3rd.Bullet 二挺拳銃
開戦の一発が煙の中を突っ切り、パリンッと何かを割る。ガラスと
レンズがヒビ割れたゴーグル――その向こうにある、プレイヤーの頭部が砕けた。血や脳漿の代わりとして、紅いガラスのようなエフェクトが宙を舞う。
「ワンダウン」
軽薄な調子で、身軽な死神が次の対象に微笑んだ。
「ッ、撃て撃て撃て!」
味方がひとり崩れ落ちる最中、近くにいた二名が
弾幕に追われるエコーは長テーブルの上をスライディングし、ソファの裏へと滑り込む。
「クソがッ!」
「落ち着けよ。来客にはティーセットじゃねぇのか?」
相手に冗談に応じる余裕がないと知りながら、意地悪くエコーは拳銃をくるりと回す。更にソファ裏からの狙いをつけない発砲。明らかな挑発に敵プレイヤーが舌打ちする。
「
叫びながら、片方が手榴弾を振りかぶった瞬間、エコーが駆け出す。その銃口を、小さな火薬樽に向けたまま。
「トゥダウン」
「ぐぼぁ!?」
顔の真横で手榴弾が爆裂し、持ち主は一撃で死亡判定を受ける。誰もがその現象を理解できない中、入口を爆破した位置で見守っていたスズカだけはその芸当を見抜く。
「撃ったんだ、あんな状況で……!」
ログインしてすぐの街中で聴いた『投げる前のグレネードを早撃ちした』という話。ついさっき、彼自身が作り出していた技術を耳にしたからこそ想像し、彼なら可能だと判断できたのだ。
(スゴすぎる! あんな小さいマトを、走り出したあの一瞬で…………もっと、見たい。近くで見ていたい!)
スズカはその一挙一動を見逃すまいと身を乗り出して目を見開くが、腕をぐい、と引っ張られる。
「わわっ、ガスマスクさん!?」
「…………」
「ここは危険だから、ってこと?」
こくり、心なしか心配げなガスマスクが頷く。
「でも、見ていたいんです。危ないのはわかってるけど、どうしても……!」
「…………」
待て、と人差し指を立てて、ガスマスクがメニューボードを開いてフォルダを探る。数秒すると、スズカは何かを頭に被された。
「重っ!? こ、これってヘルメット……」
ガスマスクは手早くあご紐を調整し、スズカにぐっ、と親指を立てる。
「あっ、ありがとう! 行ってきます!」
頭を大きく下げるスズカへ軽く敬礼を返すと、ガスマスクは屋根にラペリングロープを引っかけて登っていった。
(無言で不気味だったけど、とてつもなくいい人だった!)
スズカは何度も心の中で感謝しながら、ロッジ内へ踏み込む。メインの『AGU A1』は肩にかけたまま、拳銃である『P226』を手にしたのは、無意識にエコーの真似をしていたのかもしれない。
入口からすぐ右にある部屋に飛び込む。ビリヤード台が並ぶレストルームだ。部屋の中央に走り込んだ辺りで(索敵忘れてた!)と慌てて周囲を見渡すが、幸運にも無人のようだ。
部屋からはエントランスホールが見通せる。隠れてこそこそ、ならエコーの邪魔にはならないはず。壁から顔と銃口を少しだけ出して、エントランスホールの銃撃戦を覗き込んだ。
部屋の入口から直線状の位置が、装飾された大きな柱の裏で隠れるエコーの真横。大階段を挟んだ対面側には敵がひとり隠れており、お互いにカバーポイントから牽制し合っている。
「さて、どうしたモンかね」
互いに隠れた手詰まりな状態でありながら、エコーは余裕綽々だ。
彼の教えの通りなら、こういった状況は一気に接近して倒すのが正解。しかし、彼らの位置は中央の階段を挟んで東西に分かれている。エコーの俊足を以てしてもその距離を埋めるまでに撃ち抜かれてしまう。
「ど、どうするんだろ。このままだと敵の援軍が――」
スズカの危惧をよそに、突如、エコーは
「高いトコが何かと有利だよな。でもな、聴こえてんだよ」
「す、すご……!!」
ドローンのときと同じだ。音を聞いただけで正確に位置を割り出したというのか。ほぼ観客状態のスズカですら息が詰まってしまう、緊迫した状況で。
格の差に総毛立ち、心拍が早鐘に変わる。緊張よりも、興奮が勝っていた。
(もっと、近くで……!)
欲望と理性と本能が同調する。体が部屋を出ようとした瞬間――――背後で爆発が起こった。
「わひゃぁぁ!?」
それが二階の床を爆破して一階にショートカットする手法であるということは、数日後にわかったことだ。半分無意識のような状態から混乱の
「うあああああ!」
「っ!?」
自分の元へ走ってくる少女がいれば、どうするか。
敵なら撃つ。味方なら、
叫びながら味方の元へ逃げるというスズカの行動は味方を混乱させ、敵に位置を
「スズカ!」
手を差し出され、反射的に掴んだ。
「離すな、よッ!」
エコーは敵への置き土産として
二階の部屋とよく似た構造の客間だ。
「た、たすか……」
ゲームとはいえ、肌がヒリ付くほどリアルな臨場感。厳密には本当の銃声と違っているそうだが、現実だと勘違いしそうになってしまう。少なくとも、耳元で心音が聞こえるほどの緊張は本物なのだから。
助けてくれた礼を言おうとエコーを意識した。が、横を見るより先に、つないだ手から震えが伝わる。
(もしかしなくとも怒って……!?)
なんで裏取りしなかった。そもそも激戦地ってわかってるところに飛び込むな。
怒られそうな点ばかりが思い当たって縮こまるスズカだが、ふと気付く。エコーの口元が小さく上がっていた。こみ上げる笑いを隠していたのだ。
「急にヘルメットなんて被って、少年兵みてぇだな」
「お、怒ってない……?」
「別に怒っちゃいねぇよ。アレはアレで、均衡を崩せたからな。しっかし初心者がこんな場所に立ち入るとは恐れ入った。まさか、特等席まで見にきたってワケでもねぇだろうに」
「そ、そんな感じ……えへへ」
「おぉ、素質あるな。そう、それでいい」
チャキ、と二挺一対の拳銃が
「ヤバい
悪童のように無邪気な笑顔と同居するのは、スリルを抱擁する危険な色香。彼は楽しんでいる。勝ち負けという二極ではなく、想定内も外も全てを含めたこの瞬間を楽しんでいる。
心臓が跳ねる。昂揚したウサギのように跳ねて、跳ねて、跳ねる。初めてカサネを見たときと同じ感覚だった。
(あぁ、わたしは)
こんな人に、憧れたんだ。
「どうだ。
「うん!」
「なら、見せた甲斐があるってモンだ」
キャスケットの陰に隠れた目元が優しげに細められていると想像できるような声色と口元に、スズカはつられて微笑む。……だが、銃弾が飛び交う場所で安息はあり得ない。エコーが声を潜める。
「そろそろ来る。あっちはタイミングを合わせるハズだ」
「で、でも部屋の入口は
「壁抜き忘れんな。
…………隠れるか、戦うか。好きにしな」
まるで彼の声を合図にしたかのように、
カバーから転がり出たエコーは、挨拶代りと三回発砲。北のプレイヤーの腹部に二発入るが、体力の三割ほどが減るに留まった。怯みもなく、反撃が始まる。
「ぐっ――こなくそ!」
「うらァ!」
しかし、エコーは惑いも恐れもしない。二方向から飛来する銃弾に背を向け、テーブルに足を掛ける。
「よっ――――ッとぉ!」
脚の内にバネがあるかと思わせる、見事な
スズカは
「じゃあな」
流線型の死神が駆け抜ける。ヘルメットごと頭を――紅色のクリスタルを砕き、床の木目の奥底へと。
華麗に着地したエコーに拍手しようとしたスズカは、ハッと瞠目した。
「――――あぶないッ!」
敵がひとり、倒れたままでエコーに銃口を向けていた。ヘルメットはヘッドショットを一度だけ緩和する効果がある。それまでダメージを受けていなかったため、生存していたのだ。
気付いたスズカは焦り、拳銃を投げた。この世界へ入って時間が浅いスズカには、咄嗟に『銃を撃つ』という発想がなかったのだ。更に補足すると、【Bullet's】には打撃や体術のダメージ判定が存在する。近距離で弾切れの際には、
「がぃッ!?」
「おぉ、ナイス」
「あ……――――」
やっちゃった。
『試合終了。チームアルファ、勝利。お疲れ様でした』
アナウンスが入った瞬間、数字とアルファベットが入り混じる電子コードが体を包み、ワープさせられる。移動先はエントランスホールであり、目の前にはスコアボードが表示された。
「エコーっ!」
しかし、スズカはそれどころではない。
ラストダウンとはすなわち試合を決めた一発。最もカッコよく、気持ちがいい瞬間。助けようとしたとはいえ、それを奪ってしまった。いろいろなことを教えてくれた恩人に嫌がらせのような行為をしてしまった、という自責がスズカを焦らせ、追い立てる。
謝る時間もなく転送されたため、スズカはなんとしてもエコーを見つけ出さなければならない。必死で見渡していると、白いキャスケットより先に人混みでも格別に目立つ人物を発見した。
「が、ガスマスクさん!」
「?」
そう、あの長身痩躯の優しきガスマスクだ。
「あのっ、白い帽子のあの人がどこ行ったかわかりませんか!?」
それなら、とガスマスクは前方の自動ドアを指差す。丁度、
「ありがとうございますっ!」
頭を下げながら全力疾走し、エコーを追って外へ飛び出す。そして見つけた後ろ姿を追い、恥も外聞も考えずに名前を大声で呼んだ。
「エコォーッ!」
「っ!? そんなに叫ばなくてもわかってるっての」
耳が痛い、という風なリアクションをしながら、彼は振り返る。
「ご、ごめん! その、あの人生きてたから、反撃されちゃうって思って、でもそのせいでポイント奪っちゃって、本当に、悪気はなくて!」
「律儀だな。気にしねぇよそのぐらい。むしろお見事だろアレは」
よかった、と安心して、数秒の沈黙。スズカはその
「あ、あぅ、あにょ、あのっ!」
「落ち着け、落ち着け。一個ずつ消化すりゃいいから」
「はいっ! あ、あのね、そのっ、すごくカッコよかった! です!」
「ありがとさん」
「だ、だからっ、……フレンドに、なってくれませんかっ!?」
直後、スズカは自分の口を自分の手で塞いだ。
(何言ってんのわたし!? こんな明らか高ランカーの人がわたしの相手してくれたことが奇跡で、その人がまさか二挺拳銃使いってのは天文学的通り越して宇宙科学とかその辺ぐらいの奇跡なのにあまつさえフレンドなんておこがましすぎでしょ!? もしかしたらビギナーへのお情けでOKしてくれるかもなんて打算がないとも言い切れないこのズルさ性根の悪さがホントダメ。草すら生えないダメダメ具合。絶対幻滅されたぁ、もうダメだぁぁ……」
「思考ダダ漏れだぞ」
「へっ!? あ、うそ、そのぁああぅぅ…………!」
「……見てて飽きなそうだな、お前」
ピロン、とデフォルトの着信音が鳴る。引き抜かれたマンドラゴラのような顔になっているスズカがメニューボードに目を向けると、メールが二件届いていた。
「申請しといた」
「うぇ!? た、頼んだ立場でアレですけど、貴重なフレ枠を潰すようなことは!」
「フレンド上限って100人近くあるんだぞ? 俺は十分の一も埋まってねぇから平気だっての」
「そ、そんな稀有な存在の末席に置かせてもらうなんて胃が……ッ!」
「些細なコト気にすんなって。それに、コレは初心者への情けじゃねぇ。俺のオールキルを阻止した勲章……つったら上から目線過ぎるか。悪い、フレンドなんて久々で、なんか照れがな……」
頬を掻きながらそっぽを向いて、エコーは言葉を探す。ややあって、帽子のつばで目元を隠した。
「なんつーかな。手を差し出したのは俺が先だから教える責任もあるっちゃあるし、真正面からなってください、って頼まれたんだ。受けない理由がないだろ」
「~~~~っ! ありがとうございますっ!」
スズカは感激し、思い切り頭を下げる。
失意の自分に手を差し伸べてくれた人が憧れのカサネと同じ二挺拳銃使いで、初めてのフレンドになってくれた。スズカとしては、天からの授かり物を得た気分だ。
「さっきからちょいちょい敬語出てるぞ。そういうの面倒だからやめてくれ」
「はぃっ、――うん!」
「よし」
頷くと、エコーはメニューボードで時刻を確認する。スズカもつられて確認すると、午後22時。学生身分としては、もう寝ているのが理想だろう。
「今日はもう落ちる。都合が合えばいろいろレッスンするか。じゃな」
「う、うん。私も落ちるよ。またね!」
明日は平日であり、スズカも大事な予定がある。エコーに出会えたことへの感謝を込めて手を振ると、彼は小さく手を振り返した。
「またな」
「またねっ!」
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