第2話出会い
「はぁ……」
やってしまった……。まさか今日がレポート提出日だったなんて……。
目の前にはまだ半分も終わっていないレポートの山。
後1時間で終わるのは無理だろうな。
これ出さないと単位が危ぶまれる。
「なにため息なんてついてるの?」
椅子が倒れないようにバランスを取りながら顔を後ろに向けるとそこには逆向きに見える見慣れすぎた女の顔があった。
「なんだ……、霞かよ」
「私で悪かったわね。何か文句でもあるの? って、何よそれ?」
俺の手元にあるレポートを見た霞の口が三日月に裂ける。夢に出てきそうな顔だな。もちろん悪夢として……。
「はは~ん、なるほどね。もしかしてあんたまだレポート終わってないんだ~」
突然勝ち誇ったような笑みを浮かべる霞。相変わらず察しのいい奴だな。
こいつにだけは見られたくなかった……。
ん? いや待てよ……確か……。
「霞、この前お前に5000円貸したよな?」
「な、な、な、何のことよ!! そ、そ、そんな事実はないわ!! 私の記憶にないもの!!」
相変わらず動揺が手に取るようにわかるな。こいつこんなんでこれから大丈夫かね。
しかし予想通りの反応。ちゃんとサイン貰っといてよかった。
「おいおい、この前新しいゲームが出るけど金が足りないから貸してって言っただろ。忘れたとは言わせないぞ。ここにレシートとサインも残ってるしね」
財布に入ったレシートを片手でひらひらと見せるとそこには霞のサインが書かれている。
レシートを見た途端霞の顔から表情という表情が消える。
「燈……あなた、レシートを残すなんてどんだけお金にがめついのよ。ちょっとは忘れたふりしてそのままにしてやろうとかそういうのはないわけ!!」
「ふはははははは!! さぁ5000円を返すか俺にレポートを写させるかどちらにする!!」
ふん、普通ならここは俺にレポートを写させるだろう。写させるだけなら霞に害はないからな。
しかし、こいつがそんな簡単に見せてくれるか……。
「……足りない」
「なんだって?」
「5000円じゃ足りないって言ってるの!! 私のレポート見たいなら!!」
えー……。まさかそう来るとは思わなかったわ。
頬をぷくぷくと膨らませ怒った様子でこちらを見てくる霞。
可愛いな……。
「はぁ……じゃあ後いくら欲しいんだよ」
俺もまだまだ甘いな。
「お金じゃなくて……、写し終わったらデ、デートしよ……」
「………………」
お、おう。これはまた予想の斜め上の要求してきたな……。
澄ました顔をしているが顔が真っ赤になっている。
可愛いな。
しかしこのあとは……。
「ね、ねぇ、どうなのよ。私たち先週から付き合ってるのよね。デートくらいしてもいいんじゃない?」
「悪い……。このあと検査の日だからちょっと……」
「そっか、そういえばそうだったわね……。なら明日でいいわ」
「それなら大丈夫だな。じゃあ明日どこか行くか」
「分かったわ。約束ね」
満面の笑みでうなずいてくる姿は控えめに言っても可愛い。
手を後ろでくみ頬を赤く染めた霞は時折スキップを混ぜながら小走りに去っていく。
「ったく、霞の奴、あんなしおらしかったか。…………ん?」
あれ、何か肝心なことを忘れているような……。
「ああああああああああああああ!! レポートぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
はい、終わりました……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ……」
「お客さんどうしたんですかため息なんてついて」
「まぁ学校で色々あったんですよ」
タクシーの中から見える景色を眺めながら今日3度目のため息がこぼれる。
何とか霞を見つけ出し時間ギリギリに提出できたレポートのことを思い出す。
「そろそろ着きますよ」
窓から見える景色が緩やかになり見慣れたビルが見え始める。
新都庁。
東京の大部分が隕石によって無くなり日本政府が隕石の研究機関兼東京復興のために設立させた。国民からは多くの反発があったが現在の首相の
新都庁ビルのガラスが夕日を反射しオレンジの光をまき散らしている。
「東京がなくなってもう5年も経つんですね。お客さん学生さんなのに新都庁に用があるなんて一体何者なんです?」
「ただの学生ですよ。知り合いがあそこに勤めててちょっと呼ばれただけです」
あらかじめ用意していた回答を話すと納得したのかそれ以上は何も聞いてこないまま目的地に着く。
タクシーから降りると凍った風が体を打ち付けてくる。吐く息が白くいよいよ本格的な冬が到来したことを告げてくる。思わず首に巻いたマフラーで口元を覆い着込んだコートのポケットに手を突っ込む。
ここに来るたびに見えるのは名前が書かれた巨大な石碑。その前には様々な色をした花が置かれている。
「相変わらず壮大だな……」
もう何回もこの慰霊碑を見ているがその圧倒的な存在感には毎度のこと驚かされる。
1000万人。
この数を聞いた日本人はまず間違いなく東京のことを思い浮かべるだろう。
5年前の1月1日、突然隕石が落ちて東京が消滅し数え切れないほどの犠牲者を出した大災害。
現在東京は高さ50メートルの壁に覆われており誰一人として中には入れなくなっている。
「……ここにほんとに……」
ついこぼれた呟きは目の前にある慰霊碑にしか聞こえなかっただろう。
「なに一人で黄昏ているのだ」
慰霊碑の奥、さらに巨大なビルである新都庁の入り口から白衣を着た女性が現れ俺に声をけてくる。
「両親の名前はどこかなって探してただけですよ」
「そうか……」
この白衣を着て口にはいつものチュッパチャプスを加えた女性は俺の担当医であり霞の母であり俺の保護者でもある真刀
「靄さんいつも通り髪が立っちゃってますよ。人前ではしっかり整えろって霞が言ってませんでしたっけ? 羞恥心はないんですか……」
靄さんの髪は霞と同じ綺麗で長い茶髪だが今や艶が失われ重力に反し逆立っている。
この人、髪を整えればかなりの美人なんだが……。
クール系な美人の髪がぼさぼさだとなんだか違和感しかない。
「家族の前なんだから別に恥ずかしくもなんともない」
「家族というか保護者でしょ……」
「あら私は息子同然に思っているのだが。燈は私を家族と思っていないのかい?」
「そういう言い方は卑怯ですよ」
「ふふふ、大丈夫、燈の気持ちはわかっているつもりだよ。もちろん霞のこともね」
この人はいつもそうだ。時折見せる母親らしさにこちらが少し照れてしまう。というかこう心に来るものがある。20歳なのにヤバイな……。
「さて時間も時間だ。そろそろ私の研究室に行って検査を始めるとするかい?」
「そうですね。行きましょう」
靄さんが出てきたビルに向かい受付で手続きを済ませ三階にある靄さんの研究室に向かう。
途中何人かとすれ違ったが特にじろじろ見られることもなく過ぎ去る様子を見て靄さんの日頃の姿がうかがえる。やはりこの人は他人の前でも髪はぼさぼさなのだ。
3分ほどして靄さんの研究室に着く。部屋の中は髪とは打って変わって綺麗に整理整頓されておりとても綺麗だった。
「部屋はとてもきれいですね」
「当たり前だろう。ここには患者も来るんだ」
靄さんは5年前の
「さて検査を始めるか」
「よろしくお願いします」
月一で行われる検査、といっても靄さんの質問に答えるくらいで検査らしい検査はしない。
正直電話でもいいと思うのだがどうしても会って行うと靄さんに言われたのでこうして毎度来ている。
「さてでは何か思い出したことはないか?」
「ないですよ。何か思い出したらすぐに連絡しますって」
「ふむ」
毎回聞かれる記憶についての質問。
特殊な事情というのは俺は東京消失の唯一の生き残り
というのも俺には全く記憶がない。
事故のことも、それ以前のことも、それに家族のことも……。
生活には支障がないが記憶のせいで俺の身元を確認できないので家族の名前も全く分からない。
「身体的や精神的に何か異常を感じたりは?」
「まったくもって無いですね。すこぶる元気です」
順調に質問をさばいていく。
そろそろ終わりの質問が来るだろう。
「では最後の質問だ。霞とは最近どうなんだ?」
「はい。とても順調……」
ん? 何かいつもの質問と違う質問が来たような……。
「あのー靄さん。今なんて質問したんですか?」
「ん?
「…………」
「私はとても嬉しいぞ。そろそろだと思っていたんだ。法律上何の問題もない。これで晴れて燈も正式に私の息子になるんだな」
「…………」
嬉しそうに話す靄さんを見て何も否定できない俺。
別に間違ってたことは言ってはいない。というよりほとんど合っているだろう。
別に隠すようなことでもない。いずれ話すつもりだったし。
「はぁ、そうですよ。付き合い始めましたよ、先週から。ほんとはしっかり霞と一緒に報告したかったんですが。でも結婚とか今は全然考えてないですからね。俺らまだ
「ふむ。私は早い方がいいと思うんだが。まぁそれは本人たち次第だな」
こうして若干のイレギュラーはあったがつつがなく検査が終わり、帰る準備をする。準備といっても
ゴォォォォォォん!!
「!!」
「!!」
突然の轟音に俺と靄さんは顔を見合わせると部屋中にサイレンの音と放送の声が響く。
「緊急! 緊急! ビル内で爆発がありました! ビル内で爆発がありました! 原因は現在調査中ですがビル内にいる人は至急外へ避難してください。繰り返します、ビル内にいる人は至急外へ避難してください」
ゴォォォォォォん!!
再びの爆発音に俺と靄さんは急いで部屋から出ようとすると突然明かりが消え闇が部屋を支配する。
「大丈夫だ、すぐに非常電源に切り替えられる」
靄さんの言葉を裏付けるように5秒もしないうちに部屋には明かりが戻る。
「さっさと避難しましょう…………。!!」
すぐさま靄さんの手を取り一緒に行こうとするが部屋の出口を塞ぐように人影が現れていた。
まず目に入ったのは長い白髪。透き通って輝く白髪は光の反射具合で銀髪のように見える。背丈は10歳ほどだろうか。病的なまでに白い肌にはシミなどは一切なくただそこにいるだけで全ての色が白に染まっているように見える。
「君も早く逃げないと……」
「燈、その必要はない」
靄さんが俺と少女の間に割って入り白髪の少女を睨みつける。
「なぜ、ここに来たんだ? 君はまだ検査の途中だろう。あんな爆発まで起こして」
どうやら靄さんはこの少女のことを知っているらしい。
しかもまるでこの少女が爆発を引き起こしたかのような言い方をする。
「この子のこと知ってるんですか? それにその言い方だとまるでこの子が爆発させたみたいな言い方じゃないですか」
「…………」
「…………」
靄さんも少女も何もしゃべらない。
ただ少女はここに現れてからずっと俺のことを見ている。
すると少女の小さな口が何かをしゃべろうと開き始める。
「やはり……この世界に…………おったのか…………」
この時確かに俺の世界が変わりそうなそんな感じがした。
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