書き続ける理由(ご主人様/作者/創造主編)三人称

 がやがやと騒がしい居酒屋の店内。

 しかし、そこだけしんと静まり返っていた。

 長方形のテーブルに椅子が4つ並び、男が4人それぞれ座っている。

 壁を前に右手に座るのは40代のサラリーマン。髪を短く刈り上げ、がたいのいい男だった。

 その男の隣には、ジーンズにTシャツを着て、髪を茶色に染め上げた――軽そうな笑顔を浮かべる20代前半の青年。

 その向かいに座るのは神経質そうにメニューと睨みあいを続けている青年だ。白いシャツに黒地のパンツを着ているのでサラリーマンだと思われる。日に焼けていない白い肌、もやしっ子とあだ名がついていそうな20代の男だった。

 そして、そのもやしっ子の隣に座るのが、この物語、ドリームランドの生み親でもあり主人公の紙屋マモルだ。社会人経験2年で、茶髪の青年ともやしっ子に比べると幾分大人に見える。

 服装は家が近くだったため、着替えておりラフなシャツにチノパン姿だった。


 今日の集まりは、いわゆるオフ会である。

 ブランクは空いていたが、オンラインで特定の仲間を作らず一人で創作を続けていたマモル。しかし、筆山リコ(ペンネームは星野セレス)が自分のブログに書き込みを行ったことがきっかけで、リコとやり取りするようになり、そのうち1人2人と仲間が増えていった。

 4人まで膨れ上がった創作仲間は住んでいる場所が近いこともあり、オフ会を開くことになったのだ。


 それで、今日、とある居酒屋でオフ会という飲み会を開催していた。

 10代のリコはお酒が飲めないこともあり今回は参加していない。



「……それではまず乾杯から始めましょうか」


 沈黙を破ったのは一番年上の毛利Oh Guy。本名は森嶋タロウ。毛利は美少女が活躍するファンタジーバトルものを書いている物書きだ。

 生ビールが注がれたジョッキを持つように促し乾杯と、オフ会はスタートした。始めは自己紹介。4人はそれぞれぼそぼそと自分のことを紹介する。

 紹介と言っても、とりあえず本名、学生なのか、社会人なのか、それくらいだ。

 学校の自己紹介、会社の面談ではないのだから、話すことはない。


 オフ会といいつつ、話はとぎれとぎれで、盛り上がることはなかった。しかし、折角集まったのだからと誰一人帰ると言いだすことはなかった。皆が何を話していいのかわからぬまま、お酒だけは飲む量が増えて行く。

 そのうち、お酒がまわって来たのか、皆の口が軽やかになってきた。そして盛り上がり始める小説談義。


「ゆうまさん。ゆうまさんは、勇者ライアンシリーズしか書いてないけど、他に書く予定はないの?」


 ゆうま――マモルのペンネームである。本名も名乗ったはずなのだが、誰一人本名で呼び合うことはなかった。

 マモルにそう聞いて来たのは、大学生のハイシュウ、こと北田モリオである。酒に酔い頬をほんのりピンクに染めている。


「……うん。まあね」


 他のものなんて書いたら、るほーに何を言われるかわからない。内心そう思いながら、マモルは答える。


「すごいな。俺はそれはできない。だって一つだけ書いてたら飽きちゃうでしょ?ゆうまさんはそんなことはないんだ」

「うん、まあね」


 ここでもマモルは曖昧に返事する。


「毛利さんはたくさん書いてるよね。なんかすごいポイントだけど、コツとかあんの?」


 40代、40代の彼にその口の聞き方はないだろう。マモルは思わずそうつっこみを入れたくなったが、何も言わなかった。毛利Oh Guyは年齢からして会社ではそこそこのポジジョンのはず、こんな口の聞き方をする部下に注意する立場のはずなのだが、気分を害した様子はなく、口を開く。


「コツと言えば、更新の数。毎日何度も更新する。だから俺は書きためてから予約投稿する」

「ほお、そうなんですね。なるほど。じゃ、成田さんは何かコツとかあんの?成田さんはさあ、更新なんかたまにしかしないのに、すごくポイント稼いでるんじゃん」


 もやしっこ、いや成田ヤスハタこと、川部のりたはハイシュウの言葉にふふんと鼻を鳴らす。その様子から、成田ヤスハタはかなりの自信家のようだった。書いているものは歴史を元にしたファンタジー小説で、投稿サイトのランキングに食い込むこともしばしばの、この面子の中では一番のポイントを稼ぐ物書きだ。

「コツねぇ。コツといえば、あれだよ。お涙頂戴。話を面白くするんだよ。だから、主人公を悲惨な目にあわせて同情を引きまくり、いいところで持ち上がる。やっぱり、そういうの大事だからさ」

「はあ。そうなんだ。俺にはできないなあ。なんか痛いでしょ。そういうの」

「だから、ポイントが稼げないんだよ。ほら、韓国ドラマとか皆そんな感じだろう?あれが大事なんだ」


 神経質な顔をしながら相手を傷つけることはいとわないようだ。質問したハイシュウは落ち込んだ様子を見せる。この中で一番若い彼は外見とは反比例して繊細な心をもつ青年のようだった。


「まあ、そういうのも大事だけど。一番大事なのは楽しむことだ。ポイントがいくら高くても、自分が好きじゃない話を書いてたら辛いだろう?ポイントが低くても楽しめればいいだ。ゆうまくんもそう思うだろ?」


 一番年上の毛利は人生経験も豊富だ。ハイシュウを慰めるようにして、マモルに話を振る。


「そ、そうですね」


 突然話を振られ、戸惑いながらもマモルは頷く。


「ゆうまくんはすごいよな。ずっと一つのシリーズを書いてるだろう。しかも悪いが、ポイントもほとんどないみたいじゃないか。やっぱり書くのが楽しいから続けてるのかい?」


 ポイントがない……痛い一言であったが、悪意はないと知っているのでマモルは愛想笑いを浮かべる。


「はい。まあ、そうですね」


 本当なら、家に大魔神るほーという物の怪がいて、脅すんですよと答えたいところをマモルはそう答える。るほーがいなければ、マモルはとっくに書くのをやめていただろう。小説を書くことで、るほー達と共に過ごせる。だから、マモルは書き続けていた。

 寝不足に陥ること何十回。しかし、マモルは、るほー達を別れることを考えられなかった。


「ふうん。まっ、そういう考えの人もいますけどね」


 もやしっこはそうまとめられ、納得してない様子だが他人を攻撃する資質は、ありがたいことに備えていないらしい。

 あまり飲めない彼は、女の子が飲むようなカクテルに口につけ、つまみに箸を伸ばす。


 初めてのオフ会はこうした内容で、マモルはなんだか釈然としない思いで帰路につく。家のパソコンを開くと、メッセージが届いていた。それは筆山リコからで、オフ会の内容を聞くものだった。

 とりあえず「まあまあ、楽しかった」という無難な返事を出す。

 そしてネットサーフィングをしていると背中に気配を感じる。


「……おい」


 そう呼ばれ、マモルは溜息を吐く。

 振り向くと何時もの通り、るほーがいた。シリーズは「8」を迎え、その定番の姿は金髪の王子様になりつつある。しかし、彼は諦めていないらしく、元に戻せと毎回マモルをせっついてく。


「今度こそ、元に戻すだろうな?」

「……ああ」


 ここでもマモルは曖昧な返事をする。

 るほーが大魔神本来の姿になると、この部屋に現れるのもその牛の化け物の姿だ。そうなると心臓に悪いので、マモルとしてもるほーを元に戻すつもりはなかった。


「プロットは作ったのか?」


 大魔神は背後霊のようにマモルの後ろに立つとパソコンを見つめる。


「……まだのようだな」

「今日は勘弁してくれよ。オフ会行って疲れてるんだから」

「オフ会?なんだそれは?」

「あー、物書き仲間の集まりだよ」

「ふーん。疲れているなら勘弁してやる。明日来るからな」


 最近めっきり素直になったるほーはそう言うと煙のように部屋からいなくなった。

 それにすこし寂しさを感じながら、マモルはパソコンを閉じる。


 小説を書き始め、るほーと夢で会ってから7年が経とうとしていた。 

 すでにるほーといることが生活の一部と化しているマモルにとって、小説を書くことをやめること――るほーと別れることは考えられなくなっていた。


 ポイントがないのに小説を書き続ける理由。それはきっとマモルがるほー達と過ごしたいから。毛利達には、るほーのことを説明できない。だが、もし説明することが出来たら、マモルはきっと毛利にそう答えていただろう。

 

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