第3話再びの邂逅

 「やはり……この世界に……おったのか…………」


 言葉を紡いだ途端、糸が切れたように身体が崩れ落ちる少女。

 

 「おい! 大丈夫か?」


 突然倒れた少女に駆け寄り身体を起こそうとするがどうやら気絶したらしい。小さな肩が静かに上下に動いている。

 しかしこの子が言った言葉。明らかに俺のことを知っている感じだった。

 記憶を失う前の俺と面識があったのか?

 唯一何か知っていそうな靄さんのことを見ると向こうもこちらを見て何か考えているのか口に手を当て黙っている。


 「靄さん。この子は一体?」

 「…………この子は東京で発見されここに連れてこられた。それ以上は言えないんだ、すまない」

 

 東京で見つかるなんてこの子も生き残りなのか……いや5年も経ってるんだあり得ない。でも今は隔離されて入れないし……

もう一度靄さんを見てはっきりとした答えを求めようとするが誰かに電話していたのでこちらに気付かない。

横たわる少女はどう見てもこの世のものとは思えないほどの雰囲気を纏っている。

 電話を終えた靄さんはスマホを白衣にしまいながらこちらに歩いてくる。


 「今医療班がこちらに向かっている。多分すぐに来るだろう。……もう何も聞かないのか?」

 「…………聞いたって答えてくれないでしょう? それに靄さんの立場も分かってますから」

 「ほんとにすまない……」

 

 3分ほどして防護服を着た人が大勢靄さんの部屋に入ってきて気絶している少女を連れていく。


 「あの子、どこに連れて行かれるんですか?」

 「とりあえずは医療センターだろうな。そこで詳しく検査したら……拘束されるだろうな」

 「ほんとにあの子がさっきの爆発を?」

 「ああ、間違いない」

 「でもどうやって?」

 「それも機密情報だ、君には言えない。…………さて、私も一緒に行かなければならない。今日はここまでだな」


 そう言うと靄さんは防護服の人たちと一緒に部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残された俺はすぐさま帰る準備するとスマホでタクシーを呼び外に出る。

 霞に会いたい。

 なぜだか分からないがただその気持ちだけがあふれ出てくる。

 すでに外は暗く夕日は完全に沈んでおり、新都庁を照らす光は人工的な光へと変わっている。

 ちなみにさっきの爆発でパトカーや消防車、救急車などは来ない。新都庁で起こったことはすべて新都庁内で解決されると以前もやさんが言っていた。

 出口にはタクシーが待っており来た時と同じ運転手がドアを開けている。


 「お客さん、また会いましたね」

 「ああ、さっきの。またよろしくお願いします」


 行き先を告げ、ポケットからスマホを取り出しかすみに電話をかける。

 

 「もしもし、霞?」

 「なによ? いきなり電話なんかしてきて」

 

 いつもはあまりしない電話に塩対応な霞。

 

 「もう家にいる?」

 「まだ早苗たちとカラオケだけど。もう少しでお開きになると思うから多分8時前には家に着くわね。それがなにか?」

 「いや、特に意味はないんだけど。なんとなく早くか会いたいなと思って……」

 「な、何言ってんのよ急に! ていうかあんたは今どこにいるのよ?」

 「今タクシー。あと20分くらいで家に着くかな」

 「あんた、大丈夫だったんでしょうね?」


 いつもかけてくれる言葉に思わず口元が緩んでしまう。

 なんだかんだ言っていつも心配してくれている霞を今はとても愛おしく感じる。


 「大丈夫、何の問題もなかったよ」

 「そう、ならいいのよ」

 

 向こうで霞がほっとしたように息を吐くのが聞こえ、さらに頬が緩んでしまう。


 「心配してくれてありがとう」

 「べ、別にあんたを心配してなんかないから! あ、あんたがいなくなると私が家事を全部やることになるからそれが心配なだけだから! 勘違いしてんじゃないわよ!」

 「はいはい、そうだったな」


 スマホから唾が飛んできそうな大声で叫んでくるが、こういう返しが来ることが分かっていたのでスマホを耳から離していたが正解だったようだ。直撃したら鼓膜が終わっていたかもしれないな……。

 相変わらず良いツンデレ具合だ。ここまであからさまなのは稀だろうな。


 「ま、とりあえず後15分くらいで家に着くから霞は飯どうする?」

 「ご飯は用意しておいて。私も30分くらいして家に帰るわ」

 「了解、適当に作っとくわ」


 電話を切りスマホをポケットにしまい窓の外を眺める。


 「お客さん、彼女さんですか?」

 「まぁ、そんな感じですね」

 

 この運転手よくしゃべりかけてくるな。まぁそういうのも仕事の内なんだろうけど。

 そうだ。今日の飯は霞の好きなハンバーグにでもするかな。材料があればいいけど……。

 移ろう景色を見ながらこの後の予定を立てていくとふと窓の外がいつもとは違うことに気付いた。


 「あの運転手さん、この道は違うような気がするんですが……」

 「いいや、こっちで合ってますよ」


 ルームミラーに映る運転手の顔はにこやかに微笑んでいるがどこかうすら寒さを感じる。

 おじさんかと思ったが意外と若いな……。

 顔はどこかのイケメンアイドル事務所に所属していそうなほど整っており、程よく膨らんだ制服が体を鍛えていることがうかがえる。

 するといつの間にかタクシーは人気のない倉庫街に入っており、窓から見える景色は全て倉庫だけになっている。

 タクシーを一番奥の倉庫に入れると急に止まり、こちらb振り向いてくる運転手。


 「あの……ここどこですか?」

 「あの御方に会ったのか?」

 「はぁ?」

 「あの方に会ったのかと聞いてんだ!」


 突然叫びだす運転手は正気を失っているように見え、先ほどまでの整った顔は今や見る影もなく歪んでいる。額からは汗が大量に出ており、目の焦点は合っていない。

 

 「あの大丈夫ですか?」

 「はぁ……はぁ……。いいからさっさと質問に答えろ」

 「はぁ、まずあの御方っていうのが誰のことを言ってるのかわからないんですが」


 すると運転手は目を見開き唖然とした表情を浮かべる。


 「ひ、姫様を覚えてないと言っているのか? そ、そそそそそんんんなななこここと! ゆるされるはずがななないいいいだろぉぉぉぉぉぉx!」


 もはや呂律が回っていない運転手をよく見てみると体がさっきより大きくなっているように見える。

 正直怖すぎて膝が笑ってここから逃げることができない。


 「あ、あのすいません。多分誰かと間違えてらっしゃるのではないかと思われますが……」


 思わず敬語になってしまった。

 しかし俺が言ったことなど聞いていない運転手はもはや人とは言えないほどの大きさになっており、背中からは蝙蝠こうもりのような翼が生えている。肌は黒く、顔には角が二つ生えており見た目は完全に悪魔になっている。


 「………………」


 怖すぎて何も言えないな。

 しかしなぜだか不思議と落ち着いている。

 まるで自分じゃない第三者がこの状況を認識しているようだ。


 ドォォォォォォォォォォン


 倉庫に響く轟音は天井から飛来した何かによって巻き起こされた。

 俺と怪物の間に飛来したものは今は煙のよって隠れているがわずかにシルエットが見て取れる。

 あれは人? 人が飛んでくるなんてあり得るのか?

 あの怪物を見ている以上何が来ても驚かないと思うが……。


 「貴様はまさか!」


 どうやら怪物は飛来したものの正体を知っているらしい。

 煙が晴れてきてやっと飛来したものの正体に気付く。

 俺も知っている相手だった。


 「ど、どうして君がここにいるんだ?」

 「………………」


 煙の向こう側、現れたのは新都庁で出会った白髪の少女。

 俺の記憶のカギを握っているかもしれない少女だった。

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