第2回目【試し読み】暗黒ハローワーク!

〇第一章「合同勇者説明会in東京ビッグサイト!! あなたの未来はここから始まる!」



 俺は、『合同勇者説明会』と書かれた看板を見上げた。


 ここは有明、東京ビックサイト。


「ついにこの日が来たか……」


 軽い緊張を感じながら、俺は会場へ足を踏み入れる。


 この俺、日暮英治はここへ勇者の職を求めてやって来た。


 ガラスに映る自分の姿を確認する。


 自分で言うのも何だが、なかなかキマっている。


 クールにキメたモノトーンの服。過酷なフィールドを乗り越えるための、革のグローブとロングブーツ。そしてベルトで肩に留めた魔導書が、さり気なくインテリジェンスを匂わせる……中身はマンガだがバレはしないだろう。


 この装備が、俺にとってのリクルートスーツ。


 お洒落すぎず、でも清潔感があり、ダサくない。採用担当者にウケはいいはずだ。


 それにこのデザインなら、まだギリ外を歩ける……とは言うものの、実際にこの格好で街を歩き、電車に乗るのは恥ずかしかった。


 だが、これも勇者として採用されるためだ。


 会場近くで着替える、なんて日和ったことをしていては、勇者になりたいという情熱に欠けると思われる――と、学校で教わった。


 ここで言う学校は、普通の学校のことではない。


 俺は『光(みつ)峰(みね)勇者学校』という勇者養成の専門学校に通っている。光峰勇者学校は、職業勇者安定所――通称『ハローワーク』の所属機関であり、今日の合同説明会もそのツテによる学校からの紹介だ。


 入り口で配置図を受け取り、会場に入った。


「おぅ……」


 思わず声が出た。


 だだっ広いホールに沢山のブースが並んでいる。


 その様子は、普通の企業が学生に向けて行っている企業説明会と変わりはない。


 だが、出展しているのは企業ではなく、神様。


 説明する内容は会社ではなく、神様が運営する『世界』についてである。


 『世界』とは、俺たちが住むこの世界とは別の世界のことだ。世の中には神様が大勢いて、それぞれの神様が自分の世界を運営している。


 神様は、自分の世界に住む人々が幸せに暮らせるように管理し、監視し、問題を解決し、ホスピタリティとサービスの向上に努めている。


 それはなぜか?


 人々の幸せや、経済活動、その世界が好きだという感情、そういったものが神様への信仰心となり、それがすなわち神様の力そのものとなるからだ。


 力が強くなれば、神様としての地位も上がる。人間と同じで、神様は他の神様よりも強く、そして偉くなりたいのだ。


 分かりやすく言うなら、世界とは企業であり、神様がオーナー社長、その世界に済む人々が顧客に相当する。 


 そんな神様に雇われて、人々のために働く社員が『勇者』である。


 主な仕事は、世界を乗っ取ろうとする悪魔や、人々を脅かす魔物と戦うこと。


 ――そこで、この『合同勇者説明会』。


 ここは勇者を求める神様と、勇者の職を求める俺たち学生とのマッチングの場。


 俺にとっては千載一遇のチャンスであり、絶対に負けられない戦いの場である。


 何としても俺は勇者になりたいのだ。


 だが残念ながら、俺には実力がない。そこで今回、俺がこの会場で手に入れようとしている魔法のアイテムがある。


 成績が悪くても、実技がダメでも、実績がなくても、そんなもの全て無効化する魔法のカード。その名は、コネクション!


 ――すなわちコネ!!


 各世界のブースの説明員の中には、人事の偉い人や、まれに神様が化けている場合もあるらしい。


 そんな人に気に入られれば、内定なんか出たも同然。


 ――この合同勇者説明会で、絶対にそのきっかけを作ってやる!


 そう心に誓い、通路の両側に目を配らせながら歩いて行く。


 それぞれのブースには、その世界の服を着た説明員が立ち、自分の世界をアピールしている。俺はその中の一つのブースで足を止めた。


 四つ並んだ椅子には誰も座っておらず、閑散とした雰囲気がある。空中に浮かぶキャッチコピーを見上げた。


 『明るく楽しい世界です! 君も神エンリルのもとで英雄になろう! 十四歳以上の男女なら誰でも応募資格あり!!』


 エンリル界……聞いたことはないが、まずはここからいくか。


 学生が寄りつかないのには、何かの理由があるはずだ。だが、今は一つでも多く内定が欲しい。よりいい条件の世界が見つかれば、ここは蹴ればいい。


 暇そうにしている説明員に声をかけると、すぐに椅子を勧められた。 


 説明員は、エンリル界から来ている女騎士だそうだ。そのお姉さんが、パンフレットのページをめくって、エンリル界のことを説明してくれた。


「――というように、神エンリルが運営する、私たちのエンリル世界において、勇者の仕事は大変な面もあります。強力なモンスターもいますし、すでに百年という長期政権を維持している魔王もいます」


 俺は深くうなずくと、真面目な顔で相づちを打つ。


「なるほど、なかなか過酷な戦いを強いられそうですね……しかし、逆にやり甲斐があるとも言えます」


 そう答えると、お姉さんは安心したように微笑んだ。


「ええ、まさにその通りです。エイジさんは、とてもポジティブでいいですね」


 ファーストインプレッションはまずまずの手応え。


 この人は下っ端みたいだが、今話している内容も評価として報告が上がるだろうから、油断は禁物だ。


 お姉さんは別のパンフレットを開いた。


「でも、その分福利厚生が充実しているのが、うちの世界の売りなんですよ? 住宅補助として温泉付きの屋敷が無償で提供されますし、医療手当として、エンリル世界の主要都市では無料で治療が受けられます」


 なかなか条件がいいな。だが、クエストが多くて滅多に家に帰れないとか、怪我を負う危険性が高い……ということかも知れない。


 いい神様が運営する世界ならいいが、中には胡散臭い神様もいて、超ブラックな世界もあるらしいからな……。


 俺が損得勘定をしていると、お姉さんはさらに畳みかける。


「それと大きな特典としては、一定期間を過ぎて現役勇者を引退すると、その後は平和で優雅な別荘暮らしをご用意します。勿論、まだ現役を続けたければ、他の仕事を斡旋しま……あら?」


 お姉さんは俺の後ろに気を取られると、話を中断した。


「うちの世界にご興味が? よろしければご一緒にどうぞ」

 くそ、どこの学生だ! 俺のコネ作りをジャマしやがる奴は!?


「あっ、やっぱりエーちゃんだわ! うふふ、みーつけた♪」


「マリア!?」


 大きな胸を揺らし、金髪の美少女が俺の隣に座った。見慣れていても、近くで見るとその美しく、派手な容姿に圧倒される。


「あら、エイジさんのお知り合い? 同じ学校の生徒さんかしら?」


 首を傾げるお姉さんに、マリアは包容力にあふれた微笑みを浮かべた。


「はい、私は剣士コースですけど、同じ光峰勇者学校です。ね? エーちゃん」


 可愛らしく首を傾げると、肩をすり寄せてきた。


「ち、近いって! ほら、説明員の方が呆れているじゃないか。それと、こんな場所でエーちゃんはやめろ」


 しかしお姉さんは、微笑ましく見つめている。それが逆に恥ずかしい。


「仲がよろしいのですね。でも、パーティを組むにも、冒険をするにも、コミュニケーション能力は必用ですから、悪いことではありませんよ」


「あ、でもエーちゃんったらひどいんですよ? 一緒に説明会に行こうって約束してたのに、一人で行っちゃうんだもん」


 マリアは拗ねたような顔で、俺の袖をつまむ。


 くそう! お前が一緒だと俺の計画が失敗すると思って、振り切って来たのに! 見ろ、お姉さんもさすがに微妙な表情を浮かべているじゃないか!!


「仲がいいというより……恋人なのかしら?」


「い、いやっ! そういうわけじゃ……っ!」


 慌てる俺に向かって、マリアは母性にあふれた微笑みを浮かべた。


「あ、エーちゃんったら髪が乱れてる」


 手を伸ばして、俺の髪をいじりだした。


「い、いや。平気だって。というか、今そういうことする場じゃないから」


「だめです。ちゃんとしておかないと、エーちゃんの良い所が採用担当の方に伝わらないでしょ? ほら、襟もひっくり返っちゃってるわ」


 今度は首に手を回して、襟の形を整え始めた。


「あと、担当者の方には礼儀正しくね。エーちゃんはやれば出来る子なんだから。頑張ってね」


「その担当者の目の前で何を言ってるんだよ! お前は!?」


 お姉さんは微妙な表情で首を傾げた。


「恋人というより……お母さん?」


 マリアは満面の笑みでうなずいた。


「はい。エーちゃんをよろしくお願いします」


「そんな自然に返事をするな! 本当みたいじゃねえか!」


 ああっ、くそ! なんだか俺もすっかり地が出てしまってる!!


 イイ感じで進んでいた話が、マリアが来た途端にぐだぐだだ!。


 このままでは……俺の印象が! コネがぁああ!!


 そんな俺の心の叫びも知らず、マリアは聖母のように微笑んだ。


「私は、エーちゃんの実の母ではないけれど、心の母だと思ってるわ」


「思うなよ! ってゆーか、母親だって言うなら、子供の就職説明会に来んなよ!!」


 さすがのお姉さんも、やや呆れたようだ。


「それでマリアさん、心の母は勇者になって何をしたいのかしら?」


 胸に手を当て、マリアは静かに目を閉じた。


「私は全ての世界から、飢えや貧困、差別や争いをなくしたいのです。全ての人が、平和に、幸せに暮らせる世界を作りたい。それが私が勇者になる理由です」


 神の啓示を告げるが如く語るマリアはまぶしかった。まるで、本当に神々しい光を放っているかのように錯覚する。


 おお、とお姉さんは感心の声を漏らした。


「それは立派な理由です……剣士を選んだと言うことは、悪魔やモンスターを倒して、人々を守ることで平和を築こうと?」


「いえ、暴力はよくありません」


「は?」


 お姉さんは唖然とした顔で固まった。


 当然の反応である。


 しかし、マリアの真骨頂はここからだ。


 マリアは祈るように指を組み合わせると、うっすらと瞳を開いた。


「争いは何も生みません。暴力で手に入れた平和は、必ず暴力によって壊されます。相手を力でねじ伏せれば、怨みや憎しみが生まれるのです。それは呪いのように、己の身を滅ぼし、そしてまた新たな憎しみを生み出します。永遠に続く、悲しみの連鎖です」


「いや、あの……それは美しい考え方ですが……それで、現実的にどう解決しようと?」


「守ります。この身を盾として」


 お姉さんは少し安心したような表情を浮かべた。だが、それは俺に言わせれば甘い。甘すぎる。希望的観測に過ぎないぞ、お姉さん。


「なるほど、盾役としての剣士に徹するということですね? 敵への攻撃は他のメンバーに任せると」


「いいえ」


「え?」


「それでは一方的な虐殺になります。ですから、相手も守ります」


 お姉さんはぎょっとして、身を乗り出した。


「い、いやいや! 相手は悪魔ですよ!? モンスターですよ!?」


「相手が誰であれ、無益な殺生はよくありません。命は等しく尊いものなのです」

 

 再びマリアが神々しく光り輝いた。


 まったくもってありがたい。


 そして鬱陶しい。


 お姉さんは頭を抱え、うめくように訊いた。


「博愛主義……ですね。なぜここに来たのか理解に苦しみますが……とても見上げた……心がけだと思います」


 マリアは満面の笑みを浮かべた。


「それはよかったです。それで、そちらの世界で勇者として採用して頂けます? あ、もちろんエーちゃんと一緒に」


「お帰り下さい」


   ×   ×   ×


「うーん、ちょっと惜しかったわね」


 マリアは残念そうに微笑んだ。


「本気で言ってるのか」


 思わず棒読みで言ってしまったが、マリアはとくに気にする様子もなく返事をした。


「うん。もちろんよ。でも、次は頑張ろうね」


「何で俺を慰めるようなことを言うんだよ!? ほぼ、お前のせいじゃねえか!」

 俺は深い溜め息を吐くと、他にいいブースはないか見回した。


「ん?」


 通路の角にあるブースに目が留まった。


『年齢不問、経験不問。昨年度は九歳から六十歳までの採用実績! 体力に自信のないあなたでも、活躍出来る世界がここにある!!』


 なんか良さそうな雰囲気だな。俺の野生のカンがそう囁いている!


 俺とマリアがブースに近付くと、説明コーナーに案内された。


 椅子が三つ並んでいて、三人同時に説明出来るらしい。同じ形式のコーナーが他にも三つあるが、そちらは全て埋まっていた。


 さっきのエンリル界のブースと違って、そこそこ人気があるようだ。


「――わたくしどものキグナ界は、魔法が主体となる世界です」


 説明をしてくれたのは、聖職者の装備に身を包んだお姉さんだった。


「しかし剣士や格闘家などが邪魔者扱いされるわけではなく……むしろまったく逆なんです。なり手が少ないので、どこのパーティでもクエストでも引っ張りだこ。そのせいで、収入も魔法使いよりもずっと多いケースがザラにあるのですよ」


 俺はほっとした微笑みを作り、お姉さんに返事をした。


「それを聞いて安心しました。僕らは縁の下の力持ち的な立ち位置ですから……魔法使い系の方々の力になれることを第一に考えていますので、その姿勢を評価していただけるのは、とても嬉しく思います」


 うむ、我ながら優等生な発言。これでお姉さんの評価も急上昇のはず。


 今回はマリアも余計な発言はせず、相づちを打つようにうなずくだけなのもプラス。


 微笑みを浮かべているだけで、マリアは聖騎士のような貫禄があるからな。口を開けばボロが出るが、黙って座っていれば超A級の人材。どこの世界も興味を持つに違いない。


 まったくもって美人は得だ。


 お姉さんは祈るように指を組み合わせた。


「とても殊勝な心がけですね。うちの世界では、そういった人材を求めているのですよ」


 よしっ!


 ここは攻め時だ! 畳みかけるぞ!


「僕はチームワークとコミュニケーションを大事にしています。自分がいい成績を上げるよりも、チームが成功を収めるのが第一。魔法使いの魔法攻撃が主砲であり主役です。僕は脇役という──」


「その通りよ! やっと分かってきたじゃないの、エイジ!!」


 ――この声!?


 恐る恐る振り向くと、そこにはドヤ顔をした黒髪ロングの美少女が立っていた。




次回更新は6/2(土)午前10時です!

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