第50話 事件の後

 記念すべき50話に到達しました! これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

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 アルネラの暗殺未遂事件は公表されることはなかった。事件が起こったのはアリア祭が終わってからのことであり、目撃者は王宮関係者のごく少数に限られていた。したがって王国が公式に発表しなければ、事件が表沙汰になることはない。


 アリア祭は民と王家との関係を深める重要な行事であり、その祭りが暗殺の場になったことが分かれば、王国の威信と民との関係の双方に傷がつく。それは当事者であるアルネラ自身が望むものではない。


 したがって王女を救ったというジルの功績も、今回はひょうされることはなかった。ジルもそんなことを期待してはいなかったし、王女が無事であったことがなによりだった。もっとも、王国としても功績ある者をそのままにしておくわけにはいかない。いずれしかるべき時にその功績に報いることとなるだろう、というのはゼノビアの言である。


 事後処理を担当したゼノビアによれば、事件の黒幕はやはり分からないとのことであった。ドランゴンヘッドはプロの暗殺者集団であり、依頼人の名は決して明かさない。それゆえ、裏社会では絶大な信頼を寄せられているのである。為政者からすれば厄介この上ない組織であり、以前多くの国の組織が共同で撲滅を図ったことがある。これによりドラゴンヘッドは組織に大きなダメージを受けたことは確かだが、ついに根絶することはできなかったのだ。


 その背景には、ドラゴンヘッドのような組織には確実に社会的需要があるという現実がある。それは暗殺や汚れ仕事を依頼する側の需要だけでなく、構成員を供給する下層社会の側の需要もあるのである。例えばジルが義父ロデリック=アンブローズに拾われなかったとしたら、どうだったか。今日食べる食事もないホームレスの子どもたち、彼らが生きていくにはどうすれば良いか? それはやはり裏社会の人間になることだろう。


 このような裏社会の秘密結社は悪ではあるが、必要悪というところがある。国が全ての人間を救うことはできない以上、その救いの手からもれた人間が何を選択するか、それに干渉することは難しいのだ。


 ところで、今回のことでジルは多くの人間からその功績をたたえられた。事件は公にされていないが、一部の関係者の中では知られているのである。


 近衛騎士団のルーファスはほほ笑みをたたえながらジルの肩を叩いた。


「よくやってくれた、ジル。君が居てくれたから大事なく事件を処理できた。君を警備に配置していたことで、私も表彰されそうだよ」


 ルーファスはそう冗談めかして言った。だが事実、ジルをアルネラの側に配置したのはルーファスであるから、あながちそれを偶然として片付けるわけにもいかない。高名なルーファスに認めてもらったことは、ジルとしても嬉しいことであった。


 そして意外なところではレント伯クリスティーヌ。彼女もアリア祭を見物するためにロゴスへ来ていたということだった。謁見の間で王や大臣などから感謝の意を伝えられた時、クリスティーヌもその場に居合わせた。


 クリスティーヌはいつもの優雅な所作でジルに近づいてきた。


「ジルフォニア殿、今回も大変なご活躍でしたね。王女を二度も救うなど、そうそう出来るものではありません。ぜひ正式に王国の魔術師になってもらいたいものです。」


「ありがとうございます、伯。姫が無事で何よりでした。偶然祭りの最中に見た不審な男の顔を覚えておりまして、御者がその男だと気づいたのです」


 ジルは犯人を突き止めた経緯について話した。


「それも大したことですよ。何万もの人間の中からなかなか一人の男の顔を記憶しておくことなど出来ません。ねえ、アルメイダ」


 クリスティーヌは側近のアルメイダに話を振った。剣の達人、「剣聖」のアルメイダである。


「さよう。不信な人物を見抜く注意深さは賞賛に値するし、咄嗟とっさに反応して王女の盾となることも、なかなかできることではない。周りの騎士たちは見ているだけだったと聞くしな。少年、誇って良いことだぞ」


 日頃重々しい雰囲気を醸し出しているアルメイダは、話してみると意外に気さくな印象をジルに与えた。


「ジルフォニア殿、魔術師とはいえ、今回のように最後は剣の腕も必要です。あなたさえ良ければ、アルメイダに稽古をさせましょう」


 クリスティーヌの意外な申し出だった。剣の稽古など、親しいゼノビアにもしてもらったことはない。しかし「剣聖」とうたわれるアルメイダに稽古をつけてもらえる機会というのは、なかなかに貴重なものと思われた。ジルはクリスティーヌの申し出を受けることにした。


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 剣の稽古は王宮の訓練所で行われた。アルメイダから木剣を受け取り、基本的な剣の扱いを学ぶ。アルメイダはジルが戦士でないことから、護身術的な剣の扱いについて教えてくれた。クリスティーヌたちも決して暇ではないのだろうが、時間にしておよそ一時間、呼吸が乱れ汗を流すほど充分な時間付き合ってくれた。


 ジルが礼を言って訓練所を出て行った後、残ったアルメイダとクリスティーヌはそのジルについて話していた。


「あの少年を取り込むつもりか?」


 稽古で流した汗を拭きながら、アルメイダはクリスティーヌに問うた。


「いえ、何か大事が起こる前に渡りをつけているだけよ。あの子はさといから、我々が自派に引き入れようとすれば拒否するでしょう。だからあなたに稽古をさせたのよ」


「剣の稽古などがそんなに重要なことなのか?」


 アルメイダはクリスティーヌの言葉を意外に思った。


「こういうつながりが後々意味を持ってくるものよ。あのジルという少年は、ゼノビア殿やアルネラさまと親しい。まず王女派と考えて良いでしょう。アルネラさまは王位継承権第二位、いまの王国の情勢では、実際に王位につかれる可能性もなくはありません。だから今のうちに、“王女派”にも楔を打っておく必要があるのです。アルネラさまに強い影響力を持つのはゼノビア殿ですが、彼女は潔癖なたちだし交渉相手とするには難しい相手。そこでゼノビア殿を動かす駒として、あの少年が活きてくるのですよ」


 クリスティーヌはうすい笑みを浮かべながら自らの意図を説明した。中立派のクリスティーヌとしては将来的に王位継承争いが起こった時、状況を見極めて勝つ側につかねばならない。ただし単に勝ち馬に乗るというだけでなく、彼女が加わったことでその陣営を勝たせるというのがベストである。そうでなければ、争いのなかで彼女の得るものがなくなってしまう。だから今のうちにどの候補の周囲にも、自分の人脈を張り巡らせて置く必要があるのである。


 それにしても、クリスティーヌがそれほどまでジルフォニアという少年を評価していることに、アルメイダは驚いた。


 クリスティーヌは自分のことを大事に思ってくれているが、それは彼が「剣聖」だからである。伯爵家の当主として育てられてきた彼女は、傲慢で人を人とも思わないところがあり、とくに使えない者、無能な者には手厳しい人間である。それだけに、あの少年に対してみせる執着は彼女にとって珍しいことだ。自分を見つめるアルメイダの視線に、クリスティーヌが気づく。


「あの子、アルネラさまを二度も救ったでしょう? なかなか無いのよ、そんな偶然は。あるとすれば仕組まれた必然か、あるいは運命か……。運命なんて下品な言葉は使いたくないのだけど、時勢の潮流というものは確かにある。あの子はそれに乗って上昇していくように思えるのよ」


 クリスティーヌは、時流を見極める自分の力に自信を持っていた。ジルは時代の渦の中心になっていくような気がする、そう彼女は感じていたのであった。

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