モジカ・マジカ(中)

 「三時五十分、秋葉原上空です。そこで、こう、ばばーんとボスモンスターを出すつもりだったんです」

 いや、人としゃべるときはちゃんとした言葉遣いできるよ俺も。

「そのモンスターの詳細は?」

「まだでした。とりあえずカッコ書きで『魔力喰いの飛ぶやつ』とだけ書いといて、気が付いたらサーバーエラーで保存できず、です」

 秋葉原なら電車でもいいかと思ったけど、タクシーで移動中。アルルくん連れて電車に乗ると、あれこれ興味もってすーぐどっか行っちゃうから。ヨゾラはかわいそうだけど、スポーツバッグに隠して乗車中。

「その編集ページ、まだ閉じたりしていませんわね?」

「はい?」

「サーバへの送信途中で通信が切断されて、中途半端な状態で宙ぶらりんになった状態。その隙間から生まれたのが今回の妖怪ですわ。いいですかホタテさん。その編集ページに残ったその下書きが、あなたと、今ここにいる作品人物のよりどころです」

 へぇ。

「ユカリさん……それは、どういう……」

 アルルくん、そのしゃべり方つらいよ。書いててつらいよ。

 あれ?

「ホタテさん、あなたが一番あやうい状態にありますわ。あなたの持ってるスマホで、その文章、それを閉じてしまえばあなた」

 ユカリさん、ちょっと間を置いたよね。

「この世ごと消えますわよ?」



 

 秋葉原中央通り。日曜の午後。タクシー降りたら無人。

 あれー? 無人ってどういうことかな?

 広ーい道路、両脇にそびえる電気屋やホビーショップ。ぽっかりあいた妙に高い空。

 どうもこうも、そうだね。これは舞台だ。

 思いっきり暴れさせたい、でも、人を死なせたくない。そういうふうに俺が望んでたんだからさ。いや、俺の本体とか、そういうふうに言うべきかな。


 ユカリさんとコラボするために書いた話が、勝手に現実になってんの。俺が作中に俺自身を出したみたいに、俺がこの話の作者代理だってさ。

 ただ一点、俺が書いてた話は途中で、スマホのブラウザ上にしかないんだ。



 で、俺だけを持ってない。



「すみません、わたしをここから出してください」

 スポーツバッグから声がして、俺は慌ててチャックを開けたよ。深紫の猫が顔をだして、腕によじ登ってきたよね。

「ヨゾラ、お前、片割れなんだってさ」

 声をかけたら

「ん?」

 だって。小首を傾げて。かわいいじゃないの。片割れと言われれば、この子の言葉遣いも納得できるよホタテとしては。

 まだ書かれてない部分だもんな、俺の想定してない方向にも行くよな。


「ホタテ……、あの軒下で……チカチカと光っているのは、なんだ?」

 同じく片割れのアルルくんが、ラジオセンターに興味津々だよ。

 わかるぞ。何に使うんだかさっぱりな物がたくさんあって楽しいんだそこは。一度連れてくりゃよかった。

「詳しく説明してやりたいけど、もう時間が来ちゃうんだ。ごめんな」

 まだ書かれてない部分をもらっちゃったのが、この子らだ。

 ヨゾラの言葉遣いも、アルルくんの重さも、本当はちゃんとした話の中で、ちゃんと使われるべきなのに。


「かわいそうと思うのなら」

 ユカリさんが降りてきて言った。

「最後まで書き上げることですわね。一度書き始めた以上、最後まで」

 へへ、図星でぐぅの音も出ないや。なぁ、聞こえてるかい? 聴こえないわけがないよな?

 消さないでくれよな。俺の書いた物語ごと、消さないでくれよな?



 午後三時五十分。

 夏空だったのに、急に黄砂が来たみたいな、おかしな空になったよね。

 空にスパークが光って、そこに穴ぼこみたいのが開いた。

 で、絞った黒い雑巾みたいのがと這い出てくんの。気ン持ち悪いねー。

 ユカリさんが、キッ、と黒雑巾をにらみつけて言ったよ。


「宙ぶらりんの物語から生まれ、境界をわたり、物語を喰うもの。喰った物語の断片をまき散らし、中途半端な世界を生み出すもの」

 

 俺は、アルルくんとヨゾラと、それを見てるしかなかったよ。

 その黒雑巾が、ばばーんって、ねじれた体を開いたんだ。遠くからだと、碧い光に黒い羽虫が寄り集まってるみたいにも見える。

 いくつかのデカ文字がビルに落っこちて、ばっかデカい音が響いた。ホビーショップに「丁」の字が刺さったよ。こりゃ大変だ。


「文字につぶされて死ぬなんて、ナブ・アヘ・エリバじゃあるまいし。ホタテさん、あれの名前はどうなさるの?」

 へ!?

「いやいやユカリさん。そこまで言って俺ですか?」

「あなたが決めるべきですわ」

 まぁ、そうかもしれません。なんせ俺は、作者の影ですからね。


「あれは──文字禍モジカ



 ぎえぇぇぇ! と、文字禍が典型的な鳴き声を上げたね。

 まったくよぉ。

 本体さん、他に何かなかったのかい?

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