第3回目【試し読み】暗黒ハローワーク!

ご自慢の艶のある黒髪を指で梳くと、さらりとはらう。


「このあたし、最強の電撃魔法を操る、光峰勇者学校のエースにして、魔法科コース一の天才! 紫電の巫女、初音鶯こそが主役よ!」


 ……お前とだけは会いたくなかったぜ。


 説明員のお姉さんは、驚きのまなざしで俺たちと鶯を交互に見た。


「えっと……お友達、なのかしら?」


 鶯は返事代わりにふっと微笑むと、勧められもしないのに俺の隣に勝手に座った。


 そしてお姉さんに挑戦的なまなざしを向ける。


「この二人とは同じパーティよ。まあ本来なら、あたしと話を出来る身分ではないのだけれど、あたしは寛容なの」


「は、はあ……」


「さあ、あなたの世界に来て欲しいなら、ちゃんとプレゼンしなさい。いい条件でないと、あたしは動かないからね。興味を惹かれたら、考えてあげる」

 まともに魔法も使えないくせに、こいつのこの自信はどこからくるんだ? と言うか、単に失礼だ。


 何とかして、こいつを黙らせないと……俺が仲間だと思われたら、それこそ大惨事。


 なにせ、このキグナ界はなかなか良さそうなのだ。説明のお姉さんにも、好印象を残せている。せっかくのいい流れを、ぶち切られてたまるか!


 俺は可能な限り爽やかに、紳士的に話しかけた。


「あー……鶯さん? 少し立場を弁えようね。それに、今は僕たちが説明を聞いてるから、後にしてくれないか?」


 鶯は小馬鹿にしたような顔で俺を見つめた。


「何であたしが、エイジの後に聞かなきゃならないのよ? 本来はあたしに席を譲るのが当然のところを、我慢して一緒に聞いてあげようっていうのよ? 何で、そう身の程知らずなのかしら」


 思わず頬が引きつった。


「い、いやぁ……鶯こそ、なんでそんなに上から目線なのかなぁ?」


 鶯は、自慢気にふふんと鼻を鳴らした。


「当然でしょ? あんたより家柄も、実力も、全てにおいて優れているんだから」


 ああ、イライラする。イライラする。


 そんな俺の胸の内も知らず、鶯は得意げに胸を反らした。


「この説明会だって、選ぶのは世界の側じゃなく、あたしの側よ? あたしをどれだけ高く買ってくれるか、それで本気度を計るわ」


「あのな……それは実力があって、他人に評価されている奴の言うことだぞ?」


「そうよ。だから問題ないでしょ?」


「……」


 俺の呆れた顔を見て、鶯のドヤ顔が微かに曇った。


「ちょ……な、なによ? 何でそんな顔するのよ? あ、あたし、実力あるわよね? だって電撃魔法の破壊力は一番だし! それにみんなに認められてるわよね? 評価されてるわよね?」


 そうだ。


 こいつバカだった。


「な、何で、気の毒そうな顔をするの? だ、だって、ツイッターでつぶやくと、リツイートだってされるのよ? それはたまにだけど……でも、いいねは結構されるんだから! ね? 評価されてるでしょ!?」


 そのリツイートといいねは、マリアかどっかの宣伝アカウントだろ。


 つか、魔法の実力と関係ねえ。


 俺はあまりのことに固まっているお姉さんを指さした。


「その辺にしておけ。見ろ、お姉さんの顔から営業スマイルが完全に消え失せてんじゃねーか」


 お姉さんはハッと我に返ると、取り繕うような笑顔を見せた。


「い、いえ……でも、雷系の魔法は適性のある人が少ないので……希少価値だと思いますよ?」


 その言葉に、鶯はニマニマと頬を緩ませた。


「そうよ! あなたよく分かってるじゃないの。さすがは新人採用で来ているだけのことはあるわね。質問があったら、何でも訊きなさい。特別に答えてあげる!」


 いかん。鶯がご満悦だ。きっとまた事故るぞ。


 お姉さんは気を取り直すように軽く息を吐くと、鶯と向き合った。


「あなたが勇者になろうと思った動機は何ですか?」


 鶯は目を輝かせた。


「褒められたいから!」


「え……」


 お姉さんの顔が引きつった。


「みんなに称えられたいの! 賞賛が欲しいの! チヤホヤされたいの! 美人の上に魔法の天才。しかも由緒正しい家柄のご令嬢。どこをとっても完璧なあたし! 鶯こそ神の奇跡! 天は二物を与えたのね! そんな風に言われたいの!」


 俺は呆れるのを通り越し、感心するようにつぶやいた。


「……相変わらず、承認要求の化け物だなあ、お前」

 呆れきったお姉さんの視線が、鶯だけでなく俺たち三人の顔を順に巡ってゆく。

 いかん! 鶯が事故る分には全然かまわんが、このままでは俺まで巻き添えだ! せっかく掴みかけたコネも台無しになる!


 そこで俺は、心の中で悪魔的な決断を下した。


 ――鶯は……ここで切り捨てるッ!!


 俺の未来のために!


 大きく息を吸うと、俺は感嘆を込めて鶯に話しかけた。


「――確かに鶯は凄いよな」


 鶯は意外そうに俺を見つめる。


「あ、あら? 珍しいわね。エイジがそんなに素直に事実を認めるなんて」


「電撃の魔法の破壊力とか、マジで凄いもんな」


 そう言うと、鶯はすごいドヤ顔で胸を張った。



「そうでしょ! そうでしょ! そうなのよ!」


「あの魔力、それに魔術、まさに魔法科のエースの名にふさわしい」


「あはははははははは、もっと言って! もっと言って!」


「頭もいいよな。成績とかじゃなく、利口っていうのかな。地頭がいいんだよな」


「うふ、うふ、うふふふふふふふふふふふ」


 奇妙な笑い声を漏らし、体をぐねぐねさせる様は、はっきり言って気持ち悪い。だが、もう一息だ。


「しかもいい家柄のお嬢様ときてるし」


「えへ、えへ……えへへへへへへへ……」


 鶯の顔はうっとりして、目もうつろ。口元もだらしなく開き、今にもよだれが垂れそうだ。


 ちらりとお姉さんを見ると、気味の悪いモンスターを見るような目で鶯を見ている。


 よーし、ついでにもう一押ししてやるか!


「その上、鶯は凄い美人だしな」


 そう言った瞬間、鶯は爆発したように頭から湯気を出した。


「な……な、な、なななななな」


 みるみる鶯の顔が赤くなり、耳まで真っ赤になる。


「や、やだ……エイジったら、な、なにを……言ってるの……?」


 あれ?


 おかしいな。


 とどめを刺してやろうと思ったのに、ちょっと正気に戻りやがったぞ?


 ……いやいや、このまま褒めちぎれば、取り返しの付かない醜態をさらすはず。


 そして合同勇者説明会に出展している、全ての世界のブラックリストに載せてやる!


 手を緩めるな!


 鬼になれ、日暮英治!


「本当だよ。鶯はかわいいな」


「ひゃぅっ!?」


 ひゃぅ?


 なんか想定していたリアクションとは違うな……。


 だが、今は攻める以外の選択肢はない!


「艶のある黒髪もさらさらで、本当に綺麗だよな。スタイルも完璧だし」


「~~~~~~~~っ」


 両手で真っ赤になった顔を隠して、うつむいた。


 そして、もじもじと身をよじっている。


 よし! やはり俺の戦略は正しい! 計画通り!


「何より、褒められると素直に喜ぶところが可愛いよな。照れ屋さんなところも――」


「ま、まって……お、おねがい……」


 鶯は指の隙間から、俺を見つめていた。


「ん? どうした」


 手の平から顔を起こし、鶯は上目遣いで俺を見上げる。


 うるんだ瞳に俺が映り、揺れていた。


「エ、エイジ……いきなり、そんなこと言われたら……あ、あたし……あの、あたしも、そ……その」


 指先でスカートの裾をいじり、恥じらうように太ももをすり合わせている。


 計画通り……じゃない!?


 何だ、こいつのこのリアクションは!? むしろいつもよりも常識的で普通の反応だ!


 想定外の反応に、俺がうろたえていると――、


 こほん、とお姉さんの咳払いが聞こえた。


「っ!?」


 お姉さんが親の敵を見るような目で睨んでいた。


 やばい! 俺まで睨まれている。何とか言い訳しなければ!


「え、えっと、ちょっと悪ふざけが過ぎました! これはチームワークを育てるためのですね――」


 俺の逃げ道を塞ぐように、お姉さんは言った。


「ずいぶんと仲のよろしいことで……しかし、時と場所も弁えずに、イチャイチャするのはどうでしょう? それともあてつけですか? 私が三十一歳独身だと知っての嫌味ですか?」


 ヤバイ。何か知らんが、地雷を踏んだらしい。


 鶯も我に返り、何とか言い訳しようと無駄に手をばたばたさせた。


「い、今のはイチャイチャとか、そんなんじゃないの! こ、こんな奴、あたしに釣り合わないから! あたしは勇者になって、他の世界で活躍したいの! ね? あたしって、勇者になるのがふさわしいと思わない? そう思うでしょ? ね? ね?」


 涙目で懇願する鶯と対照的に、お姉さんの態度はさらに冷えてゆく。


「言い忘れておりましたが、うちは知性と教養、それに何より品性が求められます」


「そ、そう。それじゃ、あたしにぴったりね! え、えっと、知性は九九を読み上げるとかどう? きょ、教養は、あ、あたし上野動物園のパンダの名前とか知ってるのよ! 品性は……ど、どうしたらいいかしら?」


「お帰り下さい」


   ×   ×   ×


「あんたのせいよ! あんたが! あんたがぁああ!」


 泣きながら俺の首を絞めてくる鶯を引きずって、俺は会場内を歩いていた。


 俺は前を向いたまま、うんざりした顔で言った。


「おい鶯。いいかげん離れてくれ。悪目立ちしてしょうがないだろうが」


「あんたのせいでしょ! 途中までうまくアピール出来てたんだから! それを、あんたがあんなこと言ってジャマするから!」


 隣を歩くマリアが、微妙な笑みを俺に向けた。


「ね、ねえ、エーちゃん? さっき鶯ちゃんに言ってたことって……本気?」


「いや、鶯の醜態を見せつけてやろうと思って、心にもなく褒めちぎった」


 鶯はさらに唸り声を上げて、俺の首を絞めてきた。


「うがぁあああっ! こうなったらあんたも同じ目に遭わせてやるんだから! 一人じゃ地獄に落ちないわよ! 道連れよ! 道連れにしてやるから!」


 首からぶら下がっているこの女を、どこかのゴミ箱に捨てられないものかと、本気で考えかけた。


 俺は鶯の手を掴むと、力尽くで首から外す。


「いいかげんにしろ! お前こそ俺がイイ感じで話を進めてたところへ乱入しやがって! あそこ絶対に人気の世界だぞ!? しかも三十一歳の聖職者とか、それなりに人脈ありそうな人だったじゃねえか! 重要なコネになりそうだったのをぶち壊しやがって!!」


 俺が怒鳴ると、それ以上のボリュームで鶯が泣き叫ぶ。


「あたしだって、あの後電撃の魔法を実演して、その威力にみんな感動して即内定……って展開に持ってくはずだったのに! 弁償して! あたしの未来を弁償して! もしくは褒めて! むしろ褒めて! あたしを認めて!!」


 お前って奴は……本当に承認要求の化け物だなぁ……つか、そんなことを企んでいやがったのか。


「電撃の魔法を実演って……お前、この前だって魔法を失敗して、骸骨騎士にかすりもしなかったじゃねーか」


 鶯の頬に、冷や汗が流れた。


「うっ……そ、それは」


「それにこんな所で本気出してみろ。電装品がおシャカになって、お台場一帯がブラックアウトだ。むしろお前のテロ行為を未然に防いだと感謝して欲しいくらいだ」


「うわーん! エイジのくせに! エイジのくせにっ!!」


 泣きながら俺の背中をぽかぽか叩き始めた。


 ……とにかく、泣き叫ぶ鶯を何とかしないと、どこのブースにも立ち寄れない。


 マリアも困った顔で、鶯をなだめようと頭を撫でる。


「ねえ、ウグイスちゃん? いい子だから泣き止んで?」


 マリアの手をはらうと、鶯はふんと顔を背けた。


「子供扱いしないで! マリアはママじゃないんだから!」


 ガーンという効果音が聞こえてきそうな顔で、マリアがつぶやく。


「そ、そんな……ウグイスちゃん?」


 おろおろした様子で、マリアが俺の腕を抱きかかえた。


「ど、どうしよう、エーちゃん!? ウグイスちゃんが反抗期みたいなの!」


「知るかああああ! 俺はお前の旦那でも、鶯の親父でもねえ!! それと鶯! いい加減鬱陶しいから、背中を叩くのをやめろ!!」


 そう叫ぶと、俺は肩で息をした。


 こんな連中を二人も相手にしていたら、俺の精神が崩壊する。

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