第25話 晩餐会2
レント伯クリスティーヌ、彼女はブライスデイル侯にも、国王派にもついていない。貴族社会の中では中立派と目されている。現在26歳、結婚はまだしていない。
領地はシュバルツバルト南部に位置し、貴重な鉱物資源を産出することから王国の経済にとっても重要な存在となっていた。ゆえにブライスデイル侯も、そして国王派からも、自派への勧誘がひっきりなしになされている。クリスティーヌは自分の立ち位置を十二分に理解していたし、それを最大限の高値で売りつけようと考えている。むろん自分の結婚もその商品の一つである。
クリスティーヌの見る所、現王の治世はそう長くない。
現在王位は長男のユリウスが継ぐと見られているが、ユリウスはあまり良い評判のない人物である。いや、それには語弊があるかもしれない。悪い噂も無い代わりに、評価する声も聞こえてこないと言った方が良い。
王の
平和な時代であれば、王の器量などさして問題ではない。政治など、家臣に任せておけば大過なく在位期間を過ごすことができるだろう。しかし、近年バルダニアとの争いが深刻化し、王国の舵取りは年々難しくなりつつある。
アルネラ姫の誘拐事件も何らかの陰謀の結果なのではないか、クリスティーヌはそう見ていた。そのような時、君主が凡庸であれば国威を著しく傷つけることになるかもしれない。そう遠くない時期、自分の価値は一層釣り上がるに違いない、そんな予感がしていた。
面白い時代になってきた、クリスティーヌはそう思う。平和な時代など、貴族はただくだらぬ舞踏会や恋愛に明け暮れるしかない。クリスティーヌは、自分のそんな未来図を想像するとぞっとする。退屈で死にたくなってくるに違いない。
クリスティーヌは壁に寄りかかって、腹を探りあい、人脈を作ろうとする貴族たちの動きを観察していた。酒を勧める給仕の少年から、シャンパンのグラスに手を伸ばし口をつける。今日の主賓は確かアルネラを救出したという少年たちであった。サイファーという男は、もう少年とはいえない歳だろう。体格を見ると優れた戦士になりそうだ。
そしてジルフォニアという少年。そう、まだ少年なのだ。大人びて見えるが、おそらく16を越えていないのではないか。しかしその少年のところに人の輪ができている。どうやら王の覚えもめでたいらしい。ブライスデイル侯も自ら話しかけていたところを見ると、自派に引き入れようとしているのだろう。とりあえず話してみて損はないだろう。クリスティーヌはジルを取り囲む貴族たちの輪に入っていく。
「よろしいかしら? ジルフォニア=アンブローズ殿。お初にお目にかかります、私はクリスティーヌと申します。以後、お見知りおきくださいまし」
クリスティーヌが優雅な立ち居振る舞いで挨拶を述べる。
近くにいたゼノビアがジルに
「レント伯クリスティーヌ、中立派の有力貴族だ。ブライスデイル侯も自派に欲している大物だぞ」
その様子を見ていたクリスティーヌは、ゼノビアにも声をかけた。
「これはゼノビア殿、お久しゅうございます。今回の件でもご活躍されたとか、流石ですわ」
クリスティーヌの見るところ、ゼノビアはアルネラに強い影響力を持つ人物である。アルネラは王位継承権第二位であるだけに、事によってはゼノビアが王国の鍵を握ることになるかもしれない。クリスティーヌにとって、ゼノビアは利用価値のある人間であった。
「クリスティーヌさま。お初にお目にかかります、ジルフォニア=アンブローズです。わざわざ伯の方からお越しいただき、感謝致します。以後、宜しくご指導のほどを」
クリスティーヌの手をとり、軽く接吻する。
「あなたのご活躍も聞いてますわ。まだ若くていらっしゃるのに、優秀な魔術師であるとか。我が国にとってもいまこそ優れた魔術師が必要な時です。」
「はっ、ありがとうございます。伯の期待に答えられるよう、全力を尽くします」
「それで、もう我が国の王宮に仕えてらっしゃるのかしら?」
「いえ、まだルーンカレッジの学生ですので、実際にはお仕えするにしても卒業してからになるでしょう」
「まあ! まだ学生でいらしたのね。それで姫を救出されるとは頼もしい。もし何か困ったことがあったら、私を頼ってくださいましね。私が力をお貸ししましょう」
力を貸すと言っても当然ただではあるまい。いずれ何か見返りを要求してくることになるだろう。
ジルとの会話を終えると、クリスティーヌは王の方へと向かっていった。会場を引き上げる前に、王に挨拶していくのだろう。クリスティーヌの後ろには、護衛の戦士らしき男が付き従っている。黒髪の長身の男で、歳は30後半ぐらいだろうか。鋭い気を辺りに放ち、一目で只者でないことは分かる。
ジルの視線に気づいたゼノビアが、男について教える。
「あれは剣聖アルメイダだ。知っておいて損はないぞ。剣の強さでいえば、王国で一、二を争う強者だ。王国の武術大会で何度も優勝している。私も剣だけでは奴に勝つことはできない。奴と互角の勝負が出来るのは、王国でも我が近衛隊のルーファス隊長のほか、5人も居ないだろう。奴は王国にではなく、クリスティーヌに側近として仕えている。何が奴にそうさせているのかは知らぬがな。奴を護衛として連れているのだから、クリスティーヌもさぞかし安心できるだろうさ」
ゼノビアが敵に回したくない人間の一人らしい。
晩餐会はそろそろ終わりに近づいていた。貴族たちもすでに大半が会場を後にしていて、残っているのはわずかであった。
「ふうっ」
ジルは思わず溜息をついた。慣れない貴族との会話で随分疲れたようだ。自分には王宮というところは慣れないことが多すぎる。そろそろ一人になってもいいだろう、ジルはそう思い一人テラスへ向かったのだった。
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