第33話 天国と地獄
さて今日は、マラダイとひなげしが結婚ピアスを買いに行く日じゃ。
「ごめんね、ひなげし。結婚届、受付に間に合わなくて」
「いいんです、だってアンナ様から大事なお話があったのでしょう?」
「う、うん」
「どんなお話しだったんですか?」
「それは…これからわかる」
そう答えて、マラダイは胸を張った。
自信たっぷりに自分を見下ろす背の高いマラダイは結構なイケメンなので、ひなげしはうっとりとした視線を注ぐ。
ふむ、ラブラブじゃな。
ふたりはやがて、ルキーニ王国の首都ザラハドで一番の宝石店へ着いた。
「じゃあ、入ろうか?」
「はい、なんだかドキドキします」
初々しいひなげしに、マラダイは
「いらっしゃませ~」
大きな胸とナイスバディを強調するように、身体にフィットしたワンピースを着た背の高い女性が、にこやかにふたりを迎えた。
「結婚ピアスを見せてくれ」
「はい。ご購入は初めてですか?それとも…」
「初めてだ」
「まぁ、それは!ご結婚おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます」
女性スタッフの祝辞に、マラダイとひなげしが嬉しそうに答えた。
「結婚ピアスは、こちらのコーナーに揃っております。ご自由にお選びください」
そう言って、案内するスタッフ。
「わぁ」
様々な宝石とデザインのピアスがきれいに並べられているガラスケースを前に、ひなげしは思わず小さな歓声を上げた。
「気に入ったものを、お出ししますよ」
「どれも素敵、きれい…」
ひなげしも女の子じゃの。それぞれ個性的な輝きと美しさを放つピアスを見て、眼がきらっきらになっておる。
一方、マラダイは少し不満そうにう~む、と唸っていた。
「迷ってしまう…」
「最近は、どちらかの眼の色の石を選ぶのが流行っているんですよ。お客様は…まぁ、めずらしい!黒曜石のような真っ黒な瞳…」
「黒い石はあまり可愛くないですよね?」
「そんなことはありません!漆黒の夜のように、神秘的でとても素敵です」
そう褒められて、一瞬ひなげしは嬉しそうな顔をしたが、やはりこう言った。
「でもやっぱり、マラダさんの眼の色の方が素敵です」
マラダイの眼は、深い森の奥に密やかに存在している湖のようなコバルトブルーをしておる。
「では、これなどいかがでしょう?」
スタッフが、コバルトブルーの石の周りを繊細な金細工が縁取ったピアスをケースから取り出して見せた。
「わぁ」
手に乗せられて、少し興奮した声になるひなげし。気に入ったようじゃな。
そのとき、マラダイが不機嫌な声でこう言った。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ」
「え?あ、ごめんなさい、マラダイさん。マラダイさんの意見も訊かずに。マラダイさんはどれがいいと思います?」
素直に謝って、小首を傾げながらそう訊くひなげしをちら、と見てからマラダイはスタッフに言った。
「ダメだ、ダメだ。ここにあるピアスは、どれもダメだ!」
「は?お客様、どこがお気に召さないのでしょう?」
怪訝な顔になるスタッフの声も、若干不機嫌になる。
「値段だ!」
「値段?でも、ここにあるピアスはみな相場というか、多くの方がお求めになる価格帯のものばかりですよ?」
「相場のピアスが欲しいんじゃない、俺はもっと高いピアスが欲しいんだ」
「もっと高いピアス?お客様、それはどれくらいのお値段ですか?」
「3000万ルキ!」
「は?」
どうやらスタッフは、訊き間違えたかと思ったようだ。
「だから、3000万ルキだ!」
今度はスタッフが眼を剥いて叫んだ。
「さささ、3000万ルキ!?ごごご、ご冗談をっ!!!」
「冗談ではない!」
「マ、マラダイさん、そんな高価なピアス、ダメです。だってピアスはよく無くすって言うし…」
ひなげしもそう言って、マラダイを止めようとする。
「無くしたら、また買えばいい。俺はっ、俺のっ、ひ、ひなげしへの愛に見合うだけの…」
「無くしたらまた買えばいいなんてっ。そんな無駄遣い…」
「お、俺の愛が、む、無駄遣いだとっ!?」
「ご、ごめんなさい。そういう意味ではなくて…」
ひなげしが慌てて謝るが。
「お客様。3000万ルキもするピアスがお望みなら、どうぞ他の店へいらっしゃってください。ですが、おそらく、そんな高価なピアスを扱う店は、ザラハドだけでなくルキーニ王国中を探し回ってもないと思いますっ」
そう冷たく言い放ったスタッフの顔には、おととい来やがれ、と書いてあった。本当じゃぞ、わしには確かに見えたからの、おーほっほっほ。
お帰りはあちらです、とばかりに
✵ ✵ ✵
「このっ!!大バカ、大とんまマラダイっ!」
サエコがただでさえ怖いほど美しいドS顔を、
それを慰めるジェシカが、マラダイをキッと睨みつける。
「おおお、俺はただ…ひなげしへの愛を…日本の男なんかに負けないくらいの…」
ここへ来る道すがら、ひなげしはしくしく泣きっぱなしで、その様子にマラダイの心は激しく
サエコに怒鳴られるまでもなく、いまのマラダイは自分をぶん殴ってやりたいほどに後悔していた。
「なにをごにょごにょ言ってるのよ!結婚ピアスに3000万ルキですってぇ?はぁ???バッカじゃないのっ。アンタ、『ダンユ商会』潰す気?」
サエコの怒りは収まらない。
「ひ、ひなげしっ。俺が悪かった。どうか許してくれ、お前に泣かれると俺は…」
ひなげしがひっくひっくとしゃくりあげる。
「マラダイさん、ひなげしが結婚ピアスを買いに行くのをどれだけ楽しみにしていたかわかりますか?それをっ、こんな形で台無しにしてっ!」
ジェシカも怒り
マラダイはますます立場をなくし、大きな体を情けなさそうに縮める。
「わかったわ、マラダイ。こんなバカで経済観念のない、ヤルしか能のないおっさんに、ひなげしを任せる訳にはいかないわっ!もう、結婚は無しよっ!白紙っ!!ひなげしの相手はあたしやローランやジェシカが責任持って見つけるから。アンタは、どっかの子供だけ生んでくれる女と愛のない結婚でも何でもしなさいっ!そして、この件に関しては、お母様にきっちり報告させてもらうから!」
サエコに一気にそう
「そそそ、そんなっ。お願いだ、サエコそれだけは…」
マラダイがさらに青くなって、言葉を失う。
「ジェシカ、取り合えずひなげしを奥へ連れて行って。何か温かいものでも飲ませて、落ち着かせてあげて?」
「はい、サエコさん。さぁ、ひなげし行きましょ?」
そうジェシカに促されて立ち上がったひなげしは、涙があふれる目で切なそうにマラダイを見上げる。
その様子がさらにマラダイの心を
「ひ、ひなげし…」
弱々しい声でそう言ってひなげしの方に伸ばした手をサエコがぱしりと払い、ジェシカはひなげしを後ろから抱きかかえるようにして出て行った。
それを見届けたサエコが、マラダイにいっそう冷た~い一言を浴びせかけた。
「結婚届を出す前で良かったわ。アンタは出入り禁止。もう二度と、ひなげしには会わせないわっ!」
これは大変なことになったのぅ、36歳おっさん、絶倫男よ。
おーほっほっほ。
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