仕事、辞めたい

 脳波の検査結果は更に一週間後だと知らされたことを5日の診察後に小学校に伝えたため、そこでいろいろと先生方が検討してくださったらしく、6日の朝この連絡をしたとき、教頭先生が、

「長男君が起きるのがお昼前ということだったから、その頃学校からお家に電話を入れますね。もし学校に行けるようであれば、私が迎えに行きます」

 とおっしゃってくださいました。

「お母さんもお仕事があるから大変でしょう。少しでも長男君が学校に行きたいのであれば、そうしましょう。帰りはお迎えか、三女さんも通っている学童さんということではいかがですか」

 念のため、起立性低血圧(起立性調節障害)という診断が下った後、学童側にはこの旨を伝え、もしもの時の受け入れをしてもらえるように申請も出してありました。

「それでいいのであれば助かります。よろしくお願いします」

 学校側も、ひと月近くまともに学校に行けていない長男のことを気にかけてくださっているようで、本当にありがたい申し出でした。


 しかし、この日長男は結局具合が悪かったらしく、私が仕事に行っていた間、一緒に休んでいた次女がトイレの介助をしてくれたようです。

 動けるようになったのは夕方4時頃。私が帰宅する頃には普通の状態に戻っていました。

 そしてまた、22時台には床に就くのですが、一睡も出来ないまま朝を迎えたようです。


 こうして長男は、朝方一切動けず、夕方から活動、夜中眠れずに朝方ようやく眠りにつく生活を数日続けました。

 天気の悪い日が続き、次女も一緒に休んでいたので、朝昼のご飯は比較的症状の軽い(それでも学校に行けるほど体調が良いわけでもない)次女に託し、私は胃をキリキリさせながら、仕事へ通っていました。


 起立性調節障害がどんなものか、それまでずっと闘い続けた経験から、とてもじゃないけれど、これは異常事態だというのがすぐにわかりました。

 次女の時も、判明まで一ヶ月かかりました。長男も、大体同じ。気づくのにも時間がかかるのです。

 もしかしたら、小さい頃から頻発していた不調は、起立性調節障害の前兆だったのではないかと、疑わざるを得ません。毎年秋から冬、何かしら具合が悪くなったこと、頭痛を頻発したこと、腹痛を訴えたこと。

 私は次女のことでいっぱいいっぱいで、長男の小さな異常を見逃していたのじゃないかと思うと、気が気ではありませんでした。

 毎朝毎朝、どうしようどうしようとそればかり。

 このままでは気が狂ってしまいそうでした。


 頭に浮かんだのは、成長期を過ぎないと治らないかもしれないと、以前お医者さんに聞いたこと。

 女の子と男の子では、身体の発達時期が違います。女の子は早熟、子どもを産む身体になっていくため、小学校の高学年から高校に入るくらいまでに、大きく身体が変化します。しかし男の子はもっと遅い。大抵の子は中学から高校生にかけて背が伸び、肩幅が大きくなり、がっしりとしていきます。

「高校に入ったら症状が緩和したよ」との話も伺いましたが、あれは娘さんの話じゃなかったか。男の子はどうだったんだろう。

 もし、これから声変わりをして、背が伸びていくとして、その間ずっと具合が悪かったら。どんどん成長し、いずれ私より大きくなるだろう長男を、毎日負ぶって歩けるだろうか。支えて歩けるだろうか。

 次女と過ごした介護休業の半年間、必死に支えてきたけれど、それでも完全回復させることは出来なかった。

 長男はどうだろうか。

 また、介護休業をもらえないか。今度は長男で。無理かな。介護休業から復帰したばかりなのに、虫が良すぎるだろうか。でも、こんな状態で、どうやって働いていけばいいのか、全然わからない。


 部長にそれとなく相談しました。


 次女の具合がまた、悪くなっています。

 長男も、次女と同じ起立性調節障害だと診断されました。

 また、介護休業をもらうことは可能ですか。


「一度介護休業を取った家族の分は申請できないよ」

「もし、休むとしても、また6ヶ月で戻ってくることになる。大丈夫か」

「親御さんに協力して貰ったらどうか」


 部長は親身に聞いてくださいましたが、帰ってきた言葉は想定内のことばかりで。

 あくまで、私は会社組織の一員。それはわかっていました。いくら正社員であっても、限界がある。

 老人介護ならば、恐らくこんなには悩まない。老人だったら、介護施設を探して入所させれば、ある程度手は離れる。けれど、子ども、しかも、幼児じゃない。思春期の大きな子どもが二人。


 社会の制度は、当たり前のライフスタイルを念頭に作られていて、規格外、想定外のことには対応していない。

 要するに、この具合の悪い二人を抱えたまま社会生活を送ることは困難であると言わざるを得ない。


 職場でもまともに仕事が出来なくなってきた。

 普通の精神状態だとは、とても言えない。自分にだってわかる。

 家族が支えてくれる? そうだろうか。いろいろと無理があるのではないか。

 大体、私がどんなに限界でも、子どもたちは具合が悪い、勉強があるで手伝ってくれるにも限界がある。

 夫は殆ど家事をせず、仕事も殆ど休まない。消防や保護者会などには熱心だけれど、家では子どもたちと遊ぶこともない、私が9割以上の家事と育児をこなしている状態で。

 実家に頼れと言われても、農家には休みもない。送り迎えなんて到底無理。しかも、年頃の二人にとって、同居でない祖父母から世話をして貰うのはハードルが高すぎる。


 辞めたいな、と思い始める。

 無理じゃないか。


 いろいろと、限界ではないか。



 私が壊れてしまう前に、今の状態から逃げなければ。



 このままでは本当に、病んでしまう……!

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