第27話 ゼノビアの王都案内1
晩餐会の翌日、ジルはゼノビアに王都ロゴスを案内してもらうことになっていた。待ち合わせの時間は朝の10時であった。
(それにしても王宮の中か、入り口で待ち合わせれば良かったのに)
ジルはそう思ったのだが、待ち合わせの場所はなぜか王宮を出てかなり歩いたところにあった。後で分かったことだが、待ち合わせ場所としてはポピュラーなセドナ広場というらしい。しかし、案内が必要なジルに遠い場所を指定するのはいかがなものだろうか。
途中で人に道を聞きながら、ジルはなんとかセドナ広場に到着した。このロゴスという都市は、典型的な古都市である。計画的に作られたわけではなく、その時代毎に増改築された結果、複雑で迷路のような構造になっている。ジルのように道に不案内の者は、
セドナ広場に行ってみると、多くのカップルが待ち合わせをしていた。男同士や親子はほとんどいないようだ。
「……なるほど、そういうところなのか」
幸せなオーラを発する周囲のカップルに囲まれ、ジルはいささか居心地の悪さを感じていた。
「ジ、ジル、待たせたな!」
人混みの中からゼノビアが走ってやってくる。そのゼノビアを見て、ジルは軽く目を見張った。いつもはさっぱりとした格好のゼノビアが、今日はとてもオシャレな服を着て来たのである。
縁をレースであしらった薄い青のドレスは、肩が大きく露出するデザインとなっていて、胸元が強調されるようになっている。筋肉質だが長く細い脚には白のタイツを履いていて、脚の美しいラインが目立っている。よく目立つ金髪は普段軽くゴムで縛ってあるだけだが、今日はアップさせてボリュームをつけている。
要するに見るからに気合が入っているのだ。正直なところ、道を歩いているどの女性よりも魅力的であった。
「ゼノビアさん! 今日は、その……素敵な格好ですね」
ジルの褒め方は決して洗練されてはいなかったが、ゼノビアにとっては充分満足いくものであったようだ。
「そ、そうだろうか? そう言ってもらえて良かった」
ゼノビアが頬を赤く染めつつ、満面の笑みを浮かべる。
ゼノビアは、普段着でも白のシャツにズボンというさっぱりとした服しか着ない。しかし今日の事を部下のマリエンヌに話したところ、ゼノビア一世一代のチャンスとマリエンヌが誤解(?)し、勝負服を調達してきたのであった。もともとゼノビアは美人であったが、おかげで今日は5歳は若く見える。
「それじゃ、これから王都を案内しよう」
ゼノビアがジルの手をとって街並みを歩いて行く。
最初に2人が行ったのは、セドナ広場近くのタルトの店であった。マリエンヌの情報によれば、ロゴスで一番人気のスイーツであるらしい。店はすでに行列ができ始めていた。ジルとゼノビアは15分ほど行列に並び、その間他愛のないことを話した。店は外にもテーブルと椅子が置かれていて、外の空気を吸いながら食べられるようになっている。店の中が一杯だったので、2人は外のテーブルでタルトを食べる。
外はやや寒かったものの、今日は天気がよく日差しに当たれば暖かかった。それに紅茶もある。ゼノビアの頼んだのはベリーのタルト、ジルのはリンゴのタルトであった。
「この店には良く来るんですか?」
「いや、騎士団の方が忙しくてな。こんな機会でもないとなかなか来られんのだ。たまに休みがある時は、部下のマリエンヌと食べにくる。やっぱり甘い物が多いかな」
「ははは、やっぱり女性は甘いものが好きなんですね」
ジルはタルトを一口食べてみた。爽やかな酸味と甘味のバランスが良く、かなり美味しい。流石に王都で人気の店である。ゼノビアの方を見ると、これがこぼれそうな笑顔で、甘いもので至福の時を過ごしているのは明らかだった。
(そんなに美味しいのだろうか)
ジルはベリーのタルトの味も気になっていた。この店の一番人気らしい。
「ゼノビアさん、そのベリーのタルト、ちょっと食べてもいいですか?」
「あ、ああ……ん?」
ゼノビアは一瞬ジルの言っていることがよく分からなかったらしい。ジルはゼノビアの皿に置いてあった食べかけのタルトを拝借し、一口食べる。
「美味しい! リンゴのより、ベリーの方がかなり美味しいですね。ゼノビアさんも僕のを食べてみますか?」
「あ、ああ…」
ゼノビアはジルのタルトを見た。ジルの歯型の形に食べかけの跡がついている。
ゼノビアは意を決し、ジルのタルトを一欠片切り取って口の中へ入れる。
「……美味しい」
「ええ、リンゴも美味しいですよね。ベリーのは酸っぱいのが苦手だと駄目かもしれません」
普段騎士団という男ばかりの環境にいるゼノビアとしては、日常で自分が女だと感じることはほとんどないし、女として扱われることもない。今日のこうした体験はかなり貴重であった。
「ゼノビアさんって、子ども時代はどんな子どもだったんですか?」
「私の子ども時代か? 聞いても面白い話ではないぞ。私には兄が2人居てな、歳が近かったから3人で良く遊んだんだ。遊ぶことと言えば、男子が遊ぶようなことだったな。少し大きくなってからはひたすら剣術ばかりだった。おかげで同じ歳の男子には、剣で負けたことがなかったよ。兄は2人とも戦士として軍に入り、私は何も考えることなく、兄を追うように13になってから戦士訓練所に入った。ところがそこで挫折したんだ。いままで男子にも剣で負けたことはなかったが、今考えるとそれは周りのレベルが低かっただけなんだ。訓練所に来るような奴らは力自慢の男たちばかり。力ではやはり私は勝てなかった」
「……」
ジルは静かにゼノビアの話を聞いている。
「力で劣るならどうすれば勝てるか。私はそれから毎日そればかりを考えた。君ならどうする?」
「……普通ならやはり魔法でしょうね。魔法戦士となることが近道でしょう」
「そうだな……。だが私はルーンカレッジや魔法塾のようなところには行かなかった。魔法に縁のない生き方をしてきた私のことだ、自分に魔法の才があるとは思えなかったからな。だが結果として私は、“魔法のような”力を使えるようになった。どうしてそれが使えるようになったのかは分からない。一種の天賦の才能なのかもしれないな。この“ルミナスブレード”が使えるようになってから私は剣闘でほとんど負けたことはない」
「ルミナスブレード?」
「そうだ。剣に雷を
「エンチャントでしょうか?」
エンチャントとは魔法の一種で、武器に魔力的な効果を付与する補助魔法である。通常の武器では倒せない敵に相対する時や、戦士の力を強化する目的で用いられる。
「そのようなものかな。しかし魔法のエンチャントは切れ味を増したり、普通の剣では切れない魔物を切れるようにするものだろ? 私のルミナスブレードは雷そのものを剣にはわせるのだ。それによりルミナスブレードは剣や盾で受けることは不可能となる。もし受ければ剣の雷が身体を突き抜けて感電するのだ。私はこの剣のおかげで、近衛騎士団にも入ることができたし、副団長にもなることができたんだ」
「凄いですね。そんな技をゼノビアさんが……」
「今度機会があればジルにも見せてやろう……って、今日は普通の女の子のように過ごそうと思ったのに結局こんな話になってしまったな」
ゼノビアが照れ笑いを浮かべる。
「ははは、こちらの方がゼノビアさんらしいですよ。お洒落なゼノビアさんも良いですけど、騎士のゼノビアさんが僕は好きですよ」
「!?」
「どうしました?」
「いや……そ、そろそろここを出るとしようか」
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