成長する―Grow―
日がやっと南中した頃、少しだけ喧騒が聞こえる様になった。
祭が始まったのだ。
『早く行こうよ!』
「焦るなって。花火なら夜だろ?」
『違うよ、屋台行きたいの!やっぱり祭と言えば屋台のリンゴ飴でしょ!』
「食べられないのに?」
『そういう問題じゃないの!!とにかく行こうよー!』
分かった分かった、と俺はペダルを漕ぎ始めた。祭の開かれる公園までは、緩い下り坂を下る事が出来る。
足をペダルから離し、物理法則の赴くままに坂を下ってみる。
『……っ』
突然、氷奈が息を詰まらせた。
「どうした?」
『――――!!!』
何故だろう、音が聞こえない。
物凄い風圧が鼓膜を引っ掻く。
スマホから目を逸らし前を見てみる。
すぐ目の前に、光が2つ。
気が付くと、ベッドに横たわっていた。
自室のものじゃない、もっと高いヤツだ。
「……気が付かれましたか?」
「ここ、は……ヒナは、?」
「よく助かりました、あなたが事故に遭った後すぐに通報が入り、あなたは命を救われたんですよ。あと少しでも処置が遅れれば、大惨事は免れませんでした」
――――氷奈だ。俺はすぐ確信した。
「骨折してますから安静に。くれぐれも、祭に行こうだなんて考えないで下さいね」
医者よ、それはフラグと言ってだな……。
俺はそんなセーブ、聞こえないぞ。
医者は病室から去った。と同時に俺はベッドから体を起こそうと藻掻こうとした。
激痛が全身を駆け巡り、声無き絶叫が腹の底から出た。
「だから言わんこっちゃない。どうせ彼女との約束に遅れてたとか何とかでしょう」
医者は部屋のドアの向こうで立っていたらしく、すぐに入室して来た。
しかもその医者、よく見たら知っていた。
「……
「
そんなんだから美術部向いてないって腐るほど言ったのよ。どうせ美術部入ったのも女の子がいっぱいいるからでしょ?」
「違うよ、そんな訳ないじゃん!!俺だって絵くらい描けるし!……風景画なら」
俺は痛いところを突かれたな、と思った。
やはり母ちゃんには口では勝てない。
「とにかく、大人しくしてなさい。
その壊れたスマホなら買い直してあげるから」
……は?
慌てて、傍らにあるスマホを見てみる。
とてもじゃないが、直視したく無いほど滅茶苦茶に壊れていた。
真っ二つにしては基盤やら何やらが剥き出しになってしまっていた。
「氷奈…………」
最期に彼女は、俺を助けてくれたのだ。
彼女は何と言っていたのか。
それももう、今になっては分からない。
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