第4話誓約

 「ど、どうして君がここにいるんだ」


 現れたのは白髪の少女。

 壊れた天井から漏れ出る月明かりが少女を照らし神秘的な姿へと変えている。


 「お前までここに来てたのかぁ!」


 突然怪物が少女に向けて声を荒げる。

 どうやら怪物は少女のことを知っているようだ。

 そんなことを考えられる余裕があることに自分でも驚きながらどうにかしてここから逃げることを考える。

 正直ここには俺以外まともなやつはいない。

 悪魔のような巨大な怪物に空から飛んできた白髪の少女という意味不明な奴らしかいない。


 「おい! アカリ!」


 ばれないようにこっそりと出口に向かおうとすると突然きりっとした声に呼ばれ、身体が強張る。

 声をかけてきたのは少女の方で外見に見合わずすごい声を出す。


 「アカリ、やっと見つけたと思ったら記憶を失っておるじゃと!!」


 すごい剣幕でこちら来た少女は小さい体をいっぱいまで伸ばし俺の胸ぐらをつかむ。

 青く澄んだ瞳が俺を睨んみつける。


 「ああーもう! この身体使いづらいのう! もう少しどうにかならなかったのか! ってそんなこと今はどうでもいいのじゃ! お主ほんとに何も覚えとらんのか! アルトリアで過ごした記憶は!」

 「ちょ、ちょっと落ち着いて! 君が何を言っているか分からないし、正直めちゃくちゃ気になるけど今はほらあっち見て!」


 俺が指を向けた方向にいるのはなんでか待ってくれている怪物くん。

 

 「ああ、そういえばおったの。忘れておったわ。久しぶりだな、モーリス」

 「え? 知り合いだったの!」

 「知り合いというか同郷じゃな。お前も知っているはずじゃが記憶が無いんだったな」


 なんだかいろんな情報が錯綜して全く処理できてない。

 完全に置いてけぼりを食らっている。


 「それにしてもモーリス。お前、にやられてしまったようだのう。一体いつからこの世界におったのだ?」

 「はぁ、はぁ、ひ、ひ、ひひひひひめめめめめめめさささささまままままままはどどどどこここここだだだだだだぁぁぁぁぁぁ!」

 「ああ、もう飲み込まれてしまったのか……。お主はいい奴だったのに。あいつにはわしから伝えておこう」


 すたすたと怪物の方に歩み寄る少女にはなぜだか不思議な雰囲気が出ている。というか現実になんか出ている。何て言えばいいのか分からないが羽の形をした鉱物みたいのが出ている。幻覚かと思ったら現実リアルだった。

 怪物は自分よりはるかに小さい少女に向かって大きな手を使ってつぶそうと振り上げている。


 「危ない! 逃げろ!」

 「ふん、この程度なにを言うておる」


 振り下ろされた巨大な手のひらは少女をぺしゃんこに潰すはずだった。

 しかし少女の小さな身体はあろうことか怪物の手をいともたやすく受け止める。

 そして背中に生えた鉱物のような羽を怪物に向けて薙ぎ払うと怪物の身体はバターのようにいともたやすく細切れになる。

 血の匂いが一瞬にして倉庫内に蔓延し、思わずせき込む。

 

 「邪魔者はいなくなったな。さて……久しぶりじゃのうアカリ。いや今はあかりか」

 「……」


 こちらに向かって悠然と歩いてくる少女を俺は黙って見るしかなかった。

 しかし少女の背後、細切れになった怪物の破片がなにやら気持ち悪い動きをしながら集まりだしている。

 あーあれは復活する前兆だ、などと考えている場合じゃない。


 「お、おいあれ。なんか集まってるけど絶対に再生してるぞ。あのままでいいのか?」

 「ん? ああ、やはりか。めんどくさいのう」

 

 ちらりとこちらを向き俺を見ると少女はポンと手を叩くと「そうじゃ!」とつぶやきニヒルな笑みを浮かる。

 

 「ちょうどいい。アカリわしと再び誓約エンゲージを結ぶのじゃ!」

 

 ひどく可愛げのあるポーズで小さな体を大きく見せようとするところが可愛い。

 それは置いといて……


 「契約?」

 「そうじゃ。わしとお前はアルトリアで契約を結んでおったのじゃ。契約を結べばあやつを完全に消滅させることができる。さぁまた共に戦おうぞ」


 こちらに向かって白く小さな手を差し伸べてくる少女。

 その手を俺は迷わず掴んでいた。

 なぜ手を取ったのか、それは俺にもわからない。

 しかし少女がここに来た時なぜだか安心というかしっくり来た。パズルの最後のピースがはまった時の感覚。そんな感覚が全身に満ち溢れた。


 「わかった。君を……信頼する。というか俺にもわからないけどなんだか君がいるとしっくりくるんだ」

 「ふふふ、なんじゃお主、前と変わらんではないか。さすがはわしのアカリじゃ。ではこちらのこい」


 満面の笑みを浮かべる少女が顔が徐々に近づいてくる。


 「我は世界の理を壊し、造り変える物! 我は望む者に仕え、与え、叶えるために使われる! 我を使う者は心せよ! 今こそ刃をつかみ世界に己を示せ!」


 高らかに世界に向けて宣言する少女ーーノトスはそのまま顔を近づけてくる。

 青い瞳に見つめられながら視界にはノトスの美しい顔しか見ることができなくなる。

 世界から音が消え、色が消え、冷たくやわらかな感触だけが俺の感覚を支配する。

 時間にして一瞬。彼女の唇が俺の唇から離れるとまばゆいほどの光が視界を覆い尽くす。

 

 「ッ!…………なんだ! これ!!」


 突然脳内に俺の記憶にないイメージが流れ込んでくる。

 知らない世界、知らない人物、知らない出来事。そして……。

 知らないはずなのになぜだか自分の経験したことだとはっきりとわかる。


 「う、うああああああああああああああああああああああ!!」


 視界に映るのは完璧に体が再生し起き上がる怪物。しかし激しい痛みが全身を襲い、視界が暗くなる。

 やばい……意識が……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る