5th.Bullet エコー式レッスン・チュートリアル

 いつになるかと思っていた再会は、想像の何倍も速く訪れる。


『ちょっと待ってろ』


 ログインした瞬間、そのメッセージが届いた。

 現在のスズカが受信できるのは、運営からのお知らせを除けば二つ。一斉送信のスパムメッセージか、フレンドである『彼』からのもの。文面からもわかる通り、今回は後者だった。

 言いつけ通り、スズカはログイン地点からすぐ近くにある噴水の縁に座り、メニュー画面の下枠に流れるトピックスを眺めていた。

 トレヴィの泉をオマージュしたような造形は簡略化されていながらも、街の混沌とした雰囲気のなかに清涼感を展開することに成功している。控えめな流水と軽く立ち昇るミストは癒しを提供し、デートスポットとしても機能する憩いの場である。

 ……おかまいなしに、周囲は銃声や爆破音を響かせているが。

 この【Bullet'sゲーム】は街中でも常にプレイヤー対戦、PvPが可能だ。勝負を挑んで承認されるというステップは必要だが、血の気が多いプレイヤーたちはけっこうな頻度でバトルを展開している。ちなみにPvPを挑める回数は一日に三回までと決められており、PvPの流れ弾や爆発が周囲に影響を及ぼすことはない。ただひたすらにうるさいだけである。


「うー、待ってろって言われたけど、どのぐらいかかるのか……ん?」


 無数の【NEW】アイコンの中に、ひとつだけ赤く点滅しているモノがあった。夜中の信号のように点滅するソレの横へ目を滑らすと、どうやら近いうちに開催される小さな大会についての情報らしい。

 自分には縁のない話、と思いつつも、気になって過去のトピックへさかのぼる。すると、規模の大小はあるもののかなり多く、短いスパンで様々なイベントが開催されていた。アップデートも頻繁であり、時代はやはりソーシャルゲームを求めているらしい。


「ほえー、動画とかになってないだけで、けっこう大会ってあるんだ。わたしもそのうち出れたらいいなー、なんちゃっ――――」


 東の通りから、乗用車が吹き飛ぶような轟音が響く。それがスズカのようなプレイヤーに与える影響は毛ほどもないのだが、小動物並みに敏感な防衛本能を発揮したスズカは、蛇を見たネコのように飛び上がり、落水した。


「がばっ、ぶ、ぼはぁ! なにッ!?」


 膝下にも満たない水に溺れながら振り向くと、現実世界ならば間違いなく近辺の建物が木っ端微塵みじんと化すであろうほどの爆炎が噴き上がっていた。

 虫の知らせとでも言うべきか、うなじの辺りがいやれる。

 びしょ濡れのまま現場へ急行すると、予感は的中していた。

 パラパラと雹のように降り注ぐ瓦礫片と立ち込める黒煙の中、白いキャスケット帽が異彩を放つ。纏う黒のレザーコートが軽くはためき、右手の拳銃は銃口を下方に向け、既に最後の一発を吐き出していた。

 エコーの頭上に『Victory!!』と華々しい文字が表示され、周囲が諸手を挙げて歓声を上げる。拍手喝采の中、爆心地らしき黒焦げの地面にうつぶせになっているミリタリーゴーグルを着用した男性が、アンニュイな表情で自分を見下している少年に向け、にやりと笑いかける。


「ふ、ふふ……さすがだエコー。やはりお前はいつざ」


 やけに上から目線の彼の頭を、エコーは容赦なく踏んづけた。


「宗教勧誘お断りだバァァカ。つーか、なんだこのゴキゲンな火力は」

「可能な限りボマーを積んでみたのさ」

「自爆してちゃ世話ねぇなボンバーマン」

「芸術は爆発だァ! ふっははははあ痛い、痛いから体重かけないぃいでででででゴーグルが食いこむからいだだだだだ」

「俺ァ用事があんだよ。待たせちまったら悪いだろうが」


 頭部に片足で乗り、重さが集中するようにつま先立ちになったエコーが『邪魔くせぇ』とばかりに周囲の人々を見渡す。その中でスズカを見つけ、彼は冷淡なまなじりを少しだけ緩和し、街中で友人に会ったように軽く手を挙げた。


「よぉ。遅くなってすまん」

「わ、わたしもいまきたところだし……と、というかその人は……?」

「ただの変態だ。生まれ変わったら土になりたいんだと」

「おや、下方から失礼お嬢さん。私の名前はあだだだだだ」

「聴くと耳が腐る。行くぞスズカ」


 最後に踵で踏んづけて足を離すと、エコーはインベントリをスワイプして小さなカプセルを取り出し、道路へ放り投げた。

 すると、カプセルからミニチュアフィギュアが飛び出し、急速に巨大化する。それは真っ赤な塗装の車体から白銀の排気筒マフラーを伸ばしたオートバイクであり、キーを回してもいないのにエンジンを強く唸らせていた。


「行くぞ」

「うぇっ?」


 有無を言わさずスズカの手を引き、エコーは問答無用で自分の後ろに座らせる。スズカはまたも危機を感じ、咄嗟にエコーの背中を掴んだ。


「いい判断だ。落ちたくなけりゃ腰にしっかり手ぇ回しとけ」

「はひぃっ!」


 言われるがままに抱き付いて(あ、いい匂いがする気がする)と思ったのも束の間。

 強く滾り始めたエンジンの鼓動で、ジェットコースターに乗ったときの「やっちまった」感を思い出し。同じ揺れを感じたエコーの横顔を覗き見て、スズカはこの手を離したが最後、往年のアクションスターばりの勢いで地面を転がる破目になると察知した。

 エンジンフルスロットル。現実では許されない速度で奏でられる風圧と振動の二重奏がスズカを襲う。絶叫マシーンを避けて通る彼女は、必死の形相で目の前の風よけに縋りつく以外の行動がとれなかった。





 主人を降ろしたエンジンが荒ぶった呼吸をゆっくりと落ち着けていく。騎士を待つ駿馬しゅんめのように凛と佇むバイクとは対照的に、スズカは情けないへっぴり腰でエコーの肩に掴まっていた。


「しぬぅ……しぬぅぅぅ……」

「事故ってもねぇのに大袈裟おおげさだな」

「オオゲサなんかじゃないってば! なんなん!? 前を見たくないから下向いてるのに断崖絶壁からジャンプするのなんなん!?」

「耳元で叫ぶなっての。そら、さっさと行くぞ」


 前方と少し上へ視線を上下させ、スズカは怪訝そうな表情で彼に続く。

 眼前は深緑。苔のす大樹が立ち並ぶ、銃の世界観とはかけ離れたステージだった。


「こんな場所もあるんだね。試合の映像しか見てないから知らなかった……」

「ん、そうか。洞窟とか砂漠、氷河もあるぞ。それに……」


 エコーが拳銃を抜き、真上に発砲。そこから数歩下がった直後、人間ほどの大きさがあるトカゲが力なく墜落してきた。ややあって、トカゲはパラパラとガラス片のようになって崩れ、いくらかの弾薬をドロップアイテムとして残し、消え去った。


「こんな感じに、モンスターもちょいちょいといる」

「す、すごい! RPGだ!」

「そりゃそうだ。PvPメインの奴もいれば、アドベンチャーメインの奴もいる。いろいろできた方が楽しいってワケだな……さて」


 メニューから装備プリセットを選択すると、エコーの服装が先の室内戦と同じものに早変わり。現実離れした実力を思い出し、スズカは身を引き締める。


「約束通り、レッスンだ。チュートリアルはひとり用だから、後で受けておくといい。俺はできる限りを教えるが、わからんところは質問と経験で補填してくれ」

「は、はいっ!」

「いい返事だ。じゃあ、ま・ず・は……」


 既に目星を付けている存在を探し、エコーはやや木の上あたりに視線を向ける。そしてすぐ、木々の間をゆっくりと飛行する巨大な蜂を指し、スズカにP226を装備するよう促した。


「ソイツであそこのモンスターを撃て」

「う、撃っていいの?」

「撃たなきゃ訓練にならんだろ。しっかり狙えよ? 外したらエラいことになる」


 ひぇ、という弱音を喉の奥で留め、スズカはおっかなびっくり銃口を蜂へ向ける。すかさず、エコーは曲がり過ぎた肘に手を添えた。


「いいか、撃鉄とかの細かい操作はある程度まで省略されてるから気にするな。まずは全身の力を抜け……よし、利き手でグリップをしっかり握って、もう片方を下から支えるように重ねる。足は軽く開き、肘膝は軽く曲げて、ヘソを目標の真正面に合わせろ」


 言われた通り、慎重に体を訂正していく。「筋がいい」とエコーに褒められ、スズカは緩む頬を抑えようとしてまた肩に力がこもった。


「そら、また首が肩に埋まってる。緊張は大事だが、過度にりきむと照準がブレるぞ」

「う、うん」


 一旦、体勢を崩して呼吸を整える。基礎を教えてくれる声をひとつひとつ思い出し、さっきまでの状態を再生していく。エコーは少し驚いたような表情を見せた。


「な、何かダメだった……?」

「いや、問題なしだ。いつでも撃っていい」


 不安は過ったが、彼が妥協で実行を許す人ではないとわかっている。自分に対する不信感を払拭し、照準を黒黄の縞模様に合わせた。

 指先が、冷たくも軽い引き金にかかる。


(焦っちゃダメ焦っちゃダメ焦っちゃダメ……!)


 強い念が、はやる気持ちを余計に加速させる。スズカはやや尚早しょうそうに覚悟を決め、細く吸った息を止めると同時に発砲した。


(重いっ!?)


 AUGとはまた異なる、重みを持った衝撃が体の芯に届く。だが、教わった体勢のおかげで必要以上に重厚が跳ねる事は無かった。撃ち出された銃弾は見事に蜂の胴部を捉え、紅いガラスを散らした。


「やった! 当たった、当たったよエコー!」

「ナイス。じゃあ次は移動の訓練だな」


 え、と首を傾げるスズカをよそに、エコーはわざとらしくクラウチングの体勢をとる。


「あいつらはな、襲われると群れになって追ってくる」


 その言葉を裏付けるように、背後の羽音が明らかに。下手なパントマイムのようにぎこちなく振り向くと、痛手を負った蜂が無数の同胞を伴い、毒針よりも鋭くこちらを威嚇していた。


「弱点ブチ抜けば一撃なんだがな。そら来たぞ!」

「ひィィィ!?」


 一目散に走り出した瞬間から、バチバチと硬い板を叩くような無数の羽音が背後から迫る。ただでさえ危険な蜂が巨大化。さらに徒党を組んで襲い掛かるとくれば、音はもちろん振り向いた瞬間の恐怖心は殊更ことさら凄まじい。

 スズカは全力で逃げる。先導するエコーが足場の悪さを歯牙にもかけない華麗な身のこなしを見せるのに対し、走っているのか転ぶ寸前で踏みとどまり続けているのかもわからないような不恰好ぶかっこうさでただただ逃げていた。

 苔で滑ったのを偶然の前転でカバーしてしまう奇跡的なバランス感覚――危機回避本能と言った方が正しい――により、なんとかエコーの軽業かるわざに喰らいつくスズカだが、問題は別の方面から訪れる。


「あ、あれ、なんか、っからだ、重……!」

「っとと」


 その声を確認すると、エコーは腰から赤色のグレネードを引き抜き背後へ投擲とうてき。スズカの少し後方で爆発と共に火柱が上がり、周囲の木々へ延焼し始めた。すると、現実の虫に似せたプログラムを搭載しているのか、蜂の群れは慌てて旋回し、あっちこっちへと逃げていく。


「た、助けてくれるの?」

「あたりまえだろ。初心者が入れねぇステージに連れてきてんだから、俺には守る義務がある」

「そうだったの……!?」

「初期ステじゃまぁ死ぬな。でも、本気で逃げたおかげで現状を実感できる」


――【Bullet's】には五角形の基礎ステータスが存在する。

 筋力STR敏捷AGI体力VIT技術TEC幸運LUXの多くのゲームに採用される形式だ。この中の体力がスタミナ、すなわち継続して動ける限界を決める。初期のステータスはある程度ランダムに割り振られており、スズカはこの中で体力の値が低かったため、すぐにバテてしまったのだ。


「いま走らせたのは、イザって時にどのぐらい全力疾走がつかを知るためだ。現実リアルと違ってかなりの距離を走れるが、それにかまけてると自分の限界を見誤る。そしたら追い込まれて終わりだからな」

「なるほど……」

「このゲームで何より大事なのは『焦らない』ことだ。ブービートラップの教訓、覚えてるか?」

「えっと……焦ると、見えない」

「大正解。焦りは視野をせばめ、判断を鈍らせ、危機を引き寄せる。見た感じ、スズカは慌てやすいだろ」


 図星の二文字が頭にのしかかり、口角が小さく引き攣った。


「おっしゃる通りデス……」

「だったら、荒療治だが危機的状況に慣れるのが手っ取り早い。いまは転んじまったが、何回も繰り返せば焦りの中にも思考の余裕が出てくる。それまでは同じ事の繰り返しになる……嫌だったら別の方法を考えるが、どうだ?」


 その提案に、スズカはすぐさま首を横に振る。


「嫌じゃないよ。大変だけど……こういうスポ根の特訓みたいなの、好き!」


 現実でのスズカは、運動能力が極端に悪い。スポーツなどは苦手なものばかりで、運動部なんて以ての外だ。しかし――いや、だからこそ、放課後にグラウンドを走る掛け声や地区大会での勝利の叫び、敗北の涙が格別に眩しく尊い存在に見えた。

――自分も体験したい。

――けど、体力もないし才能もない。

――……それなら諦めよう。

 中学生からずっと、そんな後ろ向きな思考だった。静かな学校が好きなのも、部活動を羨んでいるがゆえ。努力する覚悟もないのに打ち震えるような感動は享受したいという自分の甘い考えを嫌っているからだ。

 だが、いまは違う。仮想現実の肉体は思い描くままに動き、体力も現実に比べると段違いに多い。目の前には自分を教え、導いてくれる存在エコーがいる。

 何より、撃たれたことも爆風に襲われたことも蜂に追われたことも含めて、のだ。

 彼女の中に断る理由など、何もなかった。

 すると、エコーは小さく息を吐いて木へ寄り掛かる。


「ど、どうしたの!?」

「いや、誰かに教えるなんて初めてだからな……やり方が悪いんじゃないかって、心配だった」


 エコーは安堵の表情を隠すように、いじらしく帽子を被り直した。


(え、かわいい)

「とりあえず、慣れればあとはスズカのやりたい事次第だ。期間もノルマもないから、ゆっくりやってけばいい。……じゃ、そろそろ再開だ。体力も戻ったろ?」

「あっ、ホントだ。体軽い!」

「基本的な回復は速めだが、もうちょっと時間が経たないとマックスの距離は走れねぇから注意して――――」


 ヴン、と眼前に赤枠のホログラム画面が展開された。画面には『Therから勝負を挑まれました』とある。エコーは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。


「げ」

「え、これって……」

「また会ったなエコー! そしてお連れのお嬢さん!」


 声が降ってきたので見上げると、さきほどエコーに惨敗していたミリタリーゴーグルの男性が大樹の枝に乗って高笑いしていた。手にはこれ見よがしにビールジョッキほどある手榴弾を持っており、雑に想像した自爆テロリストのように無数のインパクトグレネードを提げたベルトを肩に斜め掛けしている。


「さぁ、勝負をしようじゃぁないかッ! もちろん私が挑むんだから二対一で構わないさ。なにせ場所の有利はこちらにあるからねぇ。さっきは不発に終わった爆撃だが、今度は既に入念にゅうっねんな準備を」

「スズカ。OK押したらあそこ目がけてコイツ投げろ」

「え、うん」


 言われるがまま試合を承認し、手渡されたモノをロクに確認もせずに高くブン投げる。手を離れたそれがアニメでよく見る手榴弾パイナップルボムだと気付いたときには、枝の近くまで届いた火薬の果実をエコーが狙撃していた。


「あちょそれはまず――――」


 銃撃による起爆で、男性の体を爆風が覆う。瞬間、深緑が紅葉に変色したかと見紛うほどの大爆発が彼を中心に巻き起こった。


「どぅぁあああああああッ!?」

「ギャー!?」

「落ち着けスズカ。こっちは無傷ノーダメだ」


 敵は地上から爆風が届かない高さを計算していたのだから、逆もまた然り。余波の風は吹きすさぶが、ダメージは一切入らない。


「まあ、あっちはただじゃ済まねぇけどな」


 爆心地を見やると、可視化された体力バーがレッドゾーンに突入していた。そして天高く撃ち上げられた男は、どこかもの悲しさを覚える細い悲鳴と共に墜落。落下ダメージがトドメとなり、勝負はこちらの勝利で終了した。

 スズカは一連の事態について行けず、ただ唖然として勝利の表示を眺めていた。すると、エコーに労いのように軽く肩を叩かれる。


「よし、装備剥ぐぞ」

「剥ぐの!?」

「負けた方は所持アイテムがランダムでドロップするんだよ。勝利報酬はゲーム内通貨とそのアイテムだ」


 落下地点に向かうと、地面は腐葉土であったらしく、倒れたカエルのように間抜けな形の跡がくっきりと残っている。


「さすがだエコー。やはりおま」

「いいからとっとと弾薬アモ寄越せ」


 ぎゅむ、とまたも頭を踏まれる男性が言われた通りに拳銃の弾を献上する。スズカはその構図でこれが彼らの日常なのだと確信した。


「この人、さっきの人だよね?」

「ん、ああ……こいつは」

「待てぇい! 私が説明しよう!」


 地べたに這った状態から素早く立ち上がると、彼はやけに芝居がかった調子で声を張り、キング・オブ・ポップさながらの決めポーズを見せた。


「我が名はサー! Bullet's界で最も熱く、最もゲームを楽しむ、最もイカれた軍団! その名もスーサイドスペシャル――通称『SSS』を率いるリーダーであぁる!」


 特撮なら背後で爆発が起こりそうな名乗り口上だが、彼の持つ爆薬は一分前に全滅したため、寂しげな風が流れただけである。


スーサイドSuicideなら『SCS』になるんじゃ……」

「語感がいいからってだけだろ。深く考えんな」

「そうとも。我々は楽しむためだけに存在する集団だからね。というわけでお嬢さん! あなたも我らと華々しき特攻生活をんっ」


 エコーによる見事な足払いが炸裂した。


「初心者をイカれ集団に誘うんじゃねぇよボケ」

「頭を踏むなぁいたたたたた! あ、なんかクセになりそう」


 サーが特殊性癖の扉を開こうとしている傍ら、スズカは足元に落ちていた拳銃に気付いた。形状自体は単なるハンドガンなのだが、グリップ部分に天使の横顔、遊底スライドには『1.000.000/1』というレリーフが刻まれている。

 スズカはそれを拾い、頬を土に付けているサーへ差し出した。


「あの、これって……」

「おぅ!? 私の秘蔵っ子がッ!」


 きょとんとした顔で察してか、エコーが注釈を入れる。


「PvPじゃ単なるスキンカスタム扱いになるが、【Bullet's】にはゲーム要素として追加効果が付与された銃もある。そいつはかなりのレアモノだ」

「そのとぉーりっ!」


 またも無重力じみた機敏さで起立し、サーは自分のメニューからギャラリーを開き、ある一挺のデータを表示させた。


「そいつは初期のモンスター討伐イベントでゲッツしてね。効果は『LUXの上昇』。そして近代化改修により、装弾数を増加させ、リコイルを圧倒的に小さく改良した優れもの! モデルは【ベレッタM92FS inox】、その名も【Lucky Strike】!」

「ラッキーストライク……?」

「そいつを手に入れる条件がトドメの一発を入れるコトだったんだよ。最後を掻っ攫う幸運ヤローに捧ぐって意味で大当たりLucky Strikeだ」

「その通り! カッコいいだろう?」


 スズカは【Lucky Strike】を両手で柔らかく持ち直し、全体のディティールを細かく見直した。説明を聴くに、天使に見えた横顔は勝利の女神であるらしい。


(ラッキーストライク、かぁ……カッコいいなぁ)


 いつか自分もこんな銃が持てたらなぁ、と妄想しつつ、スズカは未だキラキラとした目で講釈を続けるサーに銃を差し出した。


「見せてくれてありがとうございます!」

「ほぁッ! 返していいのか、レアモノだぞ!?」

「なんで奪う前提!? わたしみたいな初心者がもらっても持て余しますって!」


 その言葉は謙遜の気などまったくない、初期の銃すらまともに扱えてない自分が持つには早すぎる、という自己判断だった。


「スズカ。一応言うと、勝負が始まった時点で奪われても双方文句は言えないってのがルールだ。お前のものにしても問題はないぞ?」

「そうだぞお嬢さん! 私は『負けたら奪われるかも』というスリル込みで楽しんでいるアレな人間なんだから遠慮はいらないぞ!」

「そ、そこはドン引きですけど……じゃあ、返しても問題ない……ですよね? 弾薬とかは欲しいけど、さすがにレアそうなのは気が引けるし……というか、こんなにも熱く語ってくれる銃を貰うと豚に真珠で良心がズキズキするというか……」

「……俺はいらねぇし、スズカがいいならOKだろ。よかったなボマー。1.000.000/1ワン・イン・ザ・ミリオンがピストル弾薬に早変わりだ」


 ゴーグルの緑がかったガラスの奥で目を見開くサーは、銃をその手に受け取るや否や、何かの感覚を噛み締めるようにしげしげと胸元に拳を置いた。


「おぉ……聖女に恵みを頂いた農民はこんな気分なのかもしれない……お嬢さん、いや、スズカ氏。私に新しいタイプの感動を与えてくれてありがとう!」

「落とし物返しただけみたいな話ですよね!?」

「まあ確かに大袈裟だがいいじゃないか! さぁこれも縁ということでフレンドになろう! そしてキミも我がSSSにべらっ」


 ローキックに崩れ落ちる男は徹頭徹尾、奇妙であり続けた末にスズカへ山ほどの弾薬を譲渡し、


「ついでだから久し振りにこの辺でスリルを味わってこよう! 何、フィールドモンスターに殺されても武器はドロップしないさ。では二人ともシーユーアゲイン! ハッハッハ!」


 と、肩で風を切って走り去った。


「ありゃー気に入られたな。面倒になるぞ?」


 辟易し切った顔のエコーを見て若干の不安はあるものの、スズカは数字が増えたフレンド欄に嬉しさを感じ、頬を緩ませていた。

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