第37話 らぶらぶ旅

 期待に満ちた目で、ひなげしが支度を終えて降りてくるのをマラダイは待っていた。

 リス達の言うことが本当なら、さぞかし可愛いらしい姿にマラダイは悶絶することであろう。


 と、そこへ。

 とんとんとん、と足音がして、2階から準備ができたらしいひなげしが降りてきた。


「ぶっ!」

 ひなげしの姿を見た途端に、鼻と股間をおさえる絶倫男。

 ノワの予言通りの反応じゃな。

「に、似合いますか?」

 恥じらいながら訊いたひなげしのカッコは…。

 上半身は身体のラインに沿った純白のシルク地、袖はふんわりと膨らんだオーガンジーの5分袖、スカートはチュールを何枚も段々に重ねたミニスカート。細くて真っ直ぐな足には、白い小花を散らしたストッキングと華奢なデザインの白い靴。

 頭にはリス達と同じようにミニハットをつけているが、こちらはピュアホワイトの布製でレースと花が品よく飾られていた。

 そう、まるで日本のウェディングドレスを思わせる姿に、マラダイは固まった。


「マラダイさん?」

「ててて、天使だ…」

 口をぱくぱくさせながら、マラダイがやっとのことでそう言った。

「天使だなんて…」

 ひなげしが、顔をピンクに染めて恥じらう姿が愛らしい。


「ううん。ひなげしちゃん、その通り」

 長女リスのナルが、見惚れるようにそう言った。

「ホント、可愛い。純真で可憐で素敵…」

 次女リスのニナも、うっとりとした眼で絶賛する。

「こんな天使のように純真なひなげしちゃんを、マラダイ様はこれからヤリ放題する気ですねっ。このっ!このっ!」

 末っ子リスのノワが、うひうひ言いながらマラダイをつつく。


「お、お前は何を言うのだっ」

 慌てるマラダイ。

「あれ?違うんですか?」

 そうノワに切り返され、マラダイはうごうご言うしかなかった。


「さぁさぁ、出掛けましょうよ!」

 長女リスのナルがそう言って、みんなの荷物を馬車に積んでくれるように御者に頼んだ。

「お弁当もたくさん、おいしいものを用意しましたよっ」

 次女リスのナルが、大きなバスケットを指差す。

「マラダイ様、ひなげしちゃんを食べるのは夜になってからですよっ!」

 末っ子リスのノワよ、お前さん、中身がだんだんオヤジになってきておらんか? 



 さて、マラダイたち一行は荷物を積んだ旅馬車で、ルキーニ王国でも屈指の絶景と称えられる海辺の街を目指した。

 約4時間の道のりは、ザラハド郊外に入ると風景が一変する。

 初めて眼にする光景に、ひなげしは目を見張った。


「マラダイさん、見て!森があるわ、あっちには丘。ザラハドを抜けるだけで、こんなに美しい自然が広がっているなんて。あ、あれは何という動物?」

「ん、どれどれ?ああ、あれはギーヤという生きものだ。立派な角と長いひげがあるだろう?」

「あ、子供がいるっ!小さい、可愛いっ!」


「ひなげしちゃん。ほら、あの茂みには野兎がいるよっ」

 長女リスのナルが小さな指で示した方向を、見るひなげし。

「まあ、真っ黒。綺麗なうさぎ…」

「きっと、ひなげしちゃんに会いに来たのよ」

 次女リスのニナが、乙女なことを言う。

「嬉しいわ。こんにちは、うさぎさん」

「やっぱり、毛並みは黒が一番ね!」

 自分も同じように真っ黒な末っ子リスのノワが得意そうに言う。


 そんな風に森を抜け、丘を越えると今度は突然、海岸線が眼の前に広がった。

「マラダイさん、海っ、海だわ!」

 一つ一つに感動の声を上げるひなげしを熱い目で見つめ、鷹揚おうよううなずきながらマラダイが訊ねた。

「ひなげし、日本という国にも海はあるのか?」

「はい、日本は実は島国なんです」

「ほう、島国」

「はい。でもあたしが生まれ育ったところは、海からちょっと離れた東京というところで…」

「とうきょう…」

 初めて耳にする言葉を、マラダイが繰り返した。

「…懐かしく思い出すか?その、つまり…淋しくないか?」

 マラダイがひなげしを気遣う。

 そんなマラダイを真っ直ぐ綺麗な眼で見て、ひなげしは言った。

故郷ふるさとが恋しいときも、それはあります。でも…」

 ひなげしがマラダイの手に、そっと自分の手を重ねる。

「いまはマラダイさんが、あたしの故郷ふるさとだし、世界のすべてだから…」

 恥ずかしそうにうつむきながらも、そうはっきりと口にしたひなげしにマラダイが再び固まる。

「ままま、まかせろつ!おおお、俺はひなげしの全世界になるっ!そして、お前にすべてを捧げるっ!」

「「「ラブラブぅ~!!」」」

 リス3姉妹が、にやにやしながらツッコんだ。



 海岸線をしばらく走ると、今度は再びなだらかな丘陵が続く道へ入る。

 少し小高い丘の上には、美しい花が咲き乱れる見晴らしのよい公園があって、マラダイたちはそこで昼食を取ることにした。

「サンドウィッチを、たくさんつくってきましたよ」

 長女リスのナルが、大きなバスケットを開く。

「温かいスープも、たっぷりありますよ」

 次女リスのニナが、大きなポットをうんしょと持ち上げる。

「グリルしたお肉やお魚のフライも、ほらこんなに」

 末っ子リスのノワが、もう一つのバスケットを開けて見せた。


「ほう、これは旨そうだな、ひなげし」

 マラダイが眼を細めて、ひなげしを見る。

「ごめんなさいね、あたし寝坊しちゃって少ししか手伝えなくて」

 ひなげしがリス3姉妹に、申し訳なさそうに謝る。

「それは、ひなげしちゃんのせいじゃないもの」

 長女リスのナルが、優しい顔で理解を示す。

「そうそう、気にしないで?」

 次女リスのニナも、優しくうなずく。

「でも、マラダイ様はちょっと自重してくださいねっ!毎日毎晩、ひなげしちゃんの足腰が立たなくなるまでヤルなんてっ!」

「ぶっ!」

 ちょうどスープを口に運んでいるところだったマラダイは、そのほとんどを吹き出す。


「や、マラダイ様、汚い!」

 長女リスのナルが、叫ぶ。

「もう、子供じゃないんだからっ」

 次女リスのニナが、呆れ顔になる。

「はいはい、ひなげしちゃん。拭いてあげて?もうっ、夜だけでなく、昼も吹き出し放題なんてダメですよっ、マラダイ様」

 だから、ノワよ。お前さん、可愛い黒リスの皮をかぶったオヤジじゃろ?


 すっかり形無しの状態になったマラダイの口やらはだけた胸を、ひなげしが甲斐甲斐しくタオルで拭く。

「火傷しませんでしたか?マラダイさん」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう、ひなげし」

 いまのひなげしの眼には、どんなマラダイも愛おしく見えるようじゃの。

 恋は盲目とはよく言ったものじゃ。わしには嫁にこぼしたスープを拭きとってもらう、情けな~い36歳おっさんにしか見えんがの。

 おーほっほっほ。


 それでも風が運ぶ潮の匂いをかすかに感じながら、眺望のよい丘の上での昼食は、澄んだ空気もあいまって本当においしそうじゃ。

 ひなげしはマラダイのためにいろいろ取りわけ、リス達はその小さな身体のどこに入るのかと思うほどに食欲旺盛だ。

 

 昼食の後は、また旅馬車に揺られ、海沿いのコテージをめざす。

「なんだか、眠くなってきちゃった」

 早起きして皆の分のお弁当をつくった長女リスのナルが、そう言って欠伸あくびをした。

「お腹もいっぱいだし、あたしも眠ぅ…」

 次女リスのニナも、お腹をさすり眼をこすりながら眠むそうじゃ。

「ぐぅ、すー、ぴぃー。もう…食べられない…」 

 末っ子リスのノワは、もうとっくに夢の中じゃな。


「ふふ、みんな可愛い」

 眠ってしまったリス3姉妹を眺めながら、ひなげしが微笑んだ。

「ああ、いつも頑張ってくれるからな。少し寝かせてやろう」

 そう言ってマラダイはひなげしの背中に手を回して、そっと抱き寄せた。

 それからコテージに着くまで、マラダイとひなげしは無言で見つめ合ったり、微笑み合ったりととても幸せそうであった。

 恋するふたりに、言葉はいらない。言葉にしなくとも、想いは通じ合うのじゃ。

 たとえそれが21歳のうら若き可憐な娘と、36歳絶倫のおっさんであってもな。

 おーほっほっほ。

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