第36話 ハメハメ海岸・結婚休暇

 後日談。

 無事に初夜を迎えたマラダイとひなげしは、まず領主館へ揃って結婚届を出しに行き、今度こそ受理された。

 それから再び結婚ピアスを買うために、ザラハド一の宝飾店へ赴いた。

 例のスタッフは、こめかみをピクピクさせながらなんとか笑顔で応対し、マラダイとひなげしは肩身の狭い思いをしながらも結婚ピアスを購入した。

 それは森の奥の湖のような美しいコバルトブルーの石、そうマラダイの眼の色のピアスだった。

 値段は3万ルキ、ルキーニ王国の結婚ピアスの相場じゃ。

 それを早速お互いにつけ合ったマラダイとひなげしは、見つめ合って微笑みあった。


 その帰り道。

「ひなげし、て、手を繋いでもいいか?」

「はい」

 おずおずと差し出された小さな手を、マラダイは愛おしそうに取った。

「ありがとう」

「はい」

「いや、そうではなくて。いや、それもあるのだが…」

「?」

 また、訳のわからんことういう36歳、初恋が実ったばかりのおっさん。


「俺に、恋というものを教えてくれて、ありがとう」

 マラダイの言葉に、ひなげしは思わず立ち止まって彼を見上げた。

「マラダイさん…それは、こちらこそ、ありがとうです」

 マラダイも立ち止まって、ひなげしと向かい合う。

「人を想うことが、こんなにも幸せなものだってことを、あたしにも教えてくれてありがとうございました」

「ひなげし…」

「それに、あたし、この国でもう独りじゃない…」

「ああ、何があっても、俺がお前を守る。ずっとそばにいる」

 マラダイが、ひなげしの小さな身体を包み込むようにして抱きしめた。


「なぁ、ひなげし」

「はい」

「結婚休暇は、やはり海辺のコテージで過ごさないか?」

 その言葉に、ひなげしがマラダイの胸に埋めていた顔を上げた。

「本当、ですか?」

 眼を輝かせたひなげしに、マラダイは嬉しそうに目を細める。

「ああ。ルキーニ王国でも一番の絶景と言われる、ハメハメ海岸のコテージへ行こう」

「ルキーニ王国一の絶景!?わぁ、素敵」

「ルキーニ王国をまだ十分に知らないお前に、美しい風景や楽しい場所やおいしいものをたくさん教えてやりたい」

「マラダイさん、あたし、幸せですっ」

 そう言って涙ぐむひなげしを、マラダイは再びひしっと抱きしめる。

「もっと、もっと、幸せにしてやるぞ。俺の命にかけても。ああ愛しい、ひなげし」

 そんな甘~い、若干気障な台詞を吐きつつ、マラダイのマラが大になっていたことは内緒じゃ。おーほっほっほ。



✵ ✵ ✵


「わぁ、いいなぁ。ハメハメ海岸のコテージですかぁ」

 長女リスのナルが、眼を輝かせる。

「凄く人気があるところですよねぇ、絶景だし」

 次女リスのニナが、うっとりとした表情になる。

「コテージのどの部屋もオーシャンビューで、ヤリながら真っ青な海が楽しめるって評判ですよねぇ」

 末っ子リスのノワが、でへへと意味深に笑う。


「「「いいな、いいな、いいな。で、いつ出発しますか、マラダイ様?」」」

「そうだな、明日旅支度をして、明後日にでも行こうか?ひなげし」

「約1カ月分の旅支度ですね」

 長女リスのナルが、うきうきした顔になる。

「わぁ、何を持って行こうかな」

 次女リスのニナが、嬉しそうに飛び跳ねる。

「おやつのナッツは忘れないようにしないと」

 末っ子リスのノワが、メモを取る。


「ちょ、ちょっと待て、お前たち。まさかっ、お前たちも行く気なのか?」

「「「はい、もちろんですけど、何か?」」」

 リス3姉妹はいかにも当然、といった顔でうなずく。

「いやいやいやいや、それはないだろう。だって結婚休暇だぞ?」


「え~~~、一緒に行きた~い!」

 長女リスのナルが、イヤイヤをするように身体を揺らした。

「ひなげしちゃんと、離れたくな~い」

 次女リスのニナも、そう言ってじたばたする。

「コテージでも、みんな揃ってご飯を食べるんだいっ!」

 末っ子リスのノワが腕を組んでふんぞり返って、そう主張する。


「それじゃ、家にいるのと変わらないじゃないかっ」

 なんとか、リス達にあきらめさせようとするマラダイ。

「あたしたちだって、休暇が欲しいっ!」

「そうですよ、マラダイ様とダンユ商会のために、身をにして働いてきたんですからっ」

「看板リスの権利だー!認めないならストライキを決行するっ」

 ナル、ニナ、ノワが頑として譲らない。


「マラダイさん、いいじゃないですか。みんなで、行きましょ?」

 ひなげしがマラダイの腕に手を添えて、優しく説得する。

「し、しかし…」

 どうしても、ひなげしとふたりきりになりたいマラダイは、まだ躊躇ちゅうちょしておる。


「大丈夫ですよ、マラダイ様っ」

「そうそう、お邪魔はしませんよ~」

「覗き見だって、ノワしないっ!」

 いや、お前はかえってしそうじゃ、ノワよ。


「う、ううぅ…俺とひなげしのせっかくの結婚休暇が…」

「マラダイさん、大丈夫。だってこれからは、ずっと一緒なんですから」

「ず、ずっと?」

「はい。一生涯、そばにおいてくださいますか?」

 恥じらいながらも眼を潤ませて見つめてくるひなげしの破壊力は、相当なものじゃった。

「はっ!ひ、ひなげしっ、お、お前はなんて可愛いいことを言うのだっ!」

 マラダイは、思わず鼻と股間を押えて震える。

「ひなげしのお願い、訊いてくれますか?」

「ききき、訊く、訊く。何でも訊くっ」

「じゃあ、リスさん達もぜひ、一緒に!ね?」

 ひなげしがさらに可愛く顔を傾げてお願いする。

「わわわ、わかった。何でも訊く!!!」

 マラダイは興奮のあまり、よくわかってはいないのではないか?


「「「わ~~~いっ!!!」」」

 リス3姉妹が歓喜の声を上げて、ピョンピョン飛び跳ねている。

 こうしてマラダイとひなげしは、リス3姉妹というコブつきで、結婚休暇旅行へ旅立つことなった。

 すぐに伝書カラスを飛ばせて、コテージの中でも一番大きな寝室とリス達用の寝室、2つのバスルームがある特別棟を押えたのは、マラダイのせめてもの抵抗じゃろう。おーほっほっほ。




✵ ✵ ✵


「「「お待たせしましたぁ~!」」」

 リス3姉妹が、揃いのギンガムチェックのワンピース姿で現れた。頭には、これも揃いの麦わらで出来たミニハットを乗せている。

 ふむ。完全にお出かけ仕様じゃの、なかなか可愛いではないか。


「どうですか?このワンピース」

 長女リスのナルが、赤と白のチェック・ワンピースの裾を持ってポーズを決める。

「このミニハットも可愛いでしょう?」

 次女リスのニナが、頭にちょこんと乗せた帽子にさわる。帽子にもワンピースと同じ色柄の、テープとリボンがあしらわれている。

「下着も可愛いんですよっ!」

 末っ子リスのノワが後ろを向くとワンピースの裾をひょいとめくって、白いドロワーズをはいたお尻を見せた。


「お前たち、その恰好はどうしたんだ?」

 初めて見るリス達のお洒落した姿に、マラダイがそう訊ねる。

「サエコさんが、注文してくれたんです」

 長女リスのナルが、嬉しそうに報告する。

「デザインもしてくれて。こんなに可愛い服が届くなんて思ってもみなかった!」

 次女リスのニナも、満面の笑みで着ている服を確認する。

「で、はいコレ。サエコさんからです」

 末っ子リスのノワが、何やら紙きれを渡す。

 受け取ったマラダイが、折りたたまれたそれを開いてみると…。



 マラダイへ。

 結婚のお祝いに、ひなげしとリス3姉妹のドレスをデザインして注文しておいたわ。

 結婚休暇に、どこかへ遠出でもするときに使いなさい。

 因みに、請求書はそっちに回しておいたから。



「俺に払わせるんなら、祝いじゃないじゃないか」 

 憮然とした顔で、マラダイは言った。

「それとお前たち、これを着たかったから一緒に旅行へ行きたがったんだな?」

「「「えへへ」」」

 リス3姉妹が、ちょっとバツが悪そうに笑った。

「まったく、サエコはっ。余計なことを」

 そう言うマラダイに、長女リスのナルが片目をつぶってみせた。

「サエコさんに文句を言うのは、ひなげしちゃんの姿を見てからにしたほうがいいですよ?」

 次女リスのニナも、うふふと笑う。

「そうそう、ひなげしちゃんの可愛さは、こんなもんじゃないですよ?」

 末っ子リスのノワが、真面目くさった顔でうなずきながら言う。

「ひと目見ただけで、鼻血ブーでおっつこと間違いなしっ!」

「そそそ、そうなのかっ?」

 一気に、期待に満ちた目になるマラダイであった。

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