第38話 げ、なんでサエコ!?
「さぁ、着いたぞ!」
マラダイはこれからひなげしと過ごす約1か月を思ってか、期待に溢れた表情で声を弾ませた。
「ナルちゃん、ニナちゃん、ノワちゃん、起きて。着いたわよ」
ひなげしがぐっすりと眠り込んでいるリス3姉妹を、優しく揺すった。
「ふぇ?」
長女リスのナルが、まだ眠そうに目をこする。
「着いた…れすか?」
次女リスのニナが、眠気のため
「こらぁ~、あたしの
ノワよ、お前はどんな夢を見ておるのじゃ。
しょうがないので、マラダイはノワを抱き上げて馬車から降りる。
本当はお姫様抱っこをしたいのは、ひなげしだろうがの。
「わぁ~、素敵なコテージ!」
長女リスのナルが、嬉しそうにコテージに向かって駆けだした。
「早く、早く、ひなげしちゃん!」
次女リスのニナが走りながら、ひなげしを手招きする。
「ぅん?」
やっと末っ子リスのノワも、眼が覚めたようじゃ。
そんなノワを地面にそっと降ろして立たせると、マラダイはひなげしの後を追う。
「ひなげし、待ってくれ」
その言葉にひなげしが振り向き、素直に立ち止まる。
「え、あ、ちょっと待って、マラダイさん」
今度こそ、マラダイはひなげしをお姫様抱っこした。
「さぁ、俺の可愛いお姫様。お姫様にはお姫様らしい扱いをしないとな」
「「「ひゅーひゅーひゅー」」」
と冷やかすリス3姉妹に、ひなげしは耳まで真っ赤になる。
と、そのとき。
絵に描いたような幸せの絶頂にある新婚カップルの前で、コテージの扉がバーンと開け放たれた。
「遅かったじゃないの、マラダイ!」
なんと、そこには仁王立ちのサエコがいた。
「げぇぇえええ~~~。さ、サエコッ!ななな、なんでお前、ここにっ!」
あんぐりと口を開けて驚愕するマラダイに、サエコは真っ赤に塗った唇を
「ふん。ちゃんとひなげしのことを大切にしているか、偵察に来てあげたのよ。感謝しなさいっ!」
「いいい、いやっ。そんなお気遣いはご遠慮いたしますっ。おおお、俺たち新婚だから邪魔しないで?」
「マラダイさん、大丈夫。僕が新婚のおふたりのために、腕を振るいますから」
にこやかにサエコの後ろから姿を現したのは、夫のローランだ。
「専属シェフを買って出てくれたのよ、感謝しなさい!」
再びニヤリと笑うサエコに、マラダイはこれ以上言うことができなくなった。
「あ、ありがとうございます。ローランさん、サエコさん」
かわりにお姫様抱っこをされたままのひなげしが、礼を言って頭を下げた。
「それと、もう一人と一匹も連れてきたから」
サエコがそう言うと、ローランのさらにその後ろからマリウスと犬が顔を出す。
「マラダイさん、すみません。サエコさんのサロンの前を通りがかったら一緒に行こうと誘われちゃって」
「わん(いやぁ、俺も一度、海辺のコテージってやつ見てみたかったんだぁ)」
「ま、マリウス。ポムポム…」
言葉が継げないマラダイに、サエコが言う。
「大丈夫よ、ミーナ様にはちゃんと許可を取ったから」
「い、いや、そういう問題では…」
小さな声で言ったマラダイを、サエコがぎろりと睨む。
「さぁ、さぁ。こんなところに突っ立っていないで、皆さん中へ入りましょう。おいしいお茶とアップルパイを用意してありますよ」
ローランが笑顔で、そう皆を促す。
「わ、アップルパイ!」
長女リスのナルが、ぱっと顔を輝かす。
「ローランさんのパイって、絶品なんですよね」
次女リスのニナも、嬉しそうに舌なめずりした。
「わーい、パイ投げして遊びたいっ」
ノワよ、それは止めておけ。
着いたばかりの元気はどこへやら、皆の一番後ろについてすごすごと中に入ろうとするマラダイに、マリウスが耳打ちした。
「大丈夫ですよ、マラダイさん。3日間の辛抱です。サエコさんは、それ以上はサロンを休めないって言っていましたから」
「ホントか?」
少しだけその眼に希望の光を浮かべたマラダイが、マリウスに訊く。
「はい」
「わん(俺たちは、1週間くらい居るつもりだけどね!せっかくのバカンスだし)」
お前は365日バカンスのようなものではないか、はよ帰れ!犬よ。
それから3日間、朝昼晩の食事はローランが担当してくれたものの、ちょっとでも寝坊をすると生温か~い眼でサエコに見られることに、ひなげしが抵抗を見せた。
「ま、マラダイさん!もう、今夜はここまでっ!お願いです、明日こそ早く起きなくっちゃ!」
「いいじゃないか、ひなげしっ!俺たちは新婚なんだぞっ。これは俺たちのための結婚休暇なんだぞっ」
ふたりがそう言い合っている間も、サエコとローランの部屋から何やら怪しげな音とか声がする。
「あっ、いいっ!女王様、もっと打ってくださいっ!」
「ふふふ、打ってほしければ、靴をお舐めっ!」
「か、壁が薄いな、このコテージは…」
「そ、そうですね」
「寝るか?」
「はい、マラダイさん」
しかし時間は必ず過ぎるもので、サエコとローランは3日後に馬車で帰って行った。
✵ ✵ ✵
「で、なんでまだいるの?マリウスちゃま」
長女リスのナルがマリウスに訊く。
「ごめん、ウチの馬車が来るのはあと4日後なんだ」
マリウスが申し訳なさそうに答える。
「サエコさん達の馬車に乗せてもらえばよかったでしょ?来たときと同じように」
次女リスのニナが、そう言う。
「何故だか、拒否された」
ますます申し訳なさそうに、マリウスが答える。
「大体、一緒に来ないでしょ。いくらサエコさんに捕まったからって」
自分たちも実は、マラダイとひなげしの邪魔をしていることは思い切り棚に上げて、末っ子リスのノワが言う。
「わん(いーじゃんかぁ。みんなで楽しくヤ・レ・ば)」
そこは「ヤ・レ・ば」ではなく、「やれば」じゃ、犬よ。
「さぁさぁ、リスちゃん達もそんなこと言わないで。そうだ、みんなで仲良くお散歩に行きましょう?」
ひなげしが明るく提案する。
「わんっ(わーい、散歩っ散歩っ!)」
「そうだな、海岸の方へ出てみようか」
この状況をすっかり
「ビーチボールを持って行きたいっ!」
長女リスのナルが、そう言って飛び跳ねる。
「あたしは可愛い貝殻を拾って、首飾りをつくりたいっ!」
乙女じゃのぅ、次女リスのニナよ。
「陽に焼けないように、ビーチパラソルも必要ねっ!」
いやいや、お前さんはもともと真っ黒じゃ、ノワよ。
「わんっ(わーい、ボール遊び、ボール遊び)」
デカいシッポを振ってひなげしの鼻をくすぐるのはやめよ、犬。
「は、は、は、はっくしょん!」
ほれ、見ろ。
ともあれ、威圧感バリバリのサエコがいなくなっただけで、みんなの雰囲気は柔らかく良好なものになった。
陽の高いうちは海辺で思い思いに遊び、夕闇が辺りを包むと海辺でバーベキューを楽しむ。
さざ波の音に耳を澄ましながら、ひなげしはそっと目を
「幸せか?」
ひなげしの顔を覗き込みながら、マラダイが問う。
「はい、とっても」
「俺もだ、ひなげし」
そんなふたりを、リス3姉妹とマリウス、不細工な犬が邪魔しないように遠くから見ている。
やっと新婚らしい時間がもてたようじゃのぅ、おーほっほっほ。
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