暗黒ハローワーク! 俺と聖母とバカとロリは勇者の職にありつきたい

久慈マサムネ/角川スニーカー文庫

第1回目【試し読み】暗黒ハローワーク!

〇プロローグ



 俺たちは、死霊の巣と呼ばれる森で、骸(がい)骨(こつ)騎(き)士(し)と睨み合っていた。


 銀色に輝く鎧を身に着けた人骨、すなわちアンデッドモンスター。中級者向けのモンスターである。


 学生がバイトついでに、モンスターが出そうなフィールドまで足を伸ばしちゃいました、てへっ! ってなシチュエーションでは出て欲しくない奴だ。


 この俺、日(ひ)暮(ぐれ)英(えい)治(じ)のパーティ仲間であり、黒髪ロングの美少女、初(はつ)音(ね)鶯(うぐいす)が俺に向かって叫んだ。


「ちょっとエイジ! いきなり強そうなのとエンカウントしちゃったじゃない! どうするのよ!?」


 その顔には冷や汗が浮かび、焦った様子がありありと浮かんでいる。


 俺だって想定外だ。しかし――、


「こいつを倒せば、いい経験値アップになる! 来週の『合同勇者説明会』で勇者の採用担当にいいアピールが出来るぞ!」


 俺の前向きな発言を無視し、鶯は涙目で俺に掴みかかった。


「アピールする前に死んだらどうすんのよ!?」


 泣き言を言う鶯の前に、金髪をなびかせ、スタイル抜群の女剣士が立ちふさがった。


「大丈夫よウグイスちゃん! 私がみんなを守るから!」


 鶯と同じくパーティ仲間の、マリア・ノーラン――女剣士だ。

 マリアは幅広の大剣『ミレニアムマリアージュ』を骸骨騎士に向かって構える。

 骨だけの喉のどこから出ているのか、骸骨騎士は低く響く声で笑った。


「グハハハハ! この俺とやりあう気か、小娘!」


「うちの子たちに手出しはさせません! 私はみんなのお母さんですから!」


「いや! お前、俺たちのお母さんじゃないから!」


 俺はすかさず、マリアの妄言にツッコミを入れた。


 一瞬、骸骨騎士が戸惑ったようにも見えた。しかし気を取り直したように、マリアに向かって剣を真横に振り抜く。


 激しい金属音と火花が散り、マリアのミレニアムマリアージュが骸骨騎士の剣を受け止めた。


「よし! いいぞマリア、反撃だ!」


 しかしマリアはきりっとした顔で、俺を振り向いた。


「出来ないわ、エーちゃん!」


 え?


「なっ、なんで!?」


「私、剣を持ってないの!」


「は!? お前何言ってんだ!? その両手で握っているそれは何なんだよ!?」


「これは盾よ!!」


 ――?????


「すみません。意味が分かりません。分かるように言ってもらっていいですか?」


「これは剣の形をしているだけなの。両手持ちの盾なの」


 ――な、


 なんだって――っ!?


「ちょ、お前! 剣士コースのくせに、剣を持ってねーのかよ!? 今まで盾しか持ってなかったの!? つか、紛らわし過ぎんだよっ!!」


 マリアは手を胸に当て、聖母のような微笑みを浮かべた。


「だって命を奪うのは良くないことよ。私は大きな愛で、全ての生きとし生けるものを救いたいの」


「そいつもう死んでるから! 骸骨だから!」


 しかしマリアは聞く耳持たない。それどころか、神の祝福を受けたように全身が光り輝き始めた。まったくもってありがたいが、今はうざい。


「ダメだ、マリアは頼りにならん! こうなったら――」


 俺はもう一人の仲間に声をかけた。


「ひより!」


「まかせるのです!」


 魔法使いの大きな帽子に、一見ハンマーのような杖。どうみても小学生の体にランドセルを背負った桜(さくら)木(ぎ)ひよりが、ポーズをキメた。


「我こそは暗黒よりも深き闇より生まれ、光を憎み、全ての祝福を裏切る戦士。神を殺し、仏を殺し、悪魔を殺し、鬼を斬る。この世全ての悪逆と非道を極めし――」


 そこまで聞くのが、俺の忍耐の限界だった。


「いい! それはいいから! 中二病的なポエムはいらないから! 早く攻撃しろよ!」


 ひよりはマジ顔を、キッと俺に向けた。


「しかしえいたん、魔法には詠唱が必要なのです。これは必要なプロセスなのです」


「必要ねえよ! それとえいたんと呼ぶのはよせ!」


 同じ魔法使いコースの鶯も、ひよりに向かって説教を垂れる。


「そんなカッコだけで魔法が使えるわけないわ! 魔法を舐めないで!」


「うぐぅはうるさいのです」


 鶯は目をつり上げた。


「うぐぅって何よ!? 鶯様って呼びなさいよ! ちゃんと魔法を使いこなせるこの私を、もっと敬いなさい! 尊敬しなさい! チヤホヤして!」


「しかし、うぐぅだってまともに魔法が使えないのです」


「つ、使えるわよ!!」


 鶯の体の周りに、青白い放電が走った。


「あたしは雷(らい)撃(げき)魔法を使いこなす、稀少な魔法使いなんだから! 見てなさい!」


 まずい!


 鶯は、魔法を使いこなせてなんかない。制御がまるで出来ないのだ。いわばノーコンピッチャーの大暴投。どこに魔法が飛んで行くか、分かったもんじゃない。敵に倒される前に、鶯に倒される!


「やめろ! 鶯!」


 俺は鶯を後ろから羽交い締めにしようとした――が、


 勢い余った俺の手の平に、ふわっと、すんごい柔らかいものが握られた。


 ――鶯の胸は、意外と大きかった。


「あ、あ、あ、わ、わわ……」


 鶯は耳まで真っ赤にして、ガタガタと震えた。


 そして周囲に走る放電が見る見る膨れあがってゆく。


「待てっ! 落ち着くんだ、うぐ――」


 凄まじい電流が、俺たち全員を包み込んだ。


「うぎゃぁあが!!ばこぁごでけうぼお!!ばこじあがぎふぐぉあげおいうご!!」


 痛えぇええええええええええええ!


 うおっ! まぶしっ! つか目が開けてられねえぇええ!


 雷の音がうるさくて、鼓膜が破けそうだぁあああ!


 強烈な電流による感電と、強烈な光の明滅、そして目の前に雷が落ちたような爆音が轟き、俺たちは地面に倒れた。


「く……くそ」


 黒焦げになり、煙を上げながらも、俺は何とか立ち上がった。


「て、てめぇ、鶯! 制御が出来ねえくせに、なんで威力ばっかでかいんだよ!」


「知らないわよ! あんたこそ魔法使いなさいよ! 肩のところに留めてる本、それ魔導書なんでしょ!?」


 俺は戦士と魔法使いのハイブリッド。いわば賢者スタイル。肩にはそれをアピールするように、革のベルトで本を留めている。


 俺はその本をベルトから引き抜くと、鶯に開いて見せた。


「これはマンガだ!! 暇なときの時間つぶし用のな!」


「あんたって本物のバカなの!? 死ぬの!?」


 くそう、自爆魔法のくせに偉そうに!


 いやいや、落ち着け。こんな使えない奴の相手をしても仕方がない。

 それよりも、今は戦闘中。


 自爆だったとはいえ、敵も巻き込まれたに違いない。その証拠に、これだけグダグダしているのに、攻撃してこない。


 まさか、登場の名乗りや変身するのを待ってくれる、子供向けヒーロー番組の怪人ってわけじゃないだろう。


「……あ、話済んだ?」


 暇そうに立っている骸骨騎士が、気付いたように顔を上げた。


 ……待っててくれたのか。


 むちゃくちゃ決まりが悪いが、俺は鋼の精神力でシリアスな顔を保った。


「ふ、骸骨騎士よ。鶯の電撃魔法に耐えるとは、さすがだな」

 骸骨なのに困惑の汗を垂らし、頬骨をかきながら骸骨騎士が答えた。


「いやー、それが……おたくのところ剣士さんが守ってくれたんだけど……」


 骸骨騎士を守る様に、手前にマリアが剣を地面に突き刺し立っている。


「マリアァァアアアアアアアアアッ!? てめぇええなに考えていやがんだぁあああ!?」


 俺に怒鳴られ、マリアはおろおろしたように答えた。


「だ、だって! わたしたちのせいで、ケガとかしちゃったら……」


「いいんだよ! ってゆーか殺そうとしてるから! ケガとかそういう次元じゃないから!」


 骸骨騎士が大きな溜め息を吐いた。骸骨なのに。


「君たちさぁ……もしかして学生さん?」


 世間話のような質問をされた。モンスターから。


「え……あ、ああ。まぁ……はい」


「あーやっぱり? 気持ちは分かるけどさぁ、ちゃんとこの世界の勇者の資格を取っ

てからにしてよ。でないと、こっちも怒られるからさ」


 確かに、この世界の神様と正式な契約を結ばないと、勇者として魔物と戦うことは許されていない。でも、そこは案外ゆるいはずだが……こいつ固いな。骨だけに。


 俺は出来るだけ凜々しい表情で、骸骨騎士を睨み付けた。


「ま、まあ、確かに規則はそうかもしれないが、勇者志望として、魔物に苦しめられている人々を、黙ってい見ているわけには――」


 そのとき、場違いな電子音が響いた。


「あ、ごめん。ちょっと待ってね」


 骸骨騎士が鎧の内側を、ごそごそと探る。そして小さな箱の様なものを取り出し、耳に当てると話し始めた。


「あ、もしもし。あ! どーも! いつもお世話になっております」

 鶯が俺の耳元で囁いた。


「ねぇ、あれって電話よね? この世界に電話ってあったの?」


「みたいだな……知らんけど」


 俺たちのことを忘れたように、骸骨騎士は誰もいない空間に向かって、ぺこぺこ頭を下げた。


「はい、今からですか? 全然大丈夫ですよ! いやいや、悪魔軍の隊長さんのご依頼なら、断れませんよー。あははは。はいっ、すぐに参ります。失礼しまーす」


 カチッとスイッチを切ると、骸骨騎士はふーっと息を吐いた。


「ちょっと仕事入ったんで、俺行くから。じゃ」


 そう言い残し、骸骨騎士はがしゃがしゃ音を立てながら走り去って行った。


 ぽつんと取り残された俺たちは、呆然として佇んだ。

 しばらくして、俺はこの微妙な空気をごまかすようにつぶやいた。


「……に、逃げられたな」


 待っていたかのように、鶯が俺のセリフに食いついた。


「そ、そうね! 逃げ足の速い奴だったわ!」


 ひよりも帽子を深く被り、カッコイイポーズをキメた。


「今日のところは見逃してやるのです」


 ぱんと手を合わせ、マリアが明るく言った。


「もう戻りましょう? アルバイトの薬草集めを済ませないと、元の世界に帰る時間に間に合わなくなっちゃうわ」


 俺たちはぞろぞろと森を出た。


 バイトにかこつけて、ちょいとモンスターを一狩り――という計画は失敗した。


 それに、偶然この世界の偉い人と知り合って、有力なコネが出来ちゃったり!? なんてことも想像していたが、そんなことはなかった。


 だが俺は諦めない。


 このファンタジー世界で勇者の職を手に入れるのだ。

 ――但し、



 真っ当な努力はせずに、楽をして。

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