物の怪現れる!(ご主人様/作者/創造主編)

「紙屋、大丈夫か?」


「大丈夫です」


 今年で2年目の社会人の俺は、上司の言葉にそう答える。



 最近、俺はあるものにとりつかれていた。

 それはいわゆる物の怪? と言ってもいいのではないかと思える代物だった。



『おい』

 今日は絶対に早く寝てやるとベッドに入ろうとした俺の前に、そいつは現れた。

 金髪碧眼の王子様だ。


「なんで、お前は夢じゃないのに現れるんだ!」

「わしは知らんぞ。まあ。これで、しっかりお前に書くように言えるから、わしは大満足だがな」

「……るほー。俺、とうとうきちゃったか。それとも、ファンタジーと喜ぶべきなのか?」

「それはわしには答えられない質問だ。わしの姿はお前にしか見えない。まあ、そうなるとやっぱり脳がおかしな働きをして、わしの姿を見せてるといえるかもなん」


 るほーはその綺麗な顔で、ふむふむと頷きながらそう言う。



 こういうキャラだったっけ?


 俺は脱力しながら、どうしてこういうことになったのかと頭を捻る。


 事の始まりは夢だ。

 自分が作った物語のキャラを夢で見るようになり、小説を書くようにせかされた。


 仕事が忙しく、夢で適当に相槌を打っていたら、ある日、ふとるほーが部屋に現れた。


 嬉しいよりも迷惑だという思いが先に立ったのは事実だ。


 そうして、俺の寝不足の日々は始まった。


 趣味の物書きといえどもプロットみたいなものは立てる。

 しかし、4作目の勇者ライアンはなかなか立てられず、焦っているとるほーがいつもの調子で偉そうに急かせる。


 おかげでここ数日完全に寝不足だ。


『まだ書けんのか?だめだな』


 午前3時、やっと諦めてくれたるほーがそう言って部屋から消え、俺は眠りにつけた。




 上司がいない隙を見て、俺は小説投稿サイトを見る。今日もいつもと同じ一桁アクセス数だ。


 やる気でねぇ。


 るほーにせかされてもなあ。


 もう面倒だな。

 消しちまおうか。


 そしたら、俺の幸せな睡眠タイムが帰ってくるかもしれない。



 俺はそう決めるとアカウントを消した。

 


 その日から、るほーが現れなくなった。

 るほーの夢も見なくなった。


 

 1週間、俺は幸せを感じた。

 小説を書かないといけないという使命感が消え、小説のアクセス数でもやもやする気持ちがなくなった。


 しかし、1ヶ月が経過し、俺は何かが足りないような気持ちになった。



 そしてある日、夢を見た。


「るほーさま!!」


 そう泣き叫ぶのは、るほーの配下の魔女めりーだった。


「どこに行かれたの?帰ってきてください~~」


 涙でアイシャドウやマスカラが落ちパンダのような顔になりながら、めりーは泣き続けた。



 るほー。

 消えたのか?


 その日、俺は夢で見ためりーの泣き声が耳にこびり付き離れなかった。


「………始めるか」


 夕食を食べ終わり、俺はパソコンの前に向かう。

 そしてパソコンに保存していた小説を、再び投稿し始めた。


 ふーん、

 そこまで酷くないんだな。

 

 俺は投稿しながら、そんな思いに駆られる。


 結局、やり始めたら最後までやらないと気がすまない俺は、勇者ライアンシリーズを3作すべて更新した。



「よっし、寝よ」

 時間を見ると午前3時、俺は眠気で頭痛を覚えながらも、妙な達成感を覚えてベッドに横になる。

 睡魔をすぐにやってきて、俺は眠りに落ちた。

 しかし、数分後、息が苦しくなり目が覚める。


「るほー!?」


 苦しいと思ったのは胸にるほーが胡坐をかき、座っていたからだった。


「な、何してるんだ!」


 必死に体を起こすと、るほーはごろんと床に転げ落ちた。


「伝えたいことがあるのだ」


 床から体を起こしながら、妙に神妙なるほーがそう言う。


「伝えたいことって、あ、お前! どこ行ってたんだよ。めりーが泣いていたぞ」

「……知っている。ちょっとドリームランドに行っていたのだ」

「ドリームランド?  だって。俺、小説は消してないぞ。ただ投稿サイトから消しただけだけど」

「ああ、消滅はしていない。ただ、少し……」

「少し?」

「反省したのだ。書くことを無理強いするのはよくなかったな」

「……いや、別に」


 いつも偉そうな、るほーがこういう風に素直なのは、妙に可笑しかった。


「心を入れ替えて、今日からわしは静かに見守ることにしたぞ。部屋の隅からじっと見守ってやるから、存分に書くがよい」


 結局それかい。


 俺はそう突っ込みをいれたくなるが、まあ、るほーらしくていいかと思う。


 そうして、俺の寝不足の日々は始まるのだが、それでもいいかと気分は爽快だった。


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