第39話 ムーンロードに誓う

 やがてそれぞれが各々の寝室へと入り、マラダイとひなげしもやっと本当にふたりきりになれた。

「マラダイさん」

「なんだ?」

「あたし、まだ伝えてないことがあるんです」

 真剣な色になったひなげしの瞳に、ちょっとドキッとしながらマラダイは訊ねた。

「な、なんだ?」

「実は…」

「うん」

「プロボースのときの歌、あれは父が大好きでよく歌っていた曲なんです」

「そうなのかっ?」

「はい。それにリスちゃんたちの踊り…母を思い出してしまって。あたしの母は、日本舞踊と言って日本の伝統的な踊りのお師匠さんなんです」

「っ…」

 あまりの偶然に、マラダイが絶句する。

 まぁ、わしはわかっておったがの。おーほっほっほ。


「東の森に棲む占い師殿に、感謝しなければならないな」

 そうじゃ、遅いが大目に見てやろう。

「それともう一つ…」

「うん」

 そこでひなげしは、少し恥ずかしそうに言いよどむ。

「どうした?」

「あの…軽蔑しないですか?」

「軽蔑?俺がひなげしを?する訳がないだろう」


 マラダイの答えを訊いて、ひなげしは思い切ったようにマラダイに告げた。

 自分の父が絶倫で、3人の元妻と自分と弟以外に11 人の子供がいること。

 母はそんな父を理解し受け止めていること。そして自分は父に似て、エッチが好きみたいだということ、それもかなり。


「ひ、ひなげしっ」

「や、やっぱり軽蔑しますよねっ」

 慌てて顔を伏せ、泣きそうになるひなげしを、マラダイはひしっと抱きしめた。

「お、俺はっ!お前だけだっ!一生涯、俺の妻はお前だけだ。心から愛したのも、こんんに欲しいと思うのも、お前しかいないっ!」

 マラダイの腕の中で、ひなげしが小さく震える。

「それに、俺は運命の神様に感謝する。ひなげしがエッチが好きだなんて、これはもう運命としか言えない」

 もぞもぞとマラダイの腕の中で顔を上げたひなげしが、恥ずかしそうに訊く。

「ホント?」

「ああ、本当だ」


 そして。

 マリウスもリス3姉妹も、ぐっすりと深い夢の中にいた頃。

 約一匹だけ、眼とある箇所をギンギンにしておった。

「わん(俺、耳がいいからさぁ、犬だけに。ちょっといい加減にしてくんないかなぁ、あのアンアン言う声。俺もヤリてぇ、でもできねぇ。これじゃ、生殺しだよぉ~~~)」

 それは気の毒じゃったな、犬よ。

 おーほっほっほ。



✵ ✵ ✵


 やがてマリウスと犬も無事に帰り、今度こそマラダイとひなげしはふたりの時間をゆっくりと謳歌することが…


「♫~今日の朝ご飯は、摘みたて野いちごとヨーグルト~。あっは~ん♫」

「♪~焼きたてパンも出来上がり~。うっふ~ん♪」

「♬~なのにふたりはまだ、ベッドの中~。いっや~ん♬」


「♫~早く起きないとお昼になっちゃうよぉ~。あっは~ん♫」

「♪~お腹が空いたぁ~。うっふ~ん♪」

「♬~なのにふたりは別の意味で満腹~いっや~ん♬」

 

 壁の薄いコテージでは、リス3姉妹の歌声が自宅よりはっきりと聞こえてくる。

 結婚休暇を過ごすためのコテージが、壁が薄いとは問題ではないかのぅ。まぁ、新婚カップル以外が宿泊することを想定しておらぬのかもしれないが。

 まぁ、わしにとっては、どーでもいいことじゃがの。

 おーほっほっほ。


「マラダイさん、リスさん達を待たせちゃ悪いわ」

「やれやれ、さっきやっと眠りについたばかりなのに…」

 夜が明けるまでヤルお前が悪い、マラダイよ。


「ふわぁ~。お前たち、休暇だというのに早起きだなぁ」

 マラダイがナイトガウンを羽織っただけで、リビングに現れる。

「いつもなら、もうとっくに朝食が終わってる時間ですよ?」

 長女リスのナルが、そう主張する。

「ごめんね、ナルちゃん、ニナちゃん、ノワちゃん」

 ひなげしもナイトガウンを羽織って、寝室から出てくる。

「ほら、さっさとシャワーを浴びてきて」

 次女リスのニナが、ふたりを急かす。

「わかった、わかった」

 マラダイがそう言って、ひなげしをバスルームに促すその背中に、末っ子リスのノワが叫ぶ。

「バスルームでもヤッちゃ、ダメですよっ!遅かったら覗きに行きますからねっ!」

「ししし、しないよっ!」

 マラダイが慌てて振り向いて言うが、本当はヤル気だったじゃろう?

 わしにはお見通しじゃ、おーほっほっほ。


 ともあれ、こんな風にまったり幸せに、マラダイとひなげしの結婚休暇は過ぎて行った。


 そして結婚休暇最終日の夜。

 マラダイとひなげし、リス3姉妹は目の前に海が広がるベランダのベンチに並んで座っていた。

 満月が、海上に黄金色のムーンロードをつくっている。その幻想的で美しい光景に、皆はしばし見惚れて無口になる。


「ひなげし、来年も此処ここへ来よう」

「本当ですか?」

「ああ、毎年、俺たちの結婚記念日は此処ここで休暇を取ろう。今回のように、1か月とはいかないが」

「嬉しい!」

「そうして俺たちの愛が、どんなにときが経っても決して変わらないことを、月に誓うのだ」

 ほぅ。この静謐せいひつな光景は、絶倫男をもロマンティストに変えるらしい。

「はい。誓います、毎年」

 ひなげしが、素直に可愛らしくうなずく。


「マラダイ様、それってあたしたちも一緒?」

 長女リスのナルが、遠慮がちに訊く。

「もちろんだ」

「わぁ、本当?」

 次女リスのニナが、顔を輝かせる。

「そうよ、だってリスさん達も家族だもの」

 ひなげしが、にっこりと微笑む。

「でもこの勢いだったら、来年は本当に家族が何人も増えてるかも」

 末っ子リスのノワよ、どんな勢いじゃ。

 それに人間は、1年にそんなに何度も妊娠はせん。まぁ、双子、三つ子という可能性はあるがの。


「いや、しばらくはひなげしとふたりで過ごしたい。子供をつくるのは、もう少し俺たちだけの時間を楽しんでからでいいな?ひなげし」

「は、はいっ」

 パウラ様が訊いたら、先の尖った髪飾りを投げつけられるか、怒りに任せて鞭を振るわれかねない発言じゃな。


「いや~ん、まだ足りないんですかぁ?」

 長女リスのナルが、冷やかす。

「い、いや。ふたりの時間を楽しむというのは、そう言う意味では…」

 マラダイが、慌てて言い訳する。

「ふぅん。じゃ、どんな意味ですかぁ?」

 次女リスのニナが、ニヤニヤしながら訊く。

「つ、つまり、ひなげしと一緒に…」

 言葉に詰まるマラダイ。ダメじゃのぅ。

「一緒にお買い物に行ったり、本を読んだり、ゆっくりお話ししたり」

 代わりにひなげしが答える。ほぅ、早くも内助の功じゃな。

「あっ、そう言えば。最近、いい大人のオモチャの店ができたってサエコさんが。いい性戯の本も見つけたってローランさんが、話してましたぁ~」

 こらこら、耳年増のリスなど可愛げがないぞ、ノワよ。


 せっかくのロマンティックな夜が案の定、下世話な方向へ行ったが、それでもマラダイとひなげしは本当に幸せそうじゃった。


「明日は、もう帰らなければならないんですね…」 

 ひなげしが少し残念そうにそう言って、マラダイがその細い肩を抱く。

「ああ、楽しい時間ほど早く過ぎるものだからな」


「さぁ、そろそろ中に入りましょう?」

 長女リスのナルが。そう言って立ち上がった。

「そうですね、最後の夜ですもの」

 次女リスのニナも、意味深なことを言って立ち上がる。

「あたしは、媚薬入りワイン用意しときましたぁ~」

 末っ子リスのノワよ、最後まであけすけだな、お前さんは。


「では、行こうか」

 ノワのあけすけっぷりにすっかり慣れたマラダイが、ひなげしの背中に手を回す。

「はい、マラダイさん」

 頬を染めて素直に立ち上がるひなげし。

「「「ひゅーひゅーひゅー」」」

 ふたりの背中を、リス3姉妹が冷やかしの声とともに見送った。


 やがて月はその黄金色のムーンロードを消し、漆黒の夜が訪れた。

 微かに輝く波頭を眺めながら、マラダイとひなげしは水平線がオレンジに染まりはじめるまで、ふたりの時間を楽しんだ…と言えば聞こえはいいが、早い話が懲りずにヤリ続けたわけじゃ。




「「「起きて~~~~~!!!早く~~~!!もうすぐ馬車きちゃうっ!!」」」

 翌朝、心地よい疲れにいだかれて眠るふたりを、リス3姉妹の金切り声が起こした。

 お疲れじゃったのぅ。

 いや、マラダイとひなげしではなく。

 毎朝毎朝、叫び起こしていたリス3姉妹よ。

 家に帰ってからも、その調子で頑張るのじゃぞ。

 おーほっほっほ。

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