第28話 ゼノビアの王都案内2

 ゼノビアが次に案内したのは、ロゴスのハイストリート、つまり最も人出が多く、店が集中している通りである。道の両側に小物、雑貨、食材、武具店など多くの店が並んでいる。


 フリギアの方が多様性があり珍しい物が多いが、ロゴスには歴史のある店が多く、シュバルツバルトの伝統文化に根ざした商品が多い。ロゴスの伝統的な工芸というとやはり絹織物であろう。ゼノビアがジルを連れて行ったのは、伝統工芸を意識しつつ現代的なファッションにアレンジしている服屋である。ゼノビアはジルが王宮で着る服に悩んでいるのを知っていた。


 店に入ると、右側が男性用、左側が女性用に分かれていた。ゼノビアは言葉巧みにジルを男性用の売り場へと連れて行った。男性用はやはり女性用よりも人が少ない。ただ来ている客を見ると、かなり富裕層が多いようであった。聞けば、王宮に務める者や貴族も買いに来る店だという。


 ジルは服のセンスが無いわけではないが、なにしろ関心は魔法や真理の探求にあるので、服のことにまで気が回らない。せいぜい清潔感を保つことに気をつけているぐらいのものである。ゼノビアは礼服を幾つか持ってきて、ジルに着るよう勧める。


「君もこれから王宮に出入りするなら、礼服は幾つか持っておいた方が良いぞ。いつも同じ服では、貴族たちから何を言われるか分からんからな。そんな下らんことを噂するのが貴族というものだ」


「うーん、でもこれはなかなか高そうですね。礼服は一応カレッジが用意してくれたものがありますが」


 値札には一応ジルが払えなくもない値段が表示されていたが、普段一度に使ったことのない大金であった。


「今回の任務だけならそれで間に合うかもしれんが、この先数日単位で王宮につめることがあるかもしれないだろう? その時服ごときでとやかく言われるのは損だ。今回のお礼に、一着私からお前に贈ってやろう」


「ええ!? そういうわけにはいきません。この礼服はかなり高いですよ」


「そんなことは気にするな。私はこれでも近衛の副団長だからな。そこそこの収入はあるのさ。私がお前に買ってやりたいと思ってるのだから、お前は気持ちよく私に買わせるのが礼儀というものだ」


 やや強引なゼノビアの態度に、ジルは好意に甘えることにした。ゼノビアは上機嫌でとっかえひっかえ礼服をジルに合わせている。傍目からみれば、着せ替え人形で遊んでいるように見えたかもしれない。


(こいつは磨けば光る男だ)


 実際のところゼノビアは、素材の良いジルが礼服を着て輝くのを密かに楽しんでいた。


 結局、購入する服はゼノビアが選んだ。絹を使い、金糸で刺繍をあしらった少し贅沢な礼服である。


「ありがとうございます、ゼノビアさん。この服これから大事に着ます」


「ああ、服に負けないように出世してくれよ」


 会計を済ませた後、ジルはゼノビアが何も買っていないのに気づいた。買い物にはほとんど来られないということだから、今日はせめてゼノビアの買い物にも付き合った方が良いだろう。


「ゼノビアさんの服も買いましょうよ。普段なかなか買えないんでしょう?」


「そ、そうだな。買ってもいいか?」


 ゼノビアはどうやらジルに遠慮していたらしい。嬉しそうに服を選んでいるゼノビアを見ると、やはり言って良かったようだ。


 ゼノビアの選んでいる服を見ると、普段着を買いたいらしい。仕事が忙しくて着る機会はあるのかとジルは思ったが、それはそれ、買いたい物と必要な物は必ずしも一致しないのだろう。ゼノビアにとって買い物はストレス発散でもあるらしかった。


 ゼノビアは10点ほどの服を持出して、試着室にこもっている。そして一着着る度にジルに似合っているか、感想を求めていた。ジルは女性の買い物に付き合うことは初めてだったので、苦笑するしかない。ゼノビアが試着した服の中には、かなり際どいものもあって、ジルの方が恥ずかしくなったものだ。


「ジル、これはどうだ? 私の歳だと似合わないだろうか?」


 ゼノビアが着ていたのは、10代の女性が着るような露出度の高い服だった。とくにスカートの部分はかなりのミニで、見えている脚が艶めかしい。ジルの見るところ、似合わないかと言いつつ、ゼノビアは恐らくその服を気に入っていて背中を押してもらいたがっているのだ。


「……いえ、良いんじゃないですか? とてもお似合いですよ。ゼノビアさん、脚が長くて綺麗だから」


「よし! これにする!」


 ゼノビアはジルの言葉に喜んで、その服に決めたらしい。ちなみにジルの言ったことはお世辞ではなく本心である。


 買い物が終わると、すでに時間は夕方に近づいていた。ゼノビアは王都を一望できる高台にジルを案内した。そこは王都に来る者が一度は訪れる必須のスポットであるらしい。


 日も落ちそうなことから、展望台はすでに人がまばらであった。ジルは展望台から景色を見渡してみた。「水晶宮」と呼ばれる王宮が遠目に見え、夕日を浴びて美しい。そして王都の歴史ある街並みは、荘厳な雰囲気を作り出し、目を楽しませてくれる。


「今日は王都の案内ありがとうございました」


 ジルが隣で肩を並べるゼノビアに礼を述べる。ジルとしても、今日はゼノビアと一緒に過ごし、なかなかに楽しい一日だった。


「ああ、君への礼のつもりだからな。気にしなくていい」


「礼と言えば、サイファーやガストンにも礼をしたんですか?」


「ああ、サイファーにはもうしたぞ。奴の希望で剣の稽古をしたんだ」


 いかにもサイファーらしい無骨な願いである。


「晩餐会の日、君は朝遅く起きてきたようだが、サイファーと午前中、近衛騎士団の稽古場でな」


「どうでした?」


「ああ、サイファーはなかなか強かったぞ。もちろん真剣じゃなく、稽古用の剣だったがね。あの体だから想像できてはいたが、力では完全にサイファーの方が強かった。だが、技術がともなっていなかった。力の受け流し、相手を追いつめる組み立てなど、剣の勝負というのは単なる力で決まるものではなく、技術や戦略が大事なんだ。とくに“試合”のような場合はな。私はこれでも騎士団で長年もまれてきて、密度の濃い経験を積んでいる。遠い先のことはともかく、今はまだサイファーには負けないよ」


 ゼノビアは剣の腕だけでも近衛騎士団で上位の実力がある。さすがに力では勝てないが、その分戦いの技術は磨かれている。


「さすがゼノビアさんですね。僕から見ればサイファーも充分に強いのですけれど」


「そうだな、奴は強いよ。10年もすればサイファーに勝てる者はほとんどいなくなるかもしれん」


 ゼノビアはサイファーを高く評価しているようだ。しかし稽古であったため、ゼノビアはルミナスブレードを使っていない。もし使っていれば勝負にもなってないだろう。


「それでガストンの方は?」


「……あ、ああ。や、奴はまだ考え中とのことだ」


「!?」


 ゼノビアの挙動が急におかしくなった。ガストンと何かあったのかもしれない、とジルは直感した。


(ガストンの奴め、何かとんでもないことを頼んだんじゃないだろうな)



**


 空を眺めると、日はもう落ちそうになっていた。気づけば当たりも大分暗くなってきている。


「もう大分遅くなりましたね……。そろそろ帰りましょうか」


 ジルが元の道に引き返そうとゼノビアに背を向けた。


 そのジルの背中を……ゼノビアが抱きしめた。


「ゼ、ゼノビアさん?」


 ジルが少し慌てた声をあげる。ゼノビアは一体何を……。


 ゼノビアの豊かな胸が、背中に当たっている……。それに、ゼノビアは意外にも甘い匂いがした。ゼノビアはジルを後ろから抱きしめたまま話しかける。


「ジル、今回は本当にありがとう。姫は私にとってとても大事な方なのだ。私は危うく任務に失敗しそうになった。君たちがいてくれなかったらな」


「いえ……、いいんですよ。お役に立てたなら嬉しいです」


「私は自分の気持ちをどうやって表せば良いか分からないんだ」


「今日ロゴスを案内してもらいましたし、服も買ってもらったじゃないですか」


「それじゃあ足らないんだ。どうしても気持ちを上手く伝えられない」


「……」


「ジル、ありがとう」


 ゼノビアはジルの身体を自分の方に向けさせ、そして唇に口づけした。


「!?」


「すまないな、これは今日だけのことにしておいてくれ……。ははは、次はもうしないからな!」


「ゼノビアさん……」


「また近いうちに会おう、ジルフォニア=アンブローズ。私は近衛騎士団、君はルーンカレッジの方で忙しいだろうが、また暇を見つけて王都に来てくれ。また任務かもしれないけどな」


「ええ、姫にも来るように言われていますから、ゼノビアさんのところにも顔を出しますよ」


「それじゃさらばだ、ジル。また会おう!」


 ゼノビアは一人早足に王宮へ帰っていった。ジルと一緒に帰る気はないらしい。


 ジルは今あった出来事を思い返してみたが、まだ気持ちの整理できないでいた。

(ゼノビアさんはどういうつもりで、あんな事をしたんだろうか……)

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