第48話 アリア祭
アリア祭のアリアとは、シュバルツバルト王国の伝説的な女性である。王女であったアリアは、シュバルツバルトが帝国から独立する際の戦争で、一人の騎士として出陣し数々の戦功を挙げた。しかし最後は帝国側の謀略によって殺害された悲劇的な人物である。
彼女が現在でも記念されているのは、その特異な
当時アリアは16才の少女であった。普通であれば、王女として宮廷での儀礼や一般教養といった教育を受け、深窓の令嬢として大事に育てられているところである。しかし当時のシュバルツバルトは、帝国から独立しようとする極めて大事な時期であった。この国難に際して、アリアは習っていたフルートを剣に持ち替え、身につけていたドレスを鎧に着替え、戦場に出たのである。
アリアは王女として、それまでなんの戦闘訓練も受けてはいなかった。戦争に関して全くの素人であったアリアであったが、彼女が戦場に出る度に兵の士気が高まり、不思議と勝利を重ねていった。戦う兵士たちにとって、アリアは眩しい女神のような存在であった。なんとしてもアリアを無事に守りきり、彼女に勝利を差し出したいと励むうちに、アリアが出陣した戦場でシュバルツバルトは顕著な戦果をあげたのである。
この突然現れたアリアという不確定要素は、帝国にとって無視できない存在となった。単に局地的な戦闘に負けるというだけでなく、アリアが独立の象徴となることを危惧したのである。
ある時、帝国との国境付近の街が王国の傘下につくことを宣言した。帝国からシュバルツバルト=バルダニアが独立戦争をしていたことから、帝国領から王国側につく街がいくつか現れていたのである。
アリアは前線指揮官として、街の接収を行った。住民たちは極めて友好的な態度で、アリアと王国軍を出迎えた。そして王国軍が街の行政区画を接収するため大通りを行進していたとき、それは起こった。
大通りの両側に立つ家や建物の屋上に、多くの弓兵が突然姿を現したのである。弓兵が持っていたのは、いわゆるクロスボウである。これはアリアを殺すため、帝国側が
王国軍はクロスボウの矢を雨のように浴びせられ、恐慌に陥った。そして街の住民たちに変装していた帝国軍が、王国軍を前後から挟み撃ちにした。結果、王国軍はこの戦いでことごとく討ち取られ全滅した。アリアも真っ先に矢に狙われ、無数の矢に射抜かれて死んでいた。
アリアは多くの帝国軍を破ったことから、帝国軍の強い憎悪を買っていた。また彼女が独立の象徴になりつつあったことも帝国としては問題であった。そのため、帝国は討ちとったアリアを
王国ではこの悲劇的な最後をとげた独立の英雄アリアを記念するため、毎年純潔の女性がアリアに扮してロゴスの街なかを引き回し、彼女を追悼している。これがアリア祭の起源である。
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祭りの日の当日朝、ジルはゼノビアとともにアルネラを訪ねた。祭りの間はずっと2人がつきっきりでアルネラを護衛することになっている。
アルネラと久しぶりに再会した時、彼女はすでにアリアに扮装していた。破けた服を着て、化粧で汚れを演出し、綺麗な髪をわざとバサバサにしてしていた。しかし不思議とそのような格好をしていても、アルネラの美しさは損なわれることはない。
「王女殿下、お久しぶりでございます。ご機嫌はいかがですか?」
「まあジルさん、ほんとうに久しぶりですね。こんなに長い間顔も見せないなんて」
アルネラは子どものようにふくれっ面をしている。子どものような仕草に、ジルは思わず頬をゆるめた。
「申し訳ありません。本業の学生としての勉強の方が忙しく、ロゴスを訪ねる時間がありませんでした。私もそれを気にしていたので今回の任務につかせていただきました」
ジルが弁解するが、アルネラは横を向いてジルと顔を合わせようとしない。
――とはいえ、アルネラが本当に怒っているわけではないことは、ジルもゼノビアも良く分かっている。見かねたゼノビアが助け舟を出す。
「姫、ジルも学校の方が忙しかったわけだし許してやってはどうですか? 今回の護衛の任務も姫のためにわざわざフリギアから来てくれたのですよ?」
アルネラはチラっと2人を横目で見ていたが、ゼノビアの言葉が仲直りする良いきっかけになったようだ。
「分かりました。今回は今日のことに免じて許しましょう。でも直接来られなくても、手紙を書くとか友達なら他に出来ることはあるでしょう?」
ジルはそもそも手紙をマメに書くようなタチではないのであるが、アルネラの言うことも理解できないではない。“友達”とはいえ相手は王女なのだから、それ相応のつきあい方というものがあるだろう。
「はは、以後気をつけますので、お許しを」
ジルは仰々しく片膝をついて謝罪する。いささか芝居がかった動作だ。
「よろしい!」
アルネラが謝罪を受け入れる。3人は互いに顔を見合って、フフッと笑い声をあげた。
「さあ、2人とも警備のことを話しても宜しいかな? 今日は私とジルが常に姫の側におります。もちろん我々以外にも街の多くの場所に警備を配置していますし、遠くから我々を護衛している者もいます。もし何事か起こった時は、我々が最後の盾となってお守りすることになるわけです。まあそのようなことは起こらないと思いますが……」
ゼノビアはそういいつつ、語尾を濁した。ゼノビアの頭の片隅には、一年前に起こった誘拐事件があった。結局、依然として事件の首謀者は分かっていない。もし事件が政治的な謀略であるとすれば、また狙われる可能性がないとも限らないのである。
「護衛のことについては、全てゼノビアやルーファス殿にお任せします。私はそのような事に詳しくありませんから、全て指示に従いましょう」
「姫は特別なにもする必要はありません。『アリア』になりきっていてくだされば、後は我々が責任を持ってお守りします」
ゼノビアは努めて心配させないように言葉を選んでいた。アルネラは黙って深く頷いた。ゼノビアはアルネラが子どもの時から近くに居てくれた、最も信頼できる家臣である。
「ジル、君は“魔力感知”は出来るよな?」
センスオーラ(魔力感知)は第一位階の基本的な魔法で、何らかの魔法が使用されていることを感知するための魔法である。このような場合には、魔法の流れを感知することで、事前に悪意ある魔法の発現を阻止することができる。
「ええ、もちろんです」
「アルネラさまが街を練り歩くのは、約2時間ほどだ。その間ずっと使い続けることは出来るか?」
センスオーラは持続的に使うことを想定した魔法ではない。呪文を唱えてから効果時間は30秒ほどだ。通常の目的であれば、これで充分なのである。
「無理ですね。もともとが持続時間の短い呪文です。呪文をいじったとしても、せいぜい2分程度しか持たないでしょう」
「そうか。なら怪しいと思った瞬間に的確に使うことができるか、それが大事だということだな。私が使うように指示した時、そして君自身が必要だと思った時は迷わず使うようにしてくれ」
「分かりました。怪しい気配が無いか常に周囲に気を配るようにします」
ゼノビアはジルの言葉を聞き、表情を緩めた。
「まあ、こんな目立つ所で姫を襲うようなことはないだろう。護衛に専念するのも良いが、ジルは祭りの雰囲気も楽しんでくれ。我々正規の人間だけで無事に守ってみせるさ」
ゼノビアはジルの肩口をポン、ポンと叩き――
「さあ、行こうか。街は人でごった返してるぞ。驚くなよ」
そう言って笑いかけた。
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