第24話 晩餐会1

 晩餐会は夜6時から開かれた。各国からの来賓を迎えたり、王主催の舞踏会が開かれる際に使われる「舞踏の間」が会場として選ばれた。


 ジル、サイファー、ガストンは再び正装を着用し、晩餐会用に胸元を赤いスカーフで飾った。このような場になれていないジルたちのこと、正直なところ身なりは全て侍女の見立てに任せたのである。


 今回の晩餐会の主賓はジルたちであったので、会場に遅れていくわけにはいかない。かなり早めに「舞踏の間」に入ると、すでに貴族や行政・軍の高い地位にある者たちが続々と集まっていた。貴族たちは遠目からジルたちを眺め、品定めをしているかのようである。


 ジルたちは、どうしても自分たちが場違いな人間であるという思いを禁じ得なかった。


 すると、貴族の集団の中からブライスデイル侯がこちらへと近づいてきた。晩餐会のような席では、出席者はまず主賓に挨拶するものである。貴族の最大派閥の長であるブライスデイル侯が、第一にその栄に浴すことにしたのだろう。


「ジルフォニア殿、先ほどは無事に部屋に戻れたかな?」


「ブライスデイル侯、先ほどは大変お手数をおかけしました。私のような者にお手ずから導きいただき、侯の度量に感服いたしました」


「ははは、ジル殿は貴族の社交術をすでに身につけられたのかな?」


「いえ、そのようなことは……。侯、ご紹介します。こちらが私の友人のサイファーとガストンです」


 サイファーとガストンが侯に礼をするが、ガストンのはおざなりになっていてジルは冷や冷やする。


「……サイファー、ガストン、こちらはミルフェン=ブライスデイル侯爵閣下だ。このシュバルツバルトの貴族の中で最大の力を有する方だ」


「ははは。わずかの間に我が国の貴族のことも学ばれたようだな。そなたたちも今日は晩餐会を楽しんでいくが良い」


 ブライスデイル侯は大貴族としての態度を示し、また貴族の輪の中へ帰っていった。


「これが貴族の社交ってやつかよ。慣れないわ」


 ガストンが正直な感想を口にする。


「ジル、ブライスデイル侯を知っていたのか?」


 聞いたのはサイファーである。サイファーも名くらいは知っていたらしい。軍務に関わることで知ったのかもしれない。


「ああ、昼間偶然にな。ゼノビアさんは侯が故意に近づいて来たのだと言っていたがな」


 ジルは昼間のゼノビアとの会話について説明した。


「なるほどな。あの男が貴族社会の頂点にいる男なのか」


「さっきは腹の探り合いをしているようだったよ。もっとも侯は俺がそんなことを考えているとは思ってないだろうがな」


「おおっ」


 貴族の間でどよめきが起こった。広間の入り口を見ると、どうやら国王が会場入りしたらしい。さすがに王へはジルたちの方から挨拶に出向かねばならない。


「国王陛下、本日は我々のためにかように盛大な晩餐会を開いていただき、感謝にえません」


「ふぉふぉ、楽しんでおるかな? 今日はそなたらが主役。そなたらと話したい者が大勢いるのだ。皆と話してくるが良い」


「はは。仰せにしたがいます」


 会場に再びどよめきが起こる。王に続いてアルネラが会場入りするようだ。


「皆様注目下さい! 王女アルネラさまのご入場です」


 侍従の大きな声とともに、ドレスを着たアルネラが隣に男を従えて入場してきた。男はアルネラの手をとってエスコートする。アルネラはやや胸元の開いた純白のドレスに、肩口を赤いストールで飾った衣装である。


「ジル、ここに居たか。ちょうど姫が着いたようだな」


 ゼノビアがジルを見つけて話しかけてきた。ゼノビアは会場の警備も兼ねているようだが、今日は場に合わせてドレスを着ている。彼女の金髪に生える赤のドレスで、戦士の筋肉質な身体を魅力的に見せている。


「ゼノビアさん。姫の隣にいる方はどなたです?」


「ははは、気になるか?」


 ゼノビアは何やら誤解をしているらしい。


「からかわないで下さい」


「隣の方はフランツ=ヘルマン伯爵だ。姫の従兄いとこにあたる。姫の母、つまり王妃さまは伯の叔母にあたるのだ。まあ、いとこと言っても大分歳の差があるがな。王室と婚姻を結んでいるだけに、王室に友好的な貴族の筆頭だな」


 より正確に言うなら、現王妃はヘルマン伯の父の妹である。現王は王位継承を争っていた時、先代のヘルマン伯を味方につけるため婚姻を結んだのである。


「なるほど、ブライスデイル侯とは対極的な立場にある方なのですね」


「そういうことだ。国王派の中でも最も頼りになる御仁だ。さて、それじゃ我々も姫に挨拶しにいこう。ついでに伯にも紹介しよう」


 ゼノビアがジルたちを引き連れて姫の前まで進み出る。


「姫、今宵こよいもお美しゅうございます」


「ゼノビア殿、ごきげんよう。御役目ご苦労ですね」


「王女殿下、ジルフォニア=アンブローズ御前に参りました」


「まあ! ジル殿、よくいらっしゃいました。今宵の宴は私ではなく、ジル殿たちが主賓。楽しんで下さいましね」


 ジルはアルネアの眼を見た。公式の立場とは別に、2人には別の関係がある。アルネアの眼には好意が含まれていた。


 ゼノビアは、姫の隣に立つ貴族にジルたちを紹介する。


「ヘルマン伯、今日の主賓を紹介しましょう。こちらが王女を助けていただいたジルフォニア=アンブローズ殿、サイファー=バイロン殿、ガストン=ラル殿です。ジル、こちらはフランツ=ヘルマン伯爵だ。アルネラ様の従兄弟にあたられる」


「今日の主賓にお会いできて光栄だ。私はフランツ=ヘルマンという。アルネラ様を救っていただき感謝している。アルネラ様は私にとっても他人ではないのだよ。何か私にできることがあれば、なんなりと言ってくれたまえ」


 フランツと名乗った男は優しい笑みを浮かべていた。歳は30前半といったところか、ブライスデイル侯に比べれば大分若い。身分が違うとはいえ、比較的歳が近いのでまだ話が合いそうな気がする。


 しかし貴族の外面が信用出来ないとすれば、この男の笑みもそうなのだろうか。ジルは目の前のフランツを見て、そんなことを考えていた。


 貴族と話をするジルたちを国王が遠くから眺めている。それは若者を暖かく見守る大人の目であった。


「あのジルという少年ですか? 彼のことを大分かっておられるご様子ですな」


 王の隣へと来たブライスデイル侯が話しかける。


「あの眼がな」


「眼?」


「あの野心的な眼が気になってな。ふぉふぉ、わしの若い頃を見ているようじゃ。」


「なるほど。これからの時代に有用な若者ということですか?」


「ふぉふぉ、それはまだ分からんが、今のような戦乱の時代にはあのような者が生まれてくる。ミルフェン、そなたのようにな」


「ははは、お戯れを……」


 この2人、親しく話しているようだが、王位継承の時からの敵同士である。今日の敵は明日の友、そして逆もまたしかり。貴族同士の関係は、表面的な言葉だけでは計り知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る