラン同盟からも見物に来る者もいる。それだけ広く知れ渡った祝祭ということである。


 ジルはゼノビアとともに、アルネラと同じ神輿みこしの上に乗っている。アルネラは、神輿の上ではりつけになったアリアに扮し、王都中を引き回されることになっている。神輿の高さから周囲を見渡すと、アリア祭の人出がいかに多いかということが分かる。


 アルネラにもしものことがあった場合に備え、ジルは彼女にプロテクション・アーマー(防御力強化)やマジックシールド(魔力障壁)をあらかじめかけている。万一の場合、武器や魔法での攻撃を和らげ、致命傷をさけられるかもしれない。持続時間は30分程度なので、途中なんどもかけ直すことになるだろう。


 ジルは事前にルーファスに言われたことを思い出していた。


「今回はアルネラさまが主役だから、大勢の人間がアルネラさまを見るだろう。だが何かをなそうとするものは、同時に常に周囲に気を配っているものだ。君が注意すべきは、アルネラさまよりもだ。もしアルネラさまに危険が及ぶようなら、祭りが中止になっても構わない。遠慮無く魔法を使ってくれ。それで多少の人間が巻き添えになったとしても、やむを得ないと考えてくれ」


 ジルはルーファスに言われた通り、大勢の人間の中から周囲に目を向けている者に目を光らせた。とはいえ、言うは易しというもので、実際このように大勢の人間がいれば、多少怪しい程度の人間は掃いて捨てるほどいるものだ。その中から本当の危険人物を見つけ出すというのは、至難の業と言って良い。


 神輿が通る道の要所には、鎧に身を固めた騎士が目立つように配置されている。これは厳重に警備しているということを明示することで、事件が起こることを抑止する意味がある。またそれとは別に、私服で警戒にあたっている騎士や魔術師もいる。これらは事前に護衛計画を立てたルーファスの指示によるものである。


 事が起これば、基本的には彼らが未然に防いでくれるはずである。万が一ゼノビアやジルが体が張らねばならない状況になったとすれば、アルネラの命が風前の灯となっている可能性が高い。ジルもゼノビアも、そんなことになるとは思いたくないところであった。


「ジル、そう気を張るな。油断してもらっては困るが、ずっと緊張しているといざという時に疲れて対応できなくなるぞ」


 ジルはいささか張り詰めすぎていたようだ。それが見てすぐ分かるようでは確かにまずいだろう。


「ゼノビアさんはアリア祭では毎回護衛や警備につかれるんですか?」


「毎回というわけではないが、王都での行事だから警備につくことが多いぞ。今回のように王族がアリアとなることは異例だがな」


 ジルはアリアに扮したアルネラに視線を向けた。観客は遠目から見るだけなので、身動きしないことを守りさえすれば、実のところかなり自由に話したりできる。ジルはアルネラの退屈を紛らわせるため、彼女に問いかけた。


「姫、今回のことなぜお受けされたのですか? なにも姫がアリアとなることもないでしょう?」


 アルネラは頭を動かさないよう前を向いたまま、それに答える。


「アリアの時ほどではありませんが、今は王国にとって難しい時期なのです。アリアは戦場に出て王国に勝利をもたらしましたが、私にはそんなことは出来ません。せいぜい出来ることは、民と王国との架け橋になることくらいです。わたくしも王族として、義務を果たさねばならないのです」


 アルネラの答えにジルはある種の感動を覚えていた。民を民とも思わない王族や貴族が珍しく無い中で、アルネラの言はいささか理想に過ぎるようにも聞こえる。


 ――が、アルネラは裏表のない性格であり、今のは姫の本心なのだという確信がジルにはあった。健気にも真剣に「王族としての義務」を果たそうとしているのであれば、自然とそれを手伝ってあげたいと思う。これはアルネラの人徳というものだろう。ジルは自分を忠義に厚い人間だとは思わないが、アルネラに対しては忠誠に似た気持ちを抱きつつあった。


「アリア祭もあと1時間半ほどで終わりです。同じ態勢でいるのはお辛いでしょうが、頑張ってください。これが終わったら、お会いしていなかった時にあったことをお互い話しましょう」


 こちらを向くことはないが、アルネラは確かに口の端を持ち上げ微笑んだようであった。


、ですよ。私、明日は予定を空けておきますから」


 アルネラは、どうやら明日以降は暇をもらえるとのことであった。王城を抜け出すわけにはいかないから、内部探検でもするしかない。姫に王城を案内してもらうのも一興かもしれない。


 ジルがそんなことを考えていると、神輿はロゴスで最も賑わう通りに出た。以前ゼノビアに案内されたハイストリートである。ここは四本の道が交差する広場となっており、多くの店が立ち並ぶ構造になっている。祭りということで、今がかき入れ時と店の売り子が声を張り上げている。


 ジルはふと屋台の近くにたたずむ男に視線を向けた。男の姿には特に変わったところは無いが、一番の盛り上がりを見せるアルネラの神輿に全く注目していない。男の視線は常に歓声をあげる人々に向けられているのだ。この神輿から男まで約200m、その間には多くの観客がいて、男が近づいて何かするような心配はとりあえずないだろう。ジルは念のためセンスオーラを唱えたが、男から魔力は感じられなかった。


 神輿が進んでいくと、男は後方の死角へと入り見えなくなった。取り立てて騒ぎ立てるような者ではなかったのだろう、ジルは自分をそう納得させた。怪しい者を全て調べるようなことになれば、祭りは大混乱となるに違いない。


**


 神輿は予定したルートで、最後の通りを抜けようとしていた。出発した広場から約2時間、問題は何も起きなかった。やはりこのような大勢の人出があり、警戒もされている中で事件を起こすような者はいないのだろう。


 神輿が目的地へと着くと、ずっと同じ態勢をとっていたアルネラはようやく開放された。さすがに体の節々が痛んでいるようであった。


「姫、お疲れ様にございます。これで我々の任務も終わりです」


 ゼノビアがアルネラに笑いかけた。ゼノビアも護衛として終始緊張を強いられていたので、肩の荷が降りたのであろう。


 ジルは先に神輿を降り、アルネラに手を差し出した。

「さ、どうぞ姫。今日はお疲れさまでした。こう言うとご無礼かもしれませんが、御立派だったと思います」


「ありがとう、ジル殿」


 アルネラはジルの手を握ることに照れているようであった。


 この場所から王宮までは馬車での移動となる。すでに馬車が用意されており、御者が馬車の横に立って出迎えていた。ジルはふとその御者の顔に見覚えがあるような気がした……。


「さあ姫、今日はアリア役で大勢の人間に見られて疲れたでしょう。早く王宮へと帰りましょう」


 ゼノビアがアルネラを馬車に案内しようとする。


 ジルは御者が気になり、センスオーラをかける。すると――


 御者は、魔力を付与した何かを所持していることが分かった。護衛の騎士ならともかく、御者がそんなものを持つ必要はない。それにあの顔は……あの屋台の近くで周囲を気にしていた男だ!!


「姫っ!! 御者から離れるのです!」


 ジルはそう怒鳴りながらアルネラのもとへ駆け寄る。ジルが突然大声を出したので、アルネラは驚いて我を失っていた。ゼノビアも反応が一瞬遅れる。事態の急変を悟った御者の男は、胸元から魔力を帯びたナイフを取り出し、それをアルネラへ向けて投じた。


 その一投は手練しゅれんの技であり、狙いは正確にアルネラの心臓を狙ったものであった。もしそのままアルネラが立っていたら、命は奪われていたに違いない。


 しかし、寸前でジルがアルネラに飛びつき、抱きかかえたまま横へと倒れこんだ。ナイフは標的を失って後方へと飛んでいく。そこで初めてゼノビアや周囲の騎士たちは我に返り、御者が暗殺犯であることを悟った。


「曲者だ! その男を捕まえろ!」


 ゼノビアがそう命令を出すまでもなく、護衛の騎士たちは男の脱出経路を断つように周囲を取り囲んでいた。ルーファスの監督の下、よく訓練されていることがうかがえる。


「殺すなよ! その男には聞かねばならないことがある」


 ゼノビアがそう言ったのは、事件の首謀者を吐かせるためである。ゼノビアの脳裏にあったのは、やはり誘拐事件の一件であった。あの事件と今回の事件とは関わりがあるはずだ、そうゼノビアは考えていた。


 しかし周囲を取り囲まれた男は、逡巡しゅんじゅんすることもなく歯を強く噛みしめると、崩れ落ちるように倒れこんだ。ゼノビアたちが男のもとへ駆け寄り男の体を確認する。男は口から泡を吐いて死んでいた。


「ちっ、死んだか」


 ゼノビアが無念そうにそうつぶやいた。男は口の中にあらかじめ毒を含んでいたのだ。闇社会の人間によくあるやり口である。アルネラに投じたナイフにも、同種の毒が塗られていたことが分かった。


「姫、お怪我はありませんか?」


 まだ倒れたままの格好で、ジルがそうたずねた。おそらくアルネラはまだ何事が起こったかよく分かっていないはずだ。


「ええ、大丈夫です……。何が起こったのですか?」


「刺客に襲われたのです。馬車の御者に変装していました」


「そうですか……。ジル、またあなたに命を救われたのですね。ありがとう」


「いえ……、姫がご無事で何よりです。あの、どうかなさいましたか?」


 姫が顔を赤くしていることに、ジルは気がついた。何か具合でも悪くなったのだろうか。


「……ジル、もうそろそろ離してはいただけませんか?」


 アルネラは非常に恥ずかしそうにそう言った。


 ジルは今の自分とアルネラの格好を見渡した。暗殺者のナイフから姫を救うため、ジルはアルネラを抱いたまま横たわっていたのである。そう、アルネラを抱いたまま……。


「し、失礼しました、姫! どうかお許しを」


 平時にこんなところを誰かに見つかれば打首ものだろう。


「いえ、良いのです、ジル。これも忠義の証というもの。あなたが居なければ私は死んでいました」


「ジル、私からも礼を言う。またも姫を救ってもらったな」


 ゼノビアがジルたちに近づいて礼を言ってきた。


「男の正体は分かりますか?」


 それよりも、ジルが気になっていたのは男の方だった。


「ああ、男の胸には龍と剣の刺青が掘ってあった」


「……それは確か、ドラゴンヘッドのマークですね」


 ジルの記憶によれば、それは暗殺を生業なりわいとする秘密結社ドラゴンヘッドのトレードマークであった。ドランゴンヘッドとは、社会の中に確実に存在はしているものの、誰もそれを詳しくは知らない謎の組織である。ドラゴンヘッドの暗殺者は決して依頼人の情報を漏らさないという。暗殺者として育てられる時に、鉄の掟として教え込まれるらしい。


「ああ、ドラゴンヘッドに間違いないだろう。だがこいつらがなぜ姫を……」


「普通に考えれば、誰かが依頼をしたのでしょうね」


「だろうな……」


 ゼノビアがジルの答えにうなづいた。だとすれば、依頼人はきっと姫を誘拐した黒幕と同じに違いない、ゼノビアはそう思った。


 ゼノビアがギリっと奥歯を強く噛み締めた。これでアルネラの命が狙われたのは二度目である。自分が警備についていながら、今度もあと一歩で殺害されるところだったのだ。きっと犯人を見つけ出し、そして八つ裂きにしてやる、そうゼノビアは誓うのであった。

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