信ずる―Trust―

氷奈との日常は、壊れてしまった。

彼女が記憶を喪失し、俺の事を忘れてしまったからだ。

だから俺は、全てを教えていくしかなかった。

彼女との日々をすべて語って、そしてやっと気付いた。


何故彼女が俺の元に来たのか……俺はそれを知らないのだ。


「…………嘘じゃない?」

「俺は氷奈に嘘はつかない。約束する」

「……じゃあ、【】。

あなたのスマホに居候させて貰う訳だし、そのくらいは、ね?」


他人行儀。胸が締め付けられる。

もし俺があの時、あの坂を下ってなければ。

もし自転車じゃなく、徒歩だったら?

もしスマホの予備バッテリーを、すでに持っていたら?

彼女が傷つく事は無かったんだろうか?

考え出したらキリがなかった。


でも彼女は、そんな俺を信じると言ってくれた。ならば俺も、それに見合う様にならなければ。




その日から、俺と氷奈は1日1つ、質問をしていく事にした。

1歩ずつ、お互いの事を知る……。

そうすれば、彼女はもしかしたら事故以前の事を思い出すかも知れない。

そして俺も、彼女をもっと深く知る事が出来るかも知れない。

これはお互いにとって得になる判断だった。


最初の質問はお互いの趣味だった。

「ゲーム、かな。上手くはないけど」

『ネットサーフィンかなぁ。楽しいから』


次の日にはお互いの特技だった。

「落書きだな。白いノートにごちゃごちゃと色々書くと落ち着くんだ」

『暗号の解読なら私、大得意だよ!』


その次は苦手なモノ。

「虫。特に脚がいっぱいあるヤツ」

『水のが怖いよ。濡れたら壊れちゃう』


何も。何1つも、お互いの共通点なんて無かった。食べるモノも見る夢も、果てには将来の夢さえも……。


「叶わないかもだけど、空を飛びたい」

『ここから出て、自由に歩きたい』


自由、が何からの自由かは考えなかった。

無論、問う事もしなかった。

それを訊けば、俺がと思ったからだった。


それでも彼女の思う『自由』に、そこにいる彼女の隣には俺がいると信じたかった。

それで、自分の気が楽だったからだった。

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