第35話 めでたしめでたし
「日本の男?」
ひなげしが、
「うん。実はね、日本では婚約指輪に給料の3カ月分を使うって、アンナ様がマラダイさんに教えたんだ」
「ええぇぇぇ~~」
今度はひなげしが驚きに叫ぶ番だった。
「違うの?」
長女リスのナルが訊く。
「ち、違わないけど…でもっ!」
「じゃあ、やっぱり3000万ルキで間違いないんじゃ…」
次女リスのニナが、不服そうに言う。
「お、お給料の3カ月分って言ったって、日本では一般的にそんなにたくさん貰わないわっ」
ひなげしが必死で説明する。
「そうなの?じゃあ、どれくらい?」
末っ子リスのノワが訊ねる。
「それは…人によって違うけど。そ、それに、いまはそんなことにこだわらない人の方が多いと思う」
まぁ、給料の3カ月分が目安、なんていうのはメーカー・サイドの販売戦略じゃがの。
「わん(でもさ、マラダイさんの収入が1か月1000万って凄くない?ひなげし、玉の輿だぜぇ)」
余計な茶々を入れるでない、犬よ。まぁ、通じてはおらんがの。
「じゃあ、いくらなら、ひなげしちゃんはいいの?」
長女リスのナルが、さらに訊く。
「お金じゃないの。ただ、ルキーニ王国のしきたりに従って、マラダイさんと一緒に結婚ピアスを選びたかっただけなの」
ひなげしは、そう優しく答えた。
「じゃあ、3000万ルキでもいいじゃない」
次女リスのニナが、そう言ってふくれる。
「それは違うと思うのよ。あたしはマラダイさんと違ってお金持ちじゃない
「セッ○スの相性よりも?」
末っ子リスのノワよ、それはいまここで訊く話ではないぞ。
「そそそ、それはっ…あたしにはまだ、なんともっ」
慌ててそう言いながら真っ赤になったひなげしに、マリウスは言った。
「つまり、ひなげしちゃんは誤解をし、マラダイさんは早合点しちゃったってことでしょ?そんな誤解は解かなきゃ、ふたりとも子供じゃないんだし」
8歳のマリウスにそう
「ごめんなさい。情けないわね。あたし、恋愛しておつき合いしたことなくて、胸がいっぱいになってどうしていいかわからないの」
「わん(うわぁ、恋愛処女でもあったかぁ。初恋絶倫男と恋愛処女、こりゃあ前途多難だぜ)」
確かに、これからひと波乱もふた波乱もありそうじゃの。
おーほっほっほ。
「それは、マラダイさんも同じみたいだよ。ね、リス達?」
マリウスの言葉に、リス3姉妹はこくこく
「マラダイさんはひなげしちゃんに泣かれただけで、3日間も引きこもって食事も喉を通らなくなるくらい、ひなげしちゃんのことが好きなんだよ」
マリウスにそう言われて、ひなげしは申し訳なさそうな、くすぐったいような顔になった。
「ね、ひなげしちゃん。マラダイ様に会って?」
長女リスのナルが、そう訴える。
「いますぐ!マラダイ様を救ってあげて?」
次女リスのニナも、小さな手でひなげしの手を取る。
「早くしないと、マラダイ様はひなげしちゃんとヤル前に死んじゃう!」
末っ子リスのノワよ、お前はブレないのぅ。
ひなげしが、サエコに困ったような顔を向けた。
「しょうがないわね。行ってやれば?」
サエコが降参、という風に両手を上げた。
「いいんですか?サエコさん」
ジェシカが少し不服そうに言う。
「あたしはただ、とんでもない行動に出ようとしたマラダイにお灸を据えたかっただけ。だっていくら初恋だからって、あんな訳のわからない行動に出るようなら、この先、ひなげしを幸せに出来っこないもの」
「あたしもそう思います!でも、だからこそまだ心配なんです」
ジェシカは、そう言ってひなげしを見る。
「でもね、ジェシカ。幸せになれるかどうかなんて、実は誰にもわからないのよ。それにそれは当人同士が決めることだし」
サエコは、ひなげしに近づいて両手でその手を取る。
「決めるのは、ひなげしよ。どんな決断でも、あたしはあなたの力になるわ。だから心配しないで、心のままに行動しなさい」
「サ、サエコさん…」
ひなげしは感動のあまり、はらはらと涙をこぼした。
「ひなげしちゃん、行きましょっ」
長女リスのナルが、ひなげしを見上げる。
「マラダイ様のところへ、あたし達と一緒に!」
次女リスのニナも、期待に輝く目でそう促す。
「うわぁ、上手くいけば、今夜とうとう初エッチ?」
末っ子リスの発言は、取りあえずその場の全員にスルーされた。
「わん(おー、がんばれっ、ひなげし。初めては痛いぞ~。ま、でも百戦錬磨のマラダイさんなら大丈夫か)」
スルーしてないヤツが、一匹いた。
✵ ✵ ✵
忙しいのぅ。
今度はひなげし、マリウス、リス3姉妹とついでに犬を乗せた馬車が『ダンユ商会』へと取って返す。
『ダンユ商会』に着いたひなげしは急ぎ足で階段を昇り、2階へ上がると、マラダイの寝室の前へ行った。
ドアの前に立ったはいいが、ひなげしにはどう声をかけていいかわからない。
「マラダイ様っ、ひなげしちゃんを連れてきましたっ!」
長女リスのナルがそう叫んだ途端、ゴトッ、ダダン、ズズズッという音が響く。
「だから、出てきてくださいっ、マラダイ様っ!」
次女リスのニナがそう言うと、部屋の奥からかすれた声が聞こえてきた。
「う、嘘だ。ひなげしが来るわけがない…」
「本当ですってば。ほら、ひなげしちゃんも、何か言って」
末っ子リスのノワに言われて、ひなげしがおずおずと声をかける。
「マラダイさん、ごめんなさい。あたし…」
次の瞬間、3日間開かずの扉だった寝室のドアが、バンッと勢いよく開かれた。
しかし、そこに姿を現したマラダイを見て、リス3姉妹が絶叫した。
「ぎゃ~~、なんですかっ!マラダイ様、その姿!」
「ひ、髭が汚い、髪ぼさぼさ、服よれよれ、おまけになんだか匂う」
「うわぁ~、汚い、臭いっ!」
さんざんであるが、36歳おっさんが3日間も風呂にも入らず引きこもれば、当然の結果じゃな。
リス3姉妹は慌てて、ひなげしをマラダイから遠ざけると、マラダイを風呂へと連行していく。
小さなリス達に連行されながら、デカい図体のマラダイが振り返った。
「ほ、本当に…ひなげし、だ。ああ、夢じゃないっ。何度も見た夢じゃないんだな。ひなげし…ありがとう、来てくれてありがとう」
涙で髭面を濡らし、いっそう汚くなっているマラダイに、ひなげしも涙を流す。
ふむ、恋は盲目とはよく言ったものじゃ。
そうでなければ、とても正視できない姿じゃぞ。
ともあれ、マラダイが風呂で3日分のおっさん臭を洗い流している間、ひなげしとリス3姉妹は仲良く夕食の準備に取りかかっていた。
マリウスと犬は、風呂にマラダイが連行された後、安心して帰っていった。
「今晩は、お祝いねっ」
長女リスのナルが小さな手でお玉を握り、嬉しそうに言った。
「ご馳走をつくらなきゃ!」
次女リスのニナも、張り切って野菜を刻む。
「精のつくものを、たくさんつくらなきゃっ!」
末っ子リスのノワが、鼻息も荒く自分の身体の5倍はあるフライパンを振る。
「リスさん達とお料理をつくるの、なんだか久しぶり」
ひなげしも楽しそうに、肉を肉たたきで叩いていた。
「♫あああ~よかったぁ。マラダイ様とひなげしちゃんが仲直り~。あっは~ん♫」
「♪これですっかり元通り~。これからいっぱい幸せになるのぉ~。うっふ~ん♪」
「♬今夜は念願の初夜ぁ~、ギッタンバッタンはりきってぇ~。いっや~ん♬」
リス3姉妹が、ご機嫌で歌って踊る。
やがてマラダイが風呂から上がって、テーブルにはたくさんの料理が並んだ。
「ひなげし…俺は」
ひなげしの前で、深く頭を下げるマラダイ。
「そ、そんなっ。悪いのはあたしです」
「いや、ひなげしは少しも悪くない」
「そんなこと。マラダイさんの気持ちも考えずに、あたしったら…」
「いや。俺がちゃんと説明していれば…」
「あのぅ、それまだ続きます?」
ニヤニヤしながら、長女リスのナルが訊く。
「お料理、冷めちゃいますけど?」
くふっ、と笑いながら次女リスのニナが言う。
「夜は短いんだから、さあ食べましょっ!あ、ふたりの夜はエンドレスでしょうけど?」
おっさんのようなジョークを言って、末っ子リスのノワが自分でウケる。
「そうだな、食べようか」
「はい、マラダイさん。スープを注ぎますね」
ひなげしが熱々のスープをよそってくれるのを、マラダイは鼻の下を伸ばしきっただらしな~い顔で見る。
「ナルちゃん、ニナちゃん、ノワちゃんもどうぞ」
温かいスープが全員に行きわたり、ほっこりとした雰囲気がリビングを包む。
「いただきます」
そう言ったマラダイに、ひなげしも言う。
「いただきます」
そしてリス達も。
「「「いっただきま~す!」」」
こうして、マラダイとひなげしはまた元のさやに納まり、夜が明けるまでひなげしのサヤはマラダイの…。
いや、これ以上は止めておこう(自粛)。
なにはともあれ、めでたしめでたしのハッピーエンドじゃ。
よかったのぅ、マラダイ、ひなげし。
お幸せにの、おーほっほっほ。
皆様も、このバカ話に長々とおつき合いいただきありがとうございました。
ん?
まだ、このバカップルの話は終わらんぞ。
悪いが、もう少しおつき合いいただこうかの。
おーほっほっほ。
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