第4回目【試し読み】暗黒ハローワーク!

どこかで休もう。


 そう思った時、ホールの端にステージが組まれているのが目に留まった。どうやら講演会をやっているらしい。


 あれでも聞いて、一休みしよう。

「マリア、鶯、あの講演会を聞いていこう。何か参考になる話が聞けるかも知れない」


 パイプ椅子が数百並べられ、そこそこ席が埋まっている。


 俺たちはその最後列に陣取り、ステージを見上げた。


 一人の綺麗な女性がマイクを前に講演をしている。背後のスクリーンには、光峰勇者学校OG十(じゆう)条(じよう)詩(し)織(おり)と映し出されている。って、うちの卒業生かよ。


「――現在は勇者のなり手が大変不足しています。未曾有の売り手市場と言っていいでしょう。現に私は、特別に成績が優秀だったわけではないのですが、プレシャス様の運営する世界で勇者の職を得ることが出来ました」


 なに!? 女神プレシャスの!?


「ねえ、エーちゃん。プレシャス様って、確か有名な女神様よね?」


「ああ。『採用して欲しい世界ランキング』で、常にベストフォーに入る超優良世界だ」


 うちの卒業生でも、そんないい世界へ行けるのか。


 だったら――


「あたしも余裕で行けるわね。っていうか、考えておいてあげようかしら?」


 鶯が復活していた。うざい。


「プレシャス界は平和で、リスクがとても低いのが特徴です。魔物との戦いも、とても優雅なものです。ここに集まっている皆さんの中にも、志望者がいると思います。そこで、この講演を聴いて下さっている方だけに、特別に今年の採用の傾向を――あら?」


 ステージの裏から、とことこ歩いてくる少女に気付き、十条先輩が首を傾げた。


 一方、俺は首を横に向け、ステージから目をそらした。


 ステージに乱入した少女には見覚えがあった。というかありすぎる。


 小学生くらいの体に、大きな帽子とハンマーのような大きな杖。魔法使いの装備というより、バレエのレオタードのような白のワンピースを身に着け、背中には赤いランドセル――見間違えようがない。


「ね、ねえ、エーちゃん。あれって、ひよりちゃんよね?」


「エイジ! 何でひよりがステージに上がってんのよ? あたしより先にプレシャス世界に入るとでもいうの!?」


「俺に訊くなよ! つか、そんなわけねーだろ」


 恐る恐る、俺は再びステージを見つめた。もう嫌な予感しかしない。


 十条先輩は戸惑いの表情で尋ねた。


「えっと……あなたは?」


 ステージの中央まで来たひよりは、派手な見得を切った。


「我が名は、エンジェル・サクリファイス! 漆黒の闇より生まれ、炎を友に、死を剣に持つ者。そして、終焉の世界において運命を断ち切る存在!」


 謎のポーズをキメるひよりに、会場にいた全員が唖然とした。


 何ていうか……見ているこっちが恥ずかしい。今すぐ逃げ出したい。


 しかし十条先輩は気丈にも微笑みを浮かべると、ひより(エンジェル・サクリファイス)に話しかけた。


「あ、あのね? 今は大事なお話をしている最中なの。あなたとは、後でお話し出来ると嬉しいな。だから、今はステージを降りよう?」


 おお、大人の対応だ。しかしひよりはその程度では倒せないぜ、十条先輩。


 ひよりは苦しげにうめくと、手で顔の半分を隠した。


「く……遅かったか。既に敵の手に落ちていたとは……その洗脳を解くのは我が力をもってしても困難。さらに多くの生贄を彼の世界へ捧げようというのか……このままでは……エルダーサインが無効となり、地獄の門が開いてしまう」


 何を口走ってるんだ奴は。


 さすがの十条先輩も、呆然としている。やがて片手を上げてガードマンを呼んだ。まあ、そうなるよな。


「君! こっちへ来なさい!」


 恐らくプレシャス世界から来ている警備員だろう。軽めの甲冑に身を包んだ剣士と、長いローブを身にまとった魔法使い。二人の男がステージに上がった。


 さすがのひよりも大人しくステージから降りるだろう。


 ――と思いきや、ひよりはにやりと微笑むと、またも謎の動きをしつつ、意味不明な呪文を唱えた。


「我が冒涜なる力をその目に焼き付けよ。禁じられた魔の力、今こそ解放!」


 警備員の剣士が、抜剣して身構えた。


「まさか……本当に凄腕の魔法使いなのか?」


 しかしもう一人の警備員である魔法使いは、眉間にしわを寄せる。


「だが、魔力をまったく感じない。一体、何を――」


「ファイア・バレット!!」


 そう叫ぶと、ひよりは腕を前に突き出した。


 その瞬間――、


 爆発したような音が轟き、剣士が吹き飛んだ。見えない巨人に殴られたかのように、その体は弧を描き、ステージ下へ落下する。


 警備の魔法使いも、十条先輩も、会場にいる全員が、何が起きたのか理解出来ない。


 倒れた剣士の甲冑は粉々に砕け、気を失っていた。


「な……!!」


 魔法使いは我に返ると、ひよりに向かって杖を向ける。


「バインド!」


 相手を拘束する魔法。あれをかけられると、大人の男でも、動くことは困難だ。


 ――が、ひよりは圧倒的なパワーで、魔法をねじ伏せた。拘束の魔法をものともせずにステージを駆ける。


 魔法使いは、信じられないものを見たように叫んだ。


「バカな!? 何で動ける!?」


 ひよりは一気に距離を詰め、魔法使いを射程に捕らえた。


「邪悪なる魔導士よ! 我が罪深き魔法を喰らうがいい! アクセル・ウイザード!!」


 呪文と共に、ハンマーのような杖を振り上げ――、



 ぶん殴った。



 魔法使いの体は宙を飛び、剣士の隣に仲良く並んだ。


 会場にいる全員の、

『魔法じゃねえのかよ!?』


 というツッコミが聞こえる気がした。


 いかん。ここにいると巻き込まれそうな予感がする。


「……おい、逃げるぞ」


「そ、そうね。あたしもそれがいいと思うわ」


「で、でも、ひよりちゃん一人で大丈夫かしら?」


「知るか。だったらマリア一人で残れ。俺は自分の身が可愛い」


 俺と鶯はこっそり立ち上がると、中腰で列から抜け出そうとした。


「おおっ! えいたんではないですか。それにマリアと、うぐぅも!」


 見つかったぁああああ!


 ギギギという音がしそうな動きでステージを見ると、ひよりが手を振っている。


「どうでしたか? ひより、カッコ良かったです?」


 ステージの十条先輩も、聴衆も全員が俺たちに注目している。


 やべえ。


 やべえっすよ。


 これはもう逃げられない……と諦め、俺たち三人はとぼとぼとステージに上がった。


 そして俺はひよりの頭をつかむと、有無を言わさず、十条先輩に向かって頭を下げさせた。もちろん俺も。


「すみませんでした! 十条先輩!」


 顔を上げると、眉を寄せた十条先輩の表情があった。


「先輩って……あなたたち、光峰勇者学校の?」


「はい……大変お騒がせしました」


 腕を組むと、十条先輩は何かを思い出すように難しい顔をした。


「そういえば聞いたことがあるわ……今年の生徒は、奇跡的な世代だって」


 え? それって、キセキの世代的な?


「何でも、数百年に一度の奇跡とか」


 いやあ、そこまで言われると照れますな。悪い気はしないけど。


 見ろ、鶯なんかキラキラしてる。


 そう言う俺も思わずニヤけて、照れ隠しに頭をかいた。


「そ、そうですか? そっかぁ、やっぱり学校の評価と、現場の評価は違うというか――」


「規格外の問題児が四人も揃った、奇跡的な悪夢の世代だって」


 ……そうっすか。


 十条先輩はひよりを見つめた。


「――で、あなたは……魔法使いじゃないわね。最初の剣士はどうやって倒したの?」


 ひよりはぶんぶんと首を横に振った。


「違うのです。あれはファイア・バレットという魔法で――」


 ファイア・バレットというのは炎系の初歩的な呪文だが、ひよりのは違う。


 ひよりの妄言に被せて、俺が説明した。


「ここへ来る途中で、石でも拾ってあったんでしょう。それを投げたんです」


 十条先輩はぎょっとして訊いた。


「で、でも、吹き飛んだわよ? 石を投げたくらいで……それに、全然見えなかったし」


「命中したときには、恐らく音速を超えていたでしょうから……」


 にわかには信じられないのか、十条先輩は唖然とした顔をしていた。やがて、震える唇で、何とか声を絞り出した。


「そ、それにしても、凄い力ね。一体、どうやったの? 強化魔法かしら」


 しれっと、ひよりが返事をした。


「ひよりは人間じゃないのです。レプリカントなのです」


「レプ……え?」


 言葉の意味が理解出来ないらしく、十条先輩は口ごもった。


 俺は頭をかきながら、解説を加えた。


「あー、つまりですね、ひよりは人造人間、生体アンドロイドなんです」


「へ……人造? アンドロイド?」


 会場全体から、

『SFかよ!?』


 という総ツッコミが聞こえた気がした。


 十条先輩は思いっきり顔を引きつらせた。


「あ、あのね! 我々が働く世界はファンタジーよ!? ファンタジーなの! アンドロイドとか、世界観ぶち壊しもいいところだわ!!」


 俺もそう思います。


 呆れきったように、十条先輩は首を振った。


「……もう沢山。せっかくの講演をぶち壊しにして……最悪の後輩たちね」


 カチンときた鶯が突っかかろうと前に出た。


「なんですって!? 聞き捨てならないわ! 他の三人はともかく、あたしのことは撤回して!」


 おい! 俺たちはともかくって何だ!? 言い返すなんて骨があるなと、一瞬感心しちまったじゃねえか!


 十条先輩は腕を組み、鶯に鋭い視線を向けた。


「こんな公衆の面前でプレシャスに恥をかかせただけでなく、母校の看板にも泥を塗ったたのよ? それは理解出来てる?」


 鶯の勢いが、一発で止められた。


「う……で、でも」


「あなた達の噂は先生方から聞いてるわ。光峰でぶっちぎりの最下位四人組。逆の意味で四天王と呼ばれてるとか」


 うちのクソ教師どもが! 勇者の職を斡旋するどころか、逆プロモーション打ってんじゃねえよ! 事実だけど!


「この説明会に来ることよりも先にすることがあるでしょ? 今のあなた達を採用する世界なんて、どこにもないわ。まず自分のスキルを上げ、レベルを上げること。とは言っても――」


 十条先輩は頭痛でもあるようにこめかみを押さえた。


「あなた達じゃ、どう足掻いても勇者になるのは無理だと思うけど」


 その言葉は、俺たち四人の胸に突き刺さった。


「それは……」


言い返す言葉がなく、悲しげな表情を浮かべるマリア。


「くっ」


 鶯は目に涙を浮かべ、肩をふるわせている。


「……」


 ひよりも肩を落とし、しょんぼりとしていた。


 十条先輩の言うことは分かる。


 恐らく、ほとんどの人がそう思うだろう。


 俺だって、確信を持って否定出来るわけじゃない。


 ――しかし、


 肩を落とした三人の姿を見て、俺は言わずにいられなかった。


「十条先輩」


「……なにかしら? これ以上話すことはないと思うけど」


 俺は数歩前に出て、十条先輩と向かい合った。


「確かに俺たちは最下位四天王です」


 俺は目に力を込め、十条先輩の瞳をまっすぐに見つめた。


「ですが、俺たちには夢がある。希望がある。その為に努力する意思がある!」


「え……」


 驚いたように、十条先輩は目を見開いた。


 俺は思いの丈をぶつけるように叫んだ。


「たとえ誰であっても、その気持ちを奪うことは、出来ません!!」


 十条先輩はしばらくして、深い溜め息を吐いた。


「……確かにそうね。言い過ぎたわ。ごめんなさい」


「え?」


 いや……そんなにあっさり謝られると、イキった俺が恥ずかしいというか。


「あなたたちを誤解していたのかも。私も先輩として、あなたたちの力になるわ」


 おおっ!?


 思わず、マリア、鶯、ひよりを振り返る。


 三人とも、真っ暗な迷路で出口を見つけたような、明るい笑顔だった。


「と言っても、不正はできないからね? 傾向と対策を伝えるくらいしか出来ないけれど」


 十条先輩は親しみを込めた微笑みで、ウインクをした。


「十分ですよ。ありがとうございます!」


 なんだよ。いい先輩じゃないか。さすが、プレシャスで活躍するだけはある。


「早速だけど、いま一番重宝されるのは力と体力が必要とされる職種。それと、生産職や職人のスキルアップに興味のある人ね」


 ふむふむ、なるほど。


「あなたの職種はなに?」


「えっ」


「だから、あなたの職種」


 ……まあ、当然訊かれるよな。


 ちょっと誤解されやすい職種なんで、出来ればあまり言いたくないのだが。


「どうかしたの? まさか忘れたわけじゃないわよね」


 そんな冗談を言われ、思わず苦笑いで応えた。


 いずれにしろ、勇者職を得るには言わないわけにはいかない。


 俺は覚悟を決めて、自分の職種を口にした。



次回の更新は6/3(日)午前10時です!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る