第47話 ゼノビアからの招待
レニの実家に二週間滞在した後、ジルとレニはルーンカレッジへと帰ってきた。この二週間、レムオンは軍務が忙しいため初日に話して以来ほとんど会うことはなかったが、母アニスは毎日のように歓待してくれた。ジルはこの間、快適に気持ち良く過ごすことができたのである。
「レニ。アニスさま、レムオンさまに宜しく伝えくれ。この二週間、お二人や家中の方々には本当に良くしてもらった。今まで夏をこんなに快適に過ごしたことはなかったよ」
ジルは正直な胸の内をそう伝えた。
「先輩に喜んでもらえて私も嬉しいです。先輩を両親に紹介できましたし」
レニにとっても目的を無事に果たすことができた。どうやら父レムオンもジルを気に入った様子であった。
「先輩は残りの期間はどうされるんですか?」
夏季休暇は一ヶ月あり、あと半月ほど残っている。
「そうだな。何もなければ魔法を研究しようと思っている」
「そうですよね、先輩お忙しいのに私が時間をとってしまって……」
「いや、そんなことは気にしなくていい。今回の事も自分で決めて行ったことだ」
レニの実家を訪ねたことは、ジルにとって本当に良い思い出となっていた。
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ジルが宿舎に帰ると、部屋にはジル宛の手紙が届いていた。ペーパーナイフで手紙を開封すると、中にはゼノビアからの手紙が入っていた。
ゼノビアとは王都を案内してもらってから半年ほど会っていない。ジルの脳裏にはまだゼノビアとの最後のシーンが残っていた。ジルは妄想を振り払うように軽く頭を左右に振ると、手紙に眼を通した。
「やあジル、久しぶりだな。学生らしく魔法の勉学に励んでいるだろうか。無事上級クラスに進級しただろうか。君のことだ、恐らく何の問題もないのだろう。今日手紙を書いたのは、王都ロゴスで行われる“アリア祭”で君に協力してもらうためだ。アリア祭は毎年行われる恒例の祭りで、今年はアルネラさまが祭りを主催される。その警護ということで、君を王都へと招待したい。警護の仕事をしてもらうことになるが、祭りを楽しんでもらっていい。アルネラさまも君が顔を出せば嬉しいだろうし、私も君に会えると嬉しい。もし来る気があるなら、私宛てに返信して欲しい。 ゼノビア」
ジルの記憶では、アリア祭とは王女アリアを記念するため、年一回ロゴスで行われる祭りである。毎年、祭りでアリアに扮する純血の女性が選ばれ、その女性はアリアとしてロゴスの通りを練り歩くのである。どうやら今年はアリア役にアルネラが選ばれたらしい。しかし王女のアルネラがそんな役をする必要があるのだろうか、ジルは疑問に思った。
ロゴスを久しぶりに訪れたい気はあった。なにしろ歴史のある古都であり、アリア祭という伝統文化に触れるのはジルにとって嬉しいものである。それに、“友達”と言いつつ、アルネラのもとへ半年の間顔を出していないことに、ジルはいささか後ろめたさを感じていた。それにゼノビアに会えるのも楽しみだ。そう考えたジルは、了承する旨を手紙に記して返信した。
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それから一週間後、ジルはロゴスの王宮を訪れていた。アルネラの護衛を務めることになるので、まずゼノビアから説明を聞かなければならない。ジルはゼノビアの私室に通された。王室を護衛する近衛騎士団の副団長には、王宮内に私室が用意されている。これは不測の事態に備えるためでもあるのだ。
「久しぶりだな、ジル! よく姫の護衛に参加してくれたな」
ゼノビアは以前と変わらない気さくな態度でジルを出迎えた。
「君が護衛に参加すると聞いて、アルネラさまもいたくお喜びだ。この後会いに行ってくるがいい。だがその前に、今回の事について一通り話しておこう」
「アリア祭ですね。祭りについては大体の事は知っていますが、なぜアルネラさまなのです? わざわざ危険を冒して王女がする必要があるのですか?」
ジルは思っていた疑問をぶつけてみた。
「まあ、そう思うのも無理は無い。祭りのような多数の人間がいる中で護衛するのは難しいことだからな。だが、これも王国のためなのだ。近年バルダニアとの戦争があり、シュバルツバルトの国政は難しくなりつつあるのだ。だから少しでも民の王室への敬愛の念を強めるため、姫御自身の発案でなされたのだ。我々は姫のその意思を尊重し、
ゼノビアの顔が真剣なものとなっていた。ゼノビアとて、本心を言えばアルネラを危ない目には合わせたくないに違いないのだ。
「それで私はどなたの下で動けば良いのでしょうか。ゼノビアさんですか?」
「いや、このような時、王都の警備の責任を負うのは近衛隊長のルーファスだ。私も彼の指揮の下で動くに過ぎん。これからルーファスの所へ行って君を紹介しよう」
ジルはゼノビアに連れられ、近衛騎士団の詰所に行った。そこではちょうど騎士たちが日頃の訓練をしているところであった。部屋の奥に多数の騎士を従えた男がいた。これが恐らくルーファスだろう、ジルはそう思った。金髪で長身の優男だが、どこか油断ならない雰囲気を漂わせている。
ジルの予想通り、ゼノビアはその男のところまで足を運びジルを引き合わせた。
「ルーファス、この男がジルフォニア=アンブローズだ。仮だが我が国の宮廷魔術師の地位についている。今回のアルネラさま護衛の任についてもらうことになっている」
「やあ、君が噂のジルフォニア君か。僕はルーファス、近衛騎士団の団長をしている。正規の魔術師でもない君が護衛につくと聞いて、最初は驚いたよ。でも、アルネラさま直々の御希望なら
爽やかな笑顔をたたえつつ、ルーファスはジルに右手を差し出した。ジルがその手を握る。
「はじめまして、ルーファスさま。私がジルフォニア=アンブローズです。御高名なルーファスさまにお会いできて光栄です」
近衛騎士団団長ルーファスの名は、近隣にも「王国の守護者」の二つ名とともに鳴り響いている。剣でも剣聖アルメイダと互角の勝負ができる達人であるが、彼の真価は集団戦闘での指揮にこそある。ルーファスは、戦時には王都ロゴスの防衛を預かる最高指揮官であり、王自身が出陣する際には対外的な戦争にも参加し、王直属部隊の実質的な指揮をとる。
今から約15年前、現王が王位を継ぎまだその統治が固まっていない頃、地方の有力貴族の反乱があった。反乱軍の勢力は非常に強く、ロゴスは一時反乱軍に包囲されるという深刻な事態を迎えた。この時、まだ副団長であったルーファスは、戦死した団長に変わり王都に侵入した敵兵を巧みな戦術で討ち取り、王都を陥落の危機から救ったのである。その冷静沈着な指揮能力には定評があり、ゼノビアも完全に心服しているようだ。
「君はアルネラさまの“お気に入り”のようだから、常に近くにいて最後の守りとなってもらおう。彼の戦闘能力はどうなのだ?」
ルーファルがゼノビアに訊ねた。護衛の最高責任者であるルーファスにとってみると、初対面のジルの能力に疑問があるのは仕方のないことである。
「ルーファスも誘拐事件のことは聞いているだろう? 彼は魔法で敵の多くを倒し、アルネラさまの盾となって負傷をしたんだ。能力や忠誠心に疑うべきところはないと思うが?」
「だが剣技はどうだ? 最後敵が詰め寄ってきた時には、魔法は使えない場合が多いだろう。もちろん遠くから敵を発見するために、魔法が有効であるという見方もできる。だからどうだろう、アルネラさまの身辺には、常に戦士としては君に、魔術師としてはジル君にいてもらうというのは。姫としても気心のしれている2人に居てもらった方が落ち着けるだろう」
ルーファスの提案はゼノビアにとっても異論ないものであった。もし何者かが姫を襲撃するとすれば、魔法を使って攻撃されることもありうるのだ。戦士だけでは対応できないことも考えられる。それにジルとともに居られることは、ゼノビアにとっても嬉しいことであった。
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