2nd.Bullet レッスン・室内戦

「まずはトラップの仕掛け場所だな。こっちだ」


 少年は走り、壁を破った隣室のさらに奥――下の階へ続く階段の手前にレーザーで反応するブービートラップを設置した。


「ブービートラップって赤い線が見えるから、もっと別の場所に仕掛けた方がいいんじゃ……」

「その通りだが、実際は滅多に気付けねぇモンさ。上手い奴はもっと別のトコに仕掛けるだろうが、俺は敵が通りそうな所に置く。破壊されりゃ敵が来てるとわかるし、引っかかれば儲けモンってな」

「そ、そうなんですか……」

「敬語やめていいぞ。ま、ドローンで見られたらバレるけどな」


 じゃあ、ドローン対策は――と言いかけた時、スズカの耳にモーター音が届く。ロッジの屋上をドローンが走る音だ。侵入経路が複数ある上に発見されても逃げおおせやすいとあって、屋上の天窓やダクトから潜入というのは室内戦の常套手段と言える。

 しかし、スズカがドローンを目視した頃には少年の銃弾が天窓から飛び込んだハイテクマシンをガラクタに変えていた。彼は顔色一つ変えずに拳銃を仕舞う。


「さて、説明してると時間足りねぇな。さっさと敵に備えるぞ」

「イエッサー!」

「いい返事だ。そういうの好きだぜ!」


――見えなかった……!?

 スズカには、彼が何をしたのかすら見えなかった。それが拳銃であると判断したのは、銃声が一発のみであり、即座にホルスターから取り出せるサイズであるはず、という二点からの推測だ。

 天窓までは4m程度の高低差があり、オーソドックスな小型ドローンは携帯ゲーム機ほどの大きさしかない。人間技とは思えない精度の早撃ちを、彼は、トラップ設置の片手間で行った。

 スズカは腹の底が冷える感覚を味わい、逆らうのはやめようと心に刻んだ。

 指示のままに駆けこんだのは、試合開始地点の隣室。ソファを少年が蹴り倒して盾代わりとし、二人は伏せる。


「ホラ、窓がバッチリ見えるだろ」


 伏せた位置からは、少年が開けた穴越しに、侵入経路となる窓が丸見えとなっている。このための爆破か、とスズカは感心した。


「初心者に限らず、いっせーので正面から撃ち合いになったら勝率は五分。重要なのはいかにして敵を先に見つけるか、だ」

「でも、こっちから見える位置は敵からも……」

「即座に小さい穴越しのソファでカバーされた敵を撃てるか? まあ、撃てる奴もいるけどな」

「ひええ」


 試合開始の表示が出る。スズカは息を殺して待つ事にした。しかし、不安はぬぐい切れない。


「本当にここに来るのかな……」

「さぁな。そこは運否天賦うんぷてんぷだ」

「えぇ!?」

「だが、ここはかなり当たるぜ?」


 冷たい笑みを裏付けるように、東側――ロッジの正面入り口から爆発音と銃声。


「そら来た。構えろ」

「え、えっ、なんで?」

「ゲームなりのセオリーがあんのさ。ま、単純な話だ」


 伏せ撃ちの体勢を身振り手振りで教えながら、少年は続ける。


「正面で陽動ドンパチしてる内に裏から潜入して遊撃。敵を倒した勲功ポイントが欲しい野良戦カジュアルじゃよくある戦法だ」

「それなら対策されるのも読んでるんじゃ……」

「ああ。正面とタイミングをズラして派手なアクションを起こせば注意を散らせるし、俺らみたいなのも動かざるを得なくなるからな。それもアリっちゃアリだが、おそらくは――」


 言わずもがな、とばかりに窓がパリンと割られた。スズカの身がビクンと固まる。スズカのはやりが見えたのか、少年は銃を握る手に己の手を重ねた。


「ふぉふっ!?」

「シー……落ち着いて狙いな。リコイルは俺が補助する」


 叫びかけた口を塞がれ、耳元で囁かれ、銃を固定。電脳とは思えないほどのリアルな肌の質感と体温に別の意味で緊張しながらも、スズカは照準器サイトを覗き込んで瞬間を待つ。

 緊張で狭まる視界の中心でもう一度、ガラスが散り。人影が窓を破って室内に――――


「行け」

「ッ!」


 反射神経に全てを任せ、瞬間にトリガーを引いた。面喰らうような銃声と共に弾が無数に吐き出されるが、銃身の跳ね返りは少年が押さえてくれる。スズカは発火炎マズルフラッシュひるみながらも引き金を押さえつけ続けた。


「ストップ!」


 即座に指を離す。侵入したプレイヤーは一秒経たずで蜂の巣にされ、紅い破片を散らして床に倒れていた。眼前に『1DOWN』の文字。

 荒い呼吸と暴れる心臓で目が眩みそうになる。スズカはそれでも、自分が成長したという実感を掌に感じた。


「や、やった……!?」

「おう、お前の手柄だ。が――」


 少年はスズカの首根っこを掴んでを引き寄せ、ソファ裏に完全に隠れる。

 次の瞬間、弾丸と衝撃がソファのクッションに突き刺さった。


「うぇええええ、なんで!? 倒したのに!」

「ツーマンセルだったんだろ。お互いさまだな」

「その可能性は先に言――」


 あっけらかんと言い放つ少年に文句を垂れようとしたら、今度は少年に抱き込まれて運ばれ、部屋の奥、倒れたテーブルの裏に滑り込む。直後、背後でグレネードとは思えない盛大な爆発。座り込んでいた身体が浮き、バラバラに吹き飛ぶソファが壁に飛来したのを見てスズカは戦慄せんりつする。


「今度は何ッ!?」

「C4か。気合入ってんなお相手。侵入されて、あっちもバリケードに隠れたみてーだな」


 C4――世界的に使用されている粘土状のプラスチック爆弾。何から何まで自由度が高い【Bullet's】ではメジャーな爆破装備であり、現状はソファごとスズカたちを吹き飛ばすと同時に隣室との壁を取り払うために使用されたのだろう。

 確認、と少年が遮蔽物越しにスズカの銃で発砲すると、すかさず銃弾が飛来。スズカはさっきの死亡時と似たような状況のため、大いに狼狽うろたえる。


「ど、どうしよう!?」

「シー。こういう時は音を出すとか下手に動くのも危険だが、膠着こうちゃくが最もマズい。あっちがどんな投げ物持ってるかわからねぇからな。だから――」


 少年が消えた。

 そう思ったのも束の間、彼は電光石火のスピードで遮蔽物をつたって敵地に入り込み、


「よォ」

「なッ――」


こっちと同じくテーブル裏にいた敵プレイヤーの首にナイフを突き刺した。そのまま引き抜いたナイフを腰のホルスターに仕舞い、スズカの元へ悠然と歩いてくる。


「こうやってパパッと寄って斬るか撃つのがひとつの正解だ」

「ゆ、勇気あるね……」

「敵が一人ってのがわかるなら、残るは度胸だ。臆病も必要だが、蛮勇を手放すなって誰かが言ってたぜ」


 あっけらかんと笑う少年。スズカはかねてより『Bullet's』のさまざまな大会を追いかけてきたが、このプレイヤーは見たことがない。ましてや、白いキャスケットというワードなど聞いたことがない。


(ここまでの人が無名だなんて……なんつー伏魔殿なのここ!?)


 初心者のおののきなどいざ知らず、少年は現在の戦況を確認するため、ディスプレイを表示させる。


防衛こっちが3で相手は2――へえ、割とってるな」

「つ、次はどうするの?」

「そうだな――――おっ」


 少年がスズカに手招きし、耳を澄ませとジェスチャー。話し声はコソコソと細められた。


「足音だ。階段から上がるかどうか迷ってるぜ」

「そうなの? 全然聞こえないけど……」

「あー、かもな。じゃ、あぶり出すか」


 炙り? というスズカの疑問も聞かず、少年は腰のインパクトグレネードを引き抜き、階段に面する壁へ投げつける。

 ドンッ! と爆破されるや否や、階段下から銃弾が注ぎ込まれた。少年がスズカの襟首を引っ張って退しりぞくと、銃弾が服を掠ったスズカが抗議の声を挙げる。


「かすったッ、かすったぁぁ!?」

「落ち着けっての。引っかけるにはビビらせるのが一番なんだよ」


 クソがッ、と叫んだ階段のプレイヤーはこちらを仕留めんと二階へ駆けあがり――爆音が再び。スズカはブービートラップの存在を思い出した。


「焦ると見えないモンだ」

「す、すごい……」


 少年の見事な罠が決まった直後、試合が終了。どうやら、残りは別のプレイヤーが片付けたらしい。

 待合室に戻ると、少年はすぐにスズカの手を引いて部屋の外に出る。外は簡素な廊下が伸びており、すぐにある曲がり角はさながら迷路の道中にも思えた。


「あいつらと顔合わすのも気分悪いだろ? とりあえず、初撃破おめっとさん」

「そ、そうだ……わたし、倒せたんだ……! ありがと、えっと……」


 そういえば、プレイヤーネームをいていなかった。設定で味方と敵の識別方法を選択できるのだが、スズカは初期設定、識別なしのままだ。

 少年はああ、と手を打ち、


「エコーだ」

「エコー……なんとセンスあふるる名前……!」

「そりゃドーモ。嬢ちゃんは?」

「わたしはスズカ!」

「鈴鹿? 御前ごぜんとサーキットのどっちだ?」

「う、うるさいなぁ! ひねった名前思いつかなかったからしょーがないじゃん!」

「悪い悪い。そら、試合開始だ」


 勝率は一対一。今度は攻撃側だ。先ほどと同じ場所に転送される。

 すると、さっきの青年たちがスズカを見るや否や睨みつけた。スコアを見るに、防衛側でも倒せなかったらしい。


「行こうぜ。裏はあちらに任して、俺らは正面だ」


 エコーはスズカの背を押してロッジを外周していく。もっともらしい理由を付けて距離を置いた事にさりげない優しさを感じ、スズカは小さく、顎を引く程度に頭を下げた。名前をイジられた事はさほど気にしていないが、素直にありがとうと言うのもしゃくに思えたのだ。

 それを見通してか、エコーが言う。


「名前イジった謝礼だ。ちょっといいモン見せてやるよ」

(心読まれた!?)


 驚きを隠そうともしないスズカをクスクスと面白がりながら、エコーが同じく正面に回っていたガスマスクのプレイヤーに手招きする。


「ヘイ、そこのアンタ」


 自分? とガスマスクが首を傾げる。


「そう。素敵なヴェクターをお持ちのアンタ。ちょっと手伝ってくれ」


 ヴェクターというのはガスマスクがその長い腕に抱く短機関銃サブマシンガンの名前であり、それを褒められたのが嬉しいのか大きく頷いて小走りで駆け寄ってきた。高身長に表情もうかがえず、一切喋らないとあって威圧感が強いが、いちいち可愛らしいジェスチャーがそれを緩和している。


「簡単な仕事だ。開始と同時に正面扉へ破片手榴弾フラグレブチ込むだけでいい」

「それでいいの?」

「ああ。ただし、ちゃんと当てろよ? 破れなかったら俺が死ぬからな」


 何をしようとしているのか、訊いても答えない事はわかっていたのでスズカは言う通りにグレネードを手に持った。

 カウントダウンが始まった時、エコーはスズカとガスマスクの前に立って大きく伸びをする。彼の背後に立って、ようやく気付いた。

 両手にメインの銃を持ち、腰にはサブウェポンの拳銃をホルスターで提げ、他にナイフやグレネードを装着するのが普遍的な装備だ。だが、いまのエコーは両手で持つような銃も、ナイフも、グレネードも持っていない。戦闘服の各部にあるベルトを締めて服を身体に密着させ、拳銃のホルスターと弾薬を詰めたポーチだけを腰に提げていた。

 その真意を理解する前に、カウントがゼロを数えて障壁が消える。


「行くぞ」


 走り出したエコーに続いて、正面入り口へ。エコーが人差し指で示すと、スズカは隣のガスマスクをマネするようにグレネードのピンを抜き、正面扉に投げつけた。

 その瞬間、エコーは腰の拳銃――――二挺拳銃を抜く。

 投擲されたグレネードに追いつくほどのスピードで駆け、グレネードが爆散すると同時に。爆風と木片が舞い散る最中、多少のダメージを覚悟で突っ切り、彼は両目を煌々こうこうと輝かせた。


準備はいいなAre you ready開戦だLet's Trigger!!」


 叫ばれた口上は、【Bullet's】この世界の英語版キャッチコピー。歯切れの良い、それこそ弾丸のようにまっすぐな声が笑っていた。

 戦場で目を疑うような軽装。重力を無視するような身のこなし。メインウェポンは自動式オートの二挺拳銃。そして――――狂気的なまでの笑顔。

 投げた体勢のまま、呆然とスズカは呟く。


「似てる……」


 試合中、個人が装備できる拳銃ハンドガンは一挺のみ――それはサブウェポンとしての話。

 例外がある。メインウェポンとして扱われる、二挺一体の装備。射程の短さ、安定しない照準と連射性、リロードの難易度から『満足に使える人間なんて三次元に一人しかいない』と称され続ける、二挺拳銃。

 それは、唯一無二とうたわれた憧憬カサネと同じプレイスタイルだった。

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