第34話 犬の背中にリス3姉妹

「それで、マラダイさんの様子は?」

 この件を小耳にはさんだマリウスが、ポムポムと共に『ダンユ商会』を訪ねて来ていた。

 リス3姉妹が、悲し気に首を振る。

「寝室にこもりっきりで、もう3日も出てこないの」

 長女リスのナルが困った様子で言う。

「食事もまったく摂っていないし」

 次女リスのニナが心配そうに言う。

あの・・マラダイさんが、自慰オ○ニーすらしてないのよっ!」

 末っ子リスのノワが必死で訴える。

 なるほど、それは相当深刻な事態じゃのぅ、ノワよ。


「わん(ったく、あのインチキ占い師、テキトーなことばっか言うと思ってたら、とうとうとんでもないことをマラダイさんに吹き込みやがって)」

 わしはテキトーなことも、とんでもないことも言ってはおらん。あまり失礼なことを言うと、ヴィにまた刺させるぞ。


「取りあえず、様子を見に行ってもいい?」

 マリウスがリス3姉妹に訊く。

「「「もちろん!ぜひ、そうしてあげて、マリウスちゃま」」」


 マリウスはポムポムとともに、マラダイの寝室の前へ行くと、ドアをノックした。

 しかし、中からは何の応答もない。

「マラダイさん、マリウスです。ここを開けてくれませんか?」

 マリウスがそう声をかけると、しばらくしてドン、ズサ、ズズズという音がした。

「わん(マラダイさん、マラダイさん!こんなとこにこもってたって、何も解決しないよっ!取りあえず、出てこようよ!)」

 通じてはおらんが、そう言うポムポムの頭を撫でながらマリウスも言う。

「とにかく、打開策を一緒に考えましょう!マラダイさんっ!」


 すると、しばらくしてドアの向こうから、マラダイの死にそうな声が聞えた。

「お、俺はもうだめだ。死んでしまいたいっ!ひなげしっ、ひなげしっ!!」

「わん(マラダイさん、なんでそんなに弱気なんだよっ!いつも陽気で女漁おんなあさりしてた、あの豪快なマラダイさんはどこ行ったんだよっ!)」

「マラダイさん、とにかくここを開けてください」


「放っておいてくれ、マリウス。俺は、俺は…取り返しのつかない失態を演じて、ひなげしを泣かせてしまった」

「でも、それは、ひなげしちゃんを愛しているからこそでしょう?」

「そうだ。こんな想いは生まれて初めて、どうしていいかわからないことが多いんだ。だから俺の愛が伝わるなら、3000万ルキなんて惜しくもなんともなかったんだっ。うううぅぅ…」

「わん(マラダイさん、そこまでひなげしを…。だけど、不器用すぎてこっちが泣けてくるよ)」


「きっとその想いは、ひなげしちゃんにはちゃんと伝わっていますよ。ただ、ちょっと勘違いとすれ違いがあっただけで」

「でも、サエコに結婚は白紙だと言われた。ひなげしには、もう会わせないとも…わぁぁぁぁ~~~」

「それはサエコさんも、泣きじゃくっているひなげしちゃんを心配したからでしょう?ひなげしちゃんに幸せになってもらいたい思いは、一緒のはずです」

「わん(そうだよ、あのドS女の言うことなんか気にするなっ!)」


「ひなげしちゃんに、ちゃんと説明しに行きましょう。ね、マラダイさん」

「…無理だ。ひなげしのあの悲しそうな泣き顔が、脳裏に焼きついて…。俺は、俺は、幸せにする前に、泣かせてしまったどうしようもない男なんだっ!」

「マラダイさん…」

「わん(なんか…切ないな。36歳未婚、絶倫男の純愛って)」


 そのとき後ろの方で様子をうかがっていたリス3姉妹が、たたたっとドアの前に走り出た。

「マママ、マラダイ様っ!なんですか、マラダイ様らしくもないっ!」

 長女リスのナルがそう言って、ドアを小さな手で叩く。

「そうですよっ!何のために、あたしたちが告白ソングのお手伝いをしたと思ってるんですかっ!」

 次女リスのニナが、眼に涙を浮かべて訴える。

「マラダイ様のバカっ!まだ、ひなげしちゃんとヤッテもいないのに、あきらめるんですかっ!」

 末っ子リスのノワが、身も蓋もないことを言う。

「わん(そうだよっ!ヤル前にあきらめたら、マラダイさんの魅力の半分もひなげしに伝わらないじゃないかっ!)」

 天然リスのあけすけな励ましに乗るのは止めよ、犬。 


「「「もう、こうなったら、あたしたちがひと肌脱ぐしかないわっ!!」」」

 決意を固くした表情でリス3姉妹が、そう宣言してピンクのエプロンを外す。ひと肌脱ぐの意味を、はき違えてはおらんな?

「そうだね」

「行きましょう、ひなげしちゃんのところへ!」

 長女リスのナルが言った。

「いますぐに!あたしたちがひなげしちゃんを説得してみせましょう!」

 次女リスのニナが、気合を入れるように拳を握った。

「ポムポム、あたしたちを背中に乗せてってくれる?」

 末っ子リスのノワが、そうお願いする。

「わん(ええぇ~~~、俺、馬じゃないぜっ!)」



✵ ✵ ✵


 馬車から降りると、リス3姉妹はポムポムの背中に乗り、マリウスと共にサロン『ディーテ』に向かった。

 『ディーテ』につくと、マリウスは一つ深呼吸をしてからサロンの扉を静かに開けた。


「いらっしゃいませ…あら、マリウス」

 にこやかに営業スマイルを浮かべたサエコが、マリウスだと気づいて真顔になる。

「こんにちは、サエコさん」

「どうしたの、今日は?…あら、あなた達」

 マリウスの後ろに続くポムポムと、その背中に乗ったリス3姉妹にもサエコは気づいた。

「「「こんにちは、サエコさん」」」

 リス3姉妹が行儀よく、揃って挨拶をする。


「ははん、そういうことね」

 もうサエコには、予測がついたらしい。

「まぁ、そういうことなんですけど。ひなげしちゃんは、元気ですか?」

 マリウスが訊くと、サエコは首をすくめて答えた。

「まぁ、表面上はね。でも、独りになるといつも涙ぐんでるわ」

「わん(マラダイさんよりは、まだマシか。まぁ、男の方が失恋のダメージには弱いからな。未練たらたらだし、引きずるし)」

 知ったような口を利くではないか、犬よ。


 そのときサロン奥の施術室の扉が開いて、施術後の片づけを終えたジェシカとひなげしが出てきた。

「「「ひなげしちゃん!!」」」

 その姿を見て、思わず叫ぶリス3姉妹。

 ひなげしもすぐに、その小さな姿に気がついた。

「まぁっ!ナルちゃん、ニナちゃん、ノワちゃん」

 ひょんひょんひょん、とポムポムの背中から飛び降り、リス3姉妹はひなげしに駆け寄った。

「「「ひなげしちゃん、ひなげしちゃん!」」」

 口々に名前を呼びながら、ひなげしに手を伸ばすリス3姉妹を、ひなげしは両腕に抱き上げた。

「どうして、ここへ?」

 ひなげしがそう訊くと、リス3姉妹はわれ先にと答える。


「お願い、ひなげしちゃん。マラダイ様を助けてっ!」

「もう、3日も寝室にこもりっきりで、ご飯も食べないの」

あの・・マラダイ様が、自慰オ○ニーすら忘れてるのっ!」

「あ、え…と」

 最後の言葉に少し戸惑ってから、それでもひなげしは訊いた。

「どうして…」

「どうしてって、それはひなげしちゃんのせいだよ」

 そう言ったのは、マリウスじゃ。

「あたしの?」

「うん、わかるでしょ?キミに嫌われたと思って、マラダイさんは死ぬほど落ち込んでいる」


「ふん、自業自得だわっ」

 サエコが一刀両断にする。

「わん(ひでぇ。それでも、兄妹か?)」

 自分を見上げてえる犬を、サエコはキッと睨んだ。

「わふ(怖っ!)」

 途端にしっぽを巻いて、マリウスの陰に隠れる犬。


「ひなげしちゃん、本当にマラダイ様を嫌いになったの?」

 長女リスのナルが、悲しそうな声で訊く。

「ウソだよね?だって、あんなに仲が良かったのに」

 次女リスのニナが、眼をうるうるにする。

「まだヤッテないから、マラダイ様の本当の魅力を知らないのよ」

 末っ子リスのノワよ、マラダイの魅力はやはりソコなのか?ソコしかないのか?


「嫌いになんて…」

 ひなげしが小さな声で言って、悲しそうに目を伏せる。

「本当?」

「じゃあ、どうして?」

「なんで、こんなことに?」

 また口々に訊くリス達をそっとテーブルの上に降ろし、ひなげしは言った。

「わからなかったの。どうしてマラダイさんが、結婚ピアスに3000万ルキもの大金を使おうなんて思ったのか」

「それは、ひなげしちゃんへの愛の証」

 長女リスが必死で答える。

「でも、3000万ルキがどれだけ大金か、ルキーニ王国に来たばかりのあたしにだってわかるわ」

「大丈夫、マラダイ様はお金持ちだもの」

 次女リスのニナが真剣な眼で言う。

「そういう問題じゃないと思うの。どんなにお金持ちだって、お金は大切に使わないといけないわ」

「でもっ、でも!それじゃあ日本の男に負けちゃう!!」

 末っ子リスのノワが、悲痛な声を上げて震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る