Bullet's‼︎

鴉橋フミ

一章 憧憬へ

Ready. 銃弾と情景

 一発の銃弾が、分厚いゴーグルごと額を貫いた。


――少女にとって、それはきっと特別な非日常で。


 赤いガラスが破れるようなエフェクトが舞い、銃声が連鎖する。


――少年にとって、それはきっと当然の日常で。


 吐き出された火花と弾丸が、室内に存在する家財道具オブジェクトを次々破砕した。


――きっとこれは絶望的なまでの壁であり。


 半歩前を死の雨に撃たれながら、少年は机の上を滑り、跳ぶ。


――きっとこれは絶対的なまでのみぞであり。


 傍観する少女には、自ら弾幕に飛び込む少年の顔が確かに見えた。


――何よりも、憧憬だった。


 輪転する空中で、少年は行く末を見守る少女の顔を視認する。


――何よりも、運命だった。


 瞳を煌めかせた、笑顔だった。





  プレイヤーIDを ご記入ください



 えーっと……じゃあ、[Kasane]っと



  そのIDは 既に使用されています



 うっ、さすがにそうなるよね……じゃ、[Suzuka]……いや[Suzuka0214]で。



  登録しました

  プレイヤーネームを ご記入ください



 ここはまあ安直に[スズカ]でいっか。後でも変えれるし。



  性別を 決定してください



 えーっと……女性なら[Female]でいいよね? ……よね?



  フェイスデータを スキャンしています しばらく お待ちください



 うわ、眩しっ!? というかバーチャル世界でも私の顔か……なんとも言い難い気持ちだわ……



  スキャン完了

  フェイスデータは 後に 設定変更が 可能です



 あ、そうだった! でも自分の顔変えるのは負けた気がする……うぐぐ……



  登録終了です ありがとうございました



「では、VRMMORPG【Bullet's】をお楽しみください」



 電子的な少女の声で告げられると、世界は極彩色に包まれた。身体が浮き上がる不可思議な感覚に身を委ねて目を閉じる。

しばらくすると、浮遊していた筈の足元に確かな感覚があった。


「こんにちは、スズカ」


 リノリウムに似た硬くフラットな質感を確かめていると、距離感が掴めないほど何も見えない暗闇の中にさっきの少女の声が聞こえる。姿は見えないため、音声案内なのだろう。


「身体に違和感はありますか? ふらつき、嘔吐感、視界不良。何でもご報告ください」

「大丈夫だよ。なんともない」


 辛うじて見える自分の両手をグッパと握り、軽くジャンプして健常をアピールした。


「それはよかった。【Bullet's】は激しい運動を伴います。何かあったら、すぐさま設定を変更、または休憩をお取りください。では、チュートリアルを始めますか?」


 少女はふふんと鼻を鳴らし、胸を張る。


「だいじょーぶ。私、めっちゃ動画見てたから!」

「了解しました。受講を希望される場合はセントラルタワー地下二階、訓練場へどうぞ」


 渾身のドヤ顔を流されて、少し頬が熱くなった。よく考えるとCPUだから定型文だよね……とスズカははにかんだ。


「では、お待たせ致しました。先進的で、退廃的で、現実的で、幻想的。銃と争いと混沌が織り成すファンタジーワールド――――【Bullet's】へようこそ」


 またも世界がいろどりに包まれる。

 今度は浮遊感もなく、気付くと足元の質感が少しデコボコした――丁度、石畳のようなモノに変わっていた。耳は雑踏を拾い、鼻は無数の匂いが薄く混ざり合った都会の空気を吸い込む。

 意を決して目を開けると、そこには『世界』があった。

 眼前には西洋の現代都市を思わせる街並みが広がり、人が多く行き交っている。

 見上げれば今日は青空であり、メインストリートの遥か先には雲を突くように高くそびえる近未来風なタワー。その外周を鯨のように泳ぐ、ディスプレイを搭載した飛空艇には本日のトピックスが流れている。

 そして何よりも。

 カジュアル、ミリタリー、サイバー、スチームパンク――果ては着ぐるみまで、波のように歩いて行く様々な服装の人々は、一様に銃を装備していた。


「遂に……遂に来たんだ……!」


 少女、スズカは両目をめいっぱい開き、この興奮を網膜に焼き付ける。


「夢みたい……本当に【Bullet's】の世界に来れるなんて!」


 少女は鼓動と同じように飛び跳ねた。





 20××年現在、VR技術は飛躍した。

 数年前、人類は遂に五感を伴った状態で電脳空間へ飛び込む――――フルダイヴと呼称される技術を手中に収めたのである。

 当初、危険性を促す新聞記事や評論家が頻出したが、やはりロマンを追うのが人間のさが。フルダイヴ可能なMMORPG――大規模多人数同時参加型のオンラインゲームが開発されると発表されるや否や、世界中で歴史に残る大旋風を巻き起こした。

 無数の実験、安全審査、テストプレイを経て、満を持して発売されたヘッドギア型ゲーム機『パルスシグナル』は販売当初こそ田舎のゲームショップで三次抽選が実施される程の品薄になったものの、二年経った現在では安定して購入できるようになっている。現在でもその売り上げは伸び続けているのだとか。

 かくいうスズカこと水橋みずはし涼香すずかもまた、このゲームに恋い焦がれた一人である。

 周辺機器も合わせると最低十万円という高校一年生には手が届かない値段を、中学からの貯金に入学祝いのお小遣いを重ねてようやくその手にしたのが数時間前の話。幾度となくエアーで接続の練習をしていたため、手間取る筈の設置は案外簡単に済んだ。

 そんな彼女が胸躍らせて購入したゲームは、ファンタジーな世界を様々な種族で冒険するRPGロールプレイングゲームでも、さまざまな運動競技を疑似体験するSPGスポーツゲームでも、ほのぼのゆったりと農場を営むSLGシミュレーションゲームでもなく――――硝煙が香り、爆炎が吹き荒れ、銃弾が行き交う殺伐とした世界なのだった。

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