筆山リコの場合(執筆仲間編)三人称
「けっ。なに、偉そうに書いてるのよ。この人」
筆山リコは興味本位で読んだ他人のブログの記事に毒づく。彼女は趣味で小説を書いている。今日はネタが浮ばず、同じように小説を書いている仲間を見つけようとネットサーフィンしていたのだ。
そこで目に止まったのが、ゆうまという人物のブログ。読み進めて後悔した。つまらない作品、ポイントもろくにないくせに、小説書きのことを熱く語っている。
「完結大事? 完結させても面白くない話ばかり書いたら意味ないじゃないの!」
リコは自慢ではないが小説を完結させたことがない。面白いネタが浮かぶと書き始めて投稿、そして放置というパターンが多いのだ。
しかしながら、ポイントは毎回100近く、お気に入りの読者は十数人存在している。
リコはオンラインの人気作家からしたら、このゆうまとドングリの背比べ程度のレベルなのだが、自分が上に立っているような気になっていた。そして、ブログのコメント欄に偉そうなコメント残す。
『面白い小説を書かないと意味がないと思いますよ』
と……。
その日は結局ネタも浮かばず、好きなアニメを見て寝た。翌日、いつものように親に起こされ目を覚ます。
リコは高校1年生だ。友達は同様に小説や漫画を愛する者達で、弾けるような熱い青春を送っているわけではなかった。帰宅部で学校から戻るとパソコンを開ける。そして閃いた物語を書きつづる。読者は学校の友人と、同じようにオンラインで小説を書いている仲間だ。
リコの小説にポイントが付くのはこの友人達が点数をつけてくれているからであり、感想もいつも『面白かった、すごかった』で終わっている。それでもリコは満足しており、毎日のように書いていた。
ある夜、異変が起こった。
目が覚めると、そこはリコが書いていた物語の中。しかしおかしいことに自分はパジャマ姿のままだった。まさか異世界トリップを思い、心踊らす。が、現れた美形の王子によってそれは否定された。
「星野セレス、これは夢だからな」
王子は高飛車にそう言い放つ。
(星野セレス?なんで私の作家名を知ってるのよ。だいたいこいつは誰?)
こんな王子様、書いた覚えがないと思いつつ、美形は美形、リコはその物言いに苛立ちながらも黙っていた。
「お前は最低な創造主だな」
「最低?!何の話よ」
ぼおっと見とれていたリコはその単語に苛立つ。一人っ子で、友達もみなおとなしめ、蝶よ花よと育てられた彼女は詰られたことがなかった。
「最低は最低だ。しかもわしの創造主を攻撃しよって」
美形は怒りを隠すことなく表し、リコを見下す。
「何が最低よ。しかも攻撃って意味わかんないわ」
「わしの創造主はゆうまという。お前のような自分勝手な創造主より、よほどましな奴だ」
「ゆうま……創造主……。え、あ、オンラインの物書きのこと?」
「そうだ。やっとわかったか。愚か者め。わしは今日お前に罰を与えるためにきた。お前があきらめた小説の登場人物が、わしのたちのドリームランドに紛れ込むようになった。わしは非常に迷惑している。しかも、お前が書いたコメントが、創造主のやる気をそいだ。おかげでわし達もドリームランド行きだ」
「?ドリームランド?何それ?」
「わからぬか。続きを書くことを諦められた小説の登場人物が集まる世界だ。お前らの世界の奴は知らないだろうが、一度書かれた物語の登場人物は魂を持つ。そして物語が終わるのを待つのだ。しかしお前のように諦めてしまうとか、放置すると登場人物たちはドリームランドに紛れ込む」
「ふーん。そうなの」
偉そうに説明されてリコは納得する。しかしそんなことどうでもよかった。それよりも美形が放った『罰』という言葉が気にかかる。
「お前、放置するだけでなく、物語もよく消すだろう?そうなると登場人物たちはドリームランドからも消えてしまう。消滅だ」
『消滅』その言葉がやっとリコの心に響く。そして嫌な予感が覚え始めた。
「お前が何千もの人間、魔物を消してきた。他の奴のことなどどうでもいいが、わしのドリームランドに来られるのは迷惑だ。創造主にも続きを書いてもらう必要がある。こんなけったいな人間のままでいるのはまっぴらだ。だから、お前にも罰を与える。サン。いいな?」
(サン?)
聞き覚えのある名前だと思っているとリコの前にこれまた美形が現れる。金髪の髪に青い瞳、白色のマント、その下の鎧も真っ白だ。
(えっと、どこかで見たこと、いや……)
「サン。お前の創造主は本当に最低だな。お前のことすら覚えていないらしい」
「……やっぱりそうなのですね」
サンという男は悲しそうに笑う。
「あ!思いだした。『勇者、西へ行くーなんちゃって西遊記』の主人公ね!」
「思いだしてくれましたか」
サンは少し安堵した。
「なんで、あんたがここにいるのよ!」
「なんでとは、本当に馬鹿な奴だな。お前のせいで、こいつはドリームランドに迷い込んだのだ。こいつ以外にも何百もの生き物が入り込んだ」
「ふーん。で、なんのようなの?」
変な夢だ、早く目を覚ましたいとそう願いつつリコは聞く。
「あなたはなぜ小説を書くのですか?」
質問に質問で返され、リコは不機嫌な顔を見せる。
「あんたには関係ないでしょ」
「私は知っています。読者がいるからですよね?でもあなたが思っている読者は読者じゃないことを知っていますか?」
「どういう意味よ」
「こういう意味ですよ」
サンがそう言うとリコの前に大きなスクリーンが現れた。そこに映されるのは友人達の様子。
口々に『面白くないけど、本当のことは書けないわよね』などと言っているのが見えた。
「……どういうこと。これ嘘でしょ。だって夢だもん。白ちゃんはすごく面白くて続き読みたいって言ってたし、優子は傑作だって言ってたもん」
「心からだと思いますか?だったらどうしていつも同じ数のポイントしか入らないのですか?それはいつも同じ友人方が同じ点数をいれているからですよね?」
「………」
そのことにリコは以前から気付いていた。増えることのないポイント、お気にいり。感想も同じ人からしか書かれない。しかもいつも同じような感想。褒められるとやる気になった。だから嬉しかった。
でもそれが嘘だったとしたら。
「わしの創造主には残念ながら読者はいない。しかし、奴はいつも必ず物語を終わらせてくれる。それはわし達のためだ。お前はどうだ。嘘の感想に踊らされ、飽きたら次の話を書き始める」
「……」
リコは泣きそうになりながらも、じっとこらえる。本当に面白いと思ってくれる人はいなかったのだという事実は彼女に衝撃を与えていた。
「もう書くことはやめるのだな。お前の話なんて誰も待っていないだからな」
るほーはそう言うと背中を向ける。サンも同様にリコのことを気にかける様子もなかった。
「………」
目が覚めると部屋の中はまだ真っ暗だ。
「夢か……」
頬が涙で濡れていた。あれは夢だった。悪い夢だった。
しかしリコは確かめたくて、パソコンを立ち上げる。そして、自分の小説を載せている投稿サイトにアクセスした。
「……やっぱり本当なのかな」
評価してくれるのはいつも同じ人数。しかも満点。感想も同じ内容だ。
(なんで気がつかなかったんだろう)
その日からリコは書くのをやめた。
「おはよう。リコ、しばらく小説書いてないけど、どうしたの?」
「うーん。やめたんだ」
優しい友人の言葉にリコはそう答えた。自分を気遣ってイヤイヤながらも、小説を読んでくれた友人達。知った時は怒りを覚えたものだが、冷静になって読み返して、自分でもだめな話だと思った。でも、リコは書いた小説を消してはいない。あれから書いていないが、削除することは躊躇していた。
それはるほーの言った『消滅』という言葉が気になっていたからだ。
数か月たって、リコはまた夢を見た。
そこにはサンがいた。
「もう書くのをやめたのですね」
「うん。だって誰も読まないし。あ、でも消してないから」
「そうですか。ありがとうございます」
サンは律義にそう言って頭を下げた。
(ああ、そういやサンはこういうキャラだっけ)
リコは改めてサンのことを考える。話が閃いたとき、サンはただへなちょこな勇者だった。イメージは三蔵法師。優しいだけキャラで、みんなを癒すタイプとして書いていた。
(そういや、どこまで書いたっけ。確か西遊記をぱくっていて、あ!)
「サン、あんた。大丈夫なの?確か、魔物と戦っているときだったわよね。あ、スンはどうしているの?」
スンというのは西遊記の孫悟空をイメージして作ったキャラだ。サンの護衛だった。
「スンはいまのところ大丈夫です」
「いまのところ?」
「ほら、魔物の術にはまって人間になったじゃないですか?だからジュウとシャーが守っています。でもいつまで守りきれるかわからないのですけど」
サンは自虐的に笑いそう答える。するとリコに疑問が浮かんだ。
「ドリームランドってどんなとこなの?」
「何もないです。ただ登場人物たちがいるだけで」
サンは悲しげに笑った。
(私はもう書かないの?誰も読まなくても、サン達を助けることはできるんじゃないの?)
「サン、私が書き始めればあんた達は元の世界にもどれるの?」
「はい。もちろんです」
サンは少し驚いたようなリアクションを取ったあと、嬉しそうにうなずく。
(喜んでいる……。ちょっと可愛いかも。いやこれは書けるかもしれない)
リコの心に、やる気が再び芽生える。それは以前とは違うやる気だった。
(もう同情の感想なんていらない。だから、投稿サイトは変える。そして名前も。友達にも教えないで一人で書く)
「サン。私、頑張るわ。だから待ってて。スンも元に戻して大活躍させてやるから」
リコがそう言うとサンは満面の笑みを浮かべた。
そうして気分良く目覚め、リコはいつもより少し早めに起きていた。
(今夜はやることがいっぱいある。今度はちゃんと書こう)
リコはそう決めるとベッドから立ち上がり、窓を開けた。朝のひんやりした風が入ってきて、彼女を撫でる。
「よっし。がんばろう」
数日後、サン達『勇者、西へ行くーなんちゃって西遊記』の人物はドリームランドから元の世界に戻った。そして、るほーも無事に元の世界に戻ることができた。
リコはゆうまのブログに再び訪れていた。
『ゆうまさん、すみませんでした。るほーに怒られ、書くことの大事さがわかりました。一緒に頑張りましょう』
そんなコメントを見て、るほーの創造主ゆうまは元気が出たようだ。また後日談だが、リコとゆうまは今となってはよき物書き仲間となっている。
ドリームランドには今でも登場人物が紛れ込む。大魔神だったるほーは相変わらず人間のままで、ゆうまに文句を言いつつ、ドリームランドを訪れる。そして元大魔神で現在の美形王子は今日もドリームランドで登場人物の人生相談役になっていた。
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