1st.Bullet 銃と幻想の世界


「くぉー……っ、本当に銃だ……こんなに重いんだコレ……くぅ……っ!」


 そんな若干変わり者のスズカは、メインストリート脇にある公園のベンチに座り、メニューから具現化させた初期装備ハンドガン『P226』を感動と共に握りしめていた。


『好きに撃て! 派手にヤれ! ここじゃ全てが銃で決まる!』


 そのキャッチコピーに違わず、銃のディティールには特段こだわっているのが【Bullet's】である。

 通行人は「なんでハンドガンに感動してんだ?」と奇異の目を注ぐ者と「わかるわかる」と共感して頷く者の二通りだ。後者はとてつもないガンマニアが当てはまるのだが、スズカはまた違う。この銃の使い手に並々ならぬ憧れがあったのだ。

 うへへ、とメタリックな黒を撫でていると、


『ヘイヘイ元気か皆の衆ゥー! 日曜の正午をこんなトコで過ごしてるヒマ人・オア・トリガーハッピー共に月間マンスリーランキングのお時間だゼ!』


 突如、乱暴な語り口が響き、セントラルタワーを旋回する気球のディスプレイにパンクファッションの少女が映し出される。


『放送はミっちゃんこと個人ランキング圏外のMCミリアリスがお送りしまっす! あヤッベ、自分で言ってて悲しくなってきた……んで早速、プレイヤーランキング! 数多いから一位だけ紹介ねー、それ以外は自分で調べてドゾ!』


 立て板に水の如く朗々と喋る最中さなか、バズーカめいたファンファーレと共に画面いっぱいに一人のプレイヤーが映される。

 こういったゲームの一位となれば、いかつい黒人男性やガスマスクの軍人を想像しかねない所だが、それは意外にも見た目は高校生ほどの、黄金の瞳を鋭く光らせる緑髪の少年だった。パンクなフォントで書かれたプレイヤーネームが、火花と共に滑り込む。


『栄えある一位はー、ドゥルルルル、デンッ! 生ける伝説、通称『ダブル』! そう、【カサネ】だァー! って先月もやないかーい! このランキングってレシオとか勝率とか人気投票とか駆使してやってんだけどスゲくね!? 先月の公式大会優勝から止まんねぇな! スポンサーもジャンジャカ増えてるってウ・ワ・サ!』


 散々に褒め称えた直後『次いってみヨー!』と別のランキングに続ける放送を前に、スズカは手元のハンドガンを強く握りながら堪えきれずに口角を和らげた。


「スゴイ……カサネはホントにスゴイなぁ……!」


 カサネ――【Bullet's】での知名度はトップクラスのプレイヤーであり、とある装備のほぼ唯一の使い手として日本に限らず世界中で名を馳せている。スズカがゲーム購入を決意したのも、二年前に彼が参加していた大会の動画を視聴した為だ。

 それは総勢五十名が同じフィールドで戦い合う、全員敵同士のサバイバル戦だった。

 荒廃したフィールドを駆け、足場とは到底呼べない瓦礫の上を兎のように跳ね回る軽業。多くの視聴者はその動きに魅せられたが、スズカは別の一点に目を奪われた。

 笑っていたのだ。銃弾が脇腹を掠めた空中で踊るように銃弾を放ち、普段は切れ長の鋭利な双眸そうぼうをこれでもかと爛々らんらんに見開いて。あの笑顔が何を思ってのものかは推し量れないが、それでもスズカは生まれて初めて心の全てを持っていかれる感覚を味わった。

 残念ながらカサネは準優勝に終わったのだが、VRMMORPG自体が流通し始めたばかりの当初、彼のプレイングは『パルスシグナル』を夢見る多くの人々をとりこにしたのだ。

 スズカは今もなお彼に憧れ続けており、この手に握る『P226』も彼が使う装備のであるが故の感動だった。


「やっぱりカサネが一番好きだなぁ……」


 はふぅ、と満足げに息を吐き、スズカは立ち上がる。

 足を向けたタワーは、ランドマーク以外にも沢山の役割を担う。ログイン時の音声案内が言っていた通り、チュートリアルや細かい操作の説明・特訓の施設に加え、品数は少ないもののガンショップもあり、フィールド移動用の車やバイクの貸し出しも行っている。だが、スズカ含め最も多く利用されるのは――


「わたしも、戦場へいざ行かん!」


 トレーラー動画で真っ先に映される、セントラルタワーの入口正面、中央の大柱を取り囲むように配置された対人戦の受付である。

 手首の時計を触ると目の前に板状の青白いホログラムが表示された。メニューボードだ。装備画面で手元の拳銃を消すと、右上に表示されているミニマップでタワーの方向を確認する。


「――っと。ついでにいろいろやっとこ。えーっと、設定が……」


 服屋や喫茶店が立ち並ぶ通りを歩きながら、あらかじめ覚えておいたおすすめの詳細設定を入力していく。痛覚抑制機能ペインアブソーバーや銃器の重量など、初心者が忘れがちな設定がいくつもあるのだ。

 あと二、三項目で終了という所で、


――――ドゴォンッ!


 市街地に似合わない轟音が響いた。


「ひょえ!?」


 スズカは尻餅をつき、一瞬遅れの突風を受けて顔を上げる。前方、大通りの真ん中で青い雷を纏う爆炎が吹き上がっていた。

 爆心地であろう場所を取り囲む野次馬が激しくざわめいており、周囲の人々がそれを取り囲むように群がり始めている。


「何事だよ!」

決闘デュエルだ! 始まった瞬間に荷電手榴弾プラグレブン投げやがった!」

「うっはー、そりゃ勝てるわ」

「いや、負けた!」

「はァ?」

「相手が振りかぶった瞬間に早撃ちしやがった! ボブ・マンデンかよアイツ!?」


 スズカは人波から離れるように道の隅へ寄った。ミルククラウンのように賞賛の拍手口笛が広がっており、これすらひとつの娯楽エンタメなのだと認知する。


「うわー、本当に街中でドンパチがあるんだ……!」


――【Bullet's】で爆発は日常茶飯事。

 いろいろなVRMMORPGをかじっている友人が言っていた事を思い起こしながら遠巻きに眺めていると、モーセよろしく、人垣がサァァと割れる。

 そこを平然と歩くのは、白いキャスケット帽を被った黒髪の少年だった。勝利の余韻はなく、静かな表情である。


「あの人が……キャスケットなんて被ってるオシャレさんなのに、見かけによらないなー」


 呟きが聞こえてか、少年はスズカをめつけた。ヒッと喉の奥から萎縮の声が漏れたが、少年は興味を失くしたように歩き去っていく。


「こ、こわぁ……じろじろ見たから気に入らなかったのかな……」


 少し怯えつつも、三々五々に散り出す通行人と同じく、再度歩き出した。





 タワーに着く頃には胸の高鳴りで少年の事など忘れ去っており、スズカは走るように受付へ飛びつく。


「試合、おねがいします!」

「現在は室内戦を行っております。現在のあなたが参加できるのは、格付けランク関係なく全てのプレイヤーが入り乱れる『カジュアルマッチ』のみですが、よろしいですか?」

「よろしいです!」

「では、ご健闘を祈ります」


 受付嬢アンドロイドの柔和な笑顔に見送られ、スズカは足元に出現したサークルによってロッカールームのような場所へ送られた。リノリウムが四方を覆う細長い部屋に、申しわけ程度の長椅子やロッカーがあるだけの殺風景な部屋である。

 最初は自分一人だったのだが、次々にプレイヤーが転送され、あっという間に五人一組のチームが結成されていく。

 初心者だと一応伝えようと思い、あの、と言いかけた時、最後の一人が招集された。白いキャスケット帽がスズカの目に飛び込む。


「!?」


 入室して早速、長椅子で足を組んでいるのは、間違いなくさっきの黒髪少年だ。


(な、なんという確率……!)


 そこでたじろいだが最後、機を逸した。ルームはフレンド同士で話し合う二人の青年以外、無言のまま待機時間が過ぎていく。キャスケットの少年ともう一人のガスマスクを被ったプレイヤーは銃の手入れをして時間を潰しているが、銃も装備も新品そのものであるスズカはやる事が何一つない。


(うぅ、こういう時に話できるフレンド欲しいなぁ……って、コミュ障こじらせたヲタが望むには厳し過ぎるよね。あ、ヤバい。昂揚感が過ぎ去って気にしすぎな部分がひょっこりしてる。怖い。わたし変じゃないよね? 初心者ってみんなこんなモンだよね? ……ね?)


 何かしている、とアピールするために意味もなく装備欄をいじくりながら(カジュアルマッチだから装備の話し合いなんかはしなくていいのかな)と考えていると、やがて『あと十秒で試合開始となります』とアナウンスが通る。


「え、もう!?」


 慌てて手榴弾や銃のカスタムを確かめ、よっしと両手を握って、気合十分で転送を待つ。


『カジュアルマッチ、ルール・室内殲滅戦、試合開始です』


 視界が白く染まり、目の前に現れたのは一面の雪景色だった。それなりに吹雪いているが、寒さは感じない。設定によっては温度変化も感じれるようになるらしいが、暑いも寒いも嫌いなスズカには無縁の話だ。

 眼前には攻略対象であるロッジが佇んでおり、あそこには敵となる五人のプレイヤーが待ち構えている。

 自分の身体を見ると、設定した道具がしっかりと装備されていた。

 スリングで肩に掛けられた初期装備のアサルトライフル『AUG A1』に、腰のホルスターに入った『P226』、腰ベルトに提げた破片手榴弾フラググレネードに近接用のサバイバルナイフ。バックパックを装備すればこれに加えて、試合中にアイテムを出す事もできるのだが、初心者のスズカには難しい芸当であり、そもそもこれ以上の装備を持っていない。

 いざ行こう――としたのだが、目の前には青白いバリアが張られていた。


(あ、そっか。室内戦だと防衛側の準備時間があるんだった)


 今回の室内戦、ルールは『殲滅戦』であり、勝利条件は攻撃側の場合、相手全員の撃破。防衛側の場合も同様であり、時間切れの場合は残り人数の多い方が勝利となる。一度撃破されたら復活はない、シビアなルールだ。

 試合開始と同時に攻め込まれては、防衛が圧倒的に不利。そのため、防衛側には持ち込んだガジェットを設置する準備の時間が設けられている。あのロッジは、いままさに敵側の牙城となりつつあるのだ。

 その間、攻撃側は攻め込む位置を決めたり、こちらもガジェットを使用したりといった行動を取る。ドローンのような機材を購入すれば敵陣地の捜索も可能らしいが、ゲーム内のお金が少ないビギナーには関係無い。動画で粗方のマップは知っているが、来てみると何をどうすればいいのかまったくもって不明のままだ。

 周囲はというと、二人の青年はディスプレイ――くだんのドローンの操作画面をやたらハイテンションで動かしており、ガスマスクは暇なのか、自前のSMGサブマシンガンのディティールをじっと眺めている。白いキャスケットの彼は……と見渡していると、


「あァクソッ、壊された! クソがッ! 死ねッ!」


 青年の一人が地団駄を踏みながらそう叫び、ディスプレイを叩き割らん勢いで消去した。ドローンが壊されたのだろう。ムカつくと連呼しながら頭を掻いており、相方はヘラヘラと笑っている。

 スズカは(怖いなぁ、もう)と静かに距離を置いた。ディスプレイを表示させると、簡易的なマップと方位を示す羅針盤、そして開始までの残り時間が表示される。


(3……2……1!)


 そしてようやく、試合が始まる。


「ブッ殺す!」

「っしゃ!」


 スズカも動こうとするが、ガスマスクは一人で他方へ向かう。おそらくは遊撃だろう。ついていったら邪魔になると判断し、とりあえず駆け出した青年二人に続いてロッジへ接近。

 よく見る動画では、窓を割って侵入しているけど……と思っていると、早速青年がポンプアクションの定番散弾銃『レミントンM870』を撃って窓を破る。


「行くぞ!!」

「ブッ放すか!」

(あれ、撃っちゃうと音で居場所がバレるんじゃ……)


 疑問を抱くも、澱みなく侵入する二人を見てスズカもついつい窓枠に足を掛けた。そうして部屋に侵入した、瞬間。


「うわ敵! 撃て撃て撃てッ!」

「ひぁ!?」


 口汚い方の青年が急停止した瞬間、廊下から銃口が二つ向き、銃弾が掃射される。スズカは咄嗟にすぐ近くのソファの裏に逃げ込んで事なきを得たが、室内を直進していた青年二人は全身に真っ赤な穴と破砕エフェクトを散らし、アサルトライフルの餌食となった。


「二人ダウン! あと一人、ソファ裏!」


 それでもスズカの存在をしっかりと捉えている敵の銃撃は止まず、スズカはソファ越しに伝わる銃弾の振動に縮こまる。


(無理無理無理無理! 何にもできないでしょこんなの……!)


――卓越したスーパープレイ動画を見て、理由も無いのに自分が上手くなった気がする。そしてプレイしてみると、動画の一割も上手くいかない。誰にでもある経験だ。

 動画とゲームという平面同士であってもそんな始末なのだから、実際に身体を動かすともなれば全く上手くいかないのも道理である。

 ピン、とグレネードの安全ピンが抜かれた音が聞こえ、スズカは頭を抱えて限界まで小さくなる。爆炎と共にソファごと吹き飛ばされた。


「うひぃ!?」


 なすすべなく、スズカは受け身も取れず床を転がる。運良く、倒れたテーブルの裏に入れたが、それを意識する余裕がない。

 耳をろうする銃声に爆発音。香る火薬と肌を焦がす重圧が、いままでの記憶の全てを消し飛ばす。意気込みはどこへやら。紛争地で銃を拾ってしまった民間人になった気分だった。

 だが、手元にあるものを思い出す。自分も、相手と同じ武器モノを持っている。相手も自分も、プレイヤーなのだと。


(こ、このままじゃダメだ……せめて反撃しないと……カサネみたいになれないっ!)

「う、うおああああ!!」


 かろうじて短機関銃AUG A1を手に持ち、叫んで己を奮い立たせ、立ち上がった――が、目の前に敵の姿は無い。代わりに室内に何か、筒が転がる。


「あ――――」


 フラッシュバン。

 脳髄まで真っ白になる閃光によって視界を、甲高い爆音に耳をやられ、前後不覚に陥った。

 待つ未来など、ひとつ。


「ぅぐッ!?」


 ダダダダ、と腹部に連続する衝撃と熱――――痛み。

 白い世界で辛うじて見えていた視界の輪郭が闇に包まれ、死亡したのだと本能的に理解する。


――なんにも、できなかったなぁ……


「――――!」


 気が付くと、漂白された世界は殺風景な待合空間に戻っていた。

 スズカは長椅子から身を起こし、お腹をまさぐる。傷や弾痕はもちろん痛みもまったくないが、撃たれたという実感は深く残っていた。機能で抑制されようと、ジンジンとした熱さが滞留している。昂揚は一挙に叩き落されて無力感に変換され、数秒前の置き土産である心拍音が耳元で響いて、身体がグラつく感覚があった。

 落ち込んでいると、人の気配が動く。次の瞬間、椅子が激しく揺れてスズカは床に転げ落ちた。


「うわっ!? えっ……えっ?」

「テメェゴルァ!」


 困惑するスズカに、青年が迫る。怒号と激憤に駆られた表情が、スズカの混乱を恐怖に変えた。


「ひッ……」

「テメェがソファに隠れたせいで俺らが巻き添えで死んじまった。邪魔だよクソヌーブが!」

「オイ、初期装備だぜ。初心者だ初心者」


 相方が便乗してスズカをそしる。二人の悪態は熱を帯び、加速した。棒立ちで蜂の巣になったのに『隠れ場所がなかった』とは言いがかりも甚だしい。だというのに、スズカは真正面からその怒りを受け止めてしまった。


(わたしのせいだ。自分で考えなきゃダメなのに、何も考えずについていったから。だ。誰かの後ろにつきまとって迷惑をかけた。何にも成長してない…………ごめんなさい。ごめんなさい……)


 尻餅をついたまま、動けなかった。

 声なんて聞こえない。過去の記憶が重なって、母音すらもかき消されるほどの声が襲い掛かってくるから。わからない。怖い。自分がどろどろになって、どんな形をしていたのかすらわからなくなりそう。ただ、知っている。黙っていなきゃダメ。求められるまで、謝っちゃダメ。もっと怒られてしまう。


(ごめんなさい……ごめんなさい……!)


 数時間にも感じる三十秒の後、試合が終わって二名が帰還する。そこでようやく、青年二人は体裁ていさいを気にして暴言を止めた。


「あークソ。マジクソ。一本取られたし、こんなの実質四人じゃねぇか。初心者が試合来てんじゃねぇよ」

「ザーコ。いねぇ方がマシだ」


 背を向けて、二人が去っていく。ガスマスクは事情を察してか、我関せずと顔を逸らした。


(ああ……そうだ。そうだよね……)


 味方なんていない。これがネガティブに傾倒した捉え方だとわかっていても、一度染みついた感情は、グルグルと思考の渦に巻き込まれて悪循環を繰り返す。

 スズカは崩れ落ちる寸前で、地面へ手をつく。自分の頭で陰る床だけが見える。だんだん、だんだんそれがゆがんで、黒くなっていく。

 全身から生気が抜けていくのに、心臓だけがずっと五月蠅い。大鐘が脳内で叩かれているように、拍動の度に全身がふらりと揺れた。

 憧憬の雄姿と共に五感が遠くなっていく。きっと、精神不安定による強制ログアウトが近づいているのだろう。自分の足元だけが液状化して、地の底へ沈んでいく気がした。

 手が冷たい。なのに、目の奥は、指に落ちた涙はこんなにも熱い。


 ……目立つプレイヤーになりたかったわけじゃない。


 ただ、クソ性能とバカにされる銃を「好きだから」と言い切って華麗に勝つ姿がカッコよくて、眩しくて……根暗で、他人が怖くてふさぎ込んでいた心が、少数派でもいいんだ、って。少しだけ勇気が持てたんだ。

 関係性なんてなくていい。遠くから、いつものようにディスプレイ越しに見るだけでよかったのかもしれない。ただ、彼に、少しだけでも近付きたかった。同じ世界ゲームを見てみたかった。


(…………でも、もう)


 心が折れた。

 きっと向いていないんだ。私みたいな脆い人間に楽しむ権利なんて最初からなかったんだ。


――わたしなんかが、カサネに憧れちゃダメだったんだ。


「――――おい」


 失意の海から意識が戻る。引き上げてくれたのは、目の前に立つ少年の声。


「へ……?」


 顔を上げると、白いキャスケット帽を被った少年が立っていた。

 装備は軽さを追求しているのか、防弾チョッキの類を一切装備していなかった。迷彩を象徴するほどポピュラーなウッドランド迷彩の陸軍戦闘服バトルドレス、ベルトに提げる髑髏がデザインされた拳銃ホルスターや小型の手榴弾以外に目立つ装備がない。被弾ダメージが大きい【Bullet's】の対人戦ではかなり珍しいスタイルだ。


「あんな奴ら気にすんな。ネットだから、アバターだからって何言ってもいいと勘違いしてる奴がいるのは昔から変わらねぇ」

「でも……わ、わたし、のせいで……」

「大方、動画やらで基本操作知ってるからチュートリアルもせず突入した初心者ってトコだろ」

「ひぅ」


 一言一句違わずその通りで泣きそうになるが、少年は構わず続ける。自分もそうだったと言外に語る、優しい声色だ。


「別にいいんだよ。最初は対人戦で蜂の巣にされるか、フィールドでモンスターのエサにされるかの二択だからな。大体、室内戦じゃ上級者でも普通に死ぬし。あと、ソファに隠れたのはナイス判断。初心者でアレができりゃ上出来もいいとこだ」


 冷静なまま、分析をともなった解説が続く。


閃光手榴弾フラッシュは……投げた音さえ聞いてりゃ避けられたが、まあしょうがねぇ」

「と、というか……見てたんですか?」

「おう。ばっちり聴こえた」

「うぅ、お恥ずかしい……」

「でもま、よくがんばった」


 赤面と涙を隠すスズカの頭に手が置かれ、くしゃくしゃと撫でられた。優しい温かさのある手だ。


「銃なんざ、撃つも撃たれるも体験しねぇとわかるワケがねぇ。操作説明云々うんぬんを受けても、スタートは同じだ。あとは何を吸収するか、だ」


 ところで、と少年は好戦的に笑う。


「カサネになる気はあるか?」

「ふぁっ!?」


 ボッとスズカの顔が赤くなる。


「さ、さっきの、声に……?」

「おう。バッチリな」

「お、おぅぅぁぁぁぅ…………!」

「なんだそりゃ。アザラシの真似か?」


 頭を抱え、丸まってもだえるスズカ。このまま貝にでもなりそうな勢いだ。


『あと十秒で試合開始となります』

「うぇ!?」


 現実に戻され、ガバッと起き上がる。七変化する表情が面白いのか、少年はククッと歯を見せ「行こうぜ」とスズカに手を差し伸べる。


「試合始まるぞ。今度は防衛。上手くやりゃ平気だ」

「う、うん……」


 その手を掴んで立ち上がると同時に転送。

 ロッジ内、二階の一室だった。ソファや机、ベッドが配置され、壁際には暖炉のある雪国のロッジというイメージそのままの内装だ。


「さて、まずはトラップでも仕掛けるか」

「うん……」

「……ったく」


 呆然と話を聞くだけのスズカがもどかしくなったのか、少年はスズカの背を叩く。スパァン、と気持ちの良い音と洒落にならない痛みが襲った。


ッ!?」

「とりあえず、シャンとしろ」

「は、はいっ!?」

「いい返事だ。野良戦は2ポイント先取。あと攻守一回ずつあるからしっかりしとけ」

「え? 一回負けてるからコレ負けたら終わりじゃ……」

「負けを考えんな。ストレート勝ちなら二戦だろうが」


 少年は腰から小型の手榴弾を引き抜き、右方の壁に放り投げる。


「手ぇ貸してやるよ」


 叩きつけられた爆薬が薄い壁に穴を開けた。近距離の爆破音とキィンという耳鳴りに驚いてうずくまり、恐る恐る、少年を見上げる。

 隣室との突貫工事による砂ぼこりと、窓の外にある雪景色と白いキャスケットとのコントラスト――その中でこちらを真正面から見つめる黄金の瞳が、心へ鮮明に焼き付いた。


「室内戦のり方、特別授業だ」

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